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神々のスターダスト  作者: フィルワーズ
3/16

思い出武装

 手摺りの付いた廊下を歩く。青と白のグラデーションになった髪が視界の端に何度も映った。


 隣を歩くナナシちゃんは私の妹……らしい。

 でも、どうにも実感が沸かない。顔も似ていないし、ロケットペンダントの中の家族写真に写った母や父は、こんな髪の色をしていない。そもそも写真の中にいないのも気になる。

 もしかして、本当は腹違いの妹とか?


「えっと、お姉さま。何かついてるです?」

「な、何でもないわ。……それより、私の部屋はこっちよ」

 後で詳しく聞くことにしよう。


 壁の表示板が目よりも頭一つ分高いところにあるおかげで、今の私でも道に迷わずに済みそうだ。先に見える十字路を右に曲がれば、私の部屋があるはず。


 最近の私は働き詰めだった……らしい。だから、今はこうして、休みを取らされている。一体でも多くエニグマを倒すことが最重要だと思うのだけれど。

 仕方なく今は自分の部屋に向かっている。ついでにナナシちゃんの着替えを見繕う役割を押し付けられてしまっていた。確かに、あまりにもみすぼらしい恰好だ。


「ところでお姉さま」

 お姉さま、と呼ばれるのはどうにもムズムズする。見ず知らず、じゃないにせよ、もう少し言い方はどうにかならないのか。


「な、なに?」

「色々教えていただいても良いですか? その……前の拠点にいたときは、まともな情報が手に入らなかったので……」


 ナナシちゃんは元々、こことは違う別の拠点にいたらしい。で、ある日、エニグマに拠点を襲われ、命からがら逃げることになったんだとか。

 他の拠点がどうなっていたかは、なんとなく想像できていた。半年も前に各拠点間で連絡が取れず、連携は取れなくなっていたから。それから、あてもなく彷徨っていたのだろうか。


「あの……よく分からない塊……は、どれだけ分かってます?」

「……エニグマのこと?」

 ナナシちゃんは私を見て頷く。


 どこから説明しようか。

「様々なゴミが集まって出来た化け物――エニグマ。私達はそう呼んでいるわ。奴ら、人を襲うだけじゃなくて、他にも建物とかも破壊してる。なぜかは分からないけど、よく同士討ちもしてるわね」

 ナナシちゃんは指を唇に当てて言う。

「……なるほど、二年前に現れたときからほとんど変わっていないですね」

「そうね……」

 二年前のある日、突如工場から火の手が上がった。記録として残っているエニグマの最初の目撃例は確かそれだったはずだ。最近記憶し直したから間違いない。


「奴らの中にある“壊れていない道具”を壊せば動かなくなる。私達も知っているのはそこまでだわ」

 エニグマの行動の理由……どうしてそんなことをしているのかについては分からない。


 普通生き物ならば、生殖するのが目的の一つだと考えられる。

 でも、エニグマの核が“壊れていない道具”だというのにも関わらず、お互いの核となっている道具ですら壊し合っている。やっていることは生殖どころか、ただの自滅にしかなっていない。


「あのお姉様。アオさんについても教えていただいても? さっきの……ボクとの記憶を燃やしたって、どういう意味です?」


 記憶を燃やした、使った。

 その意味が分からないということは、やっぱり“この道具”はここだけにしかないのか。

「……ナナシちゃんはアオ――思い出武装メモリアルのことを知らないの?」

 ナナシちゃんはしっかりと頷いた。真剣な眼差しだ。

 でも、私にもこれの詳細な説明なんて出来ない。ざっくりとした概要しか。


「私達の拠点にいる科学者のイテム博士の発明品で、作った思い出が籠った物を武器にしたもの。それが思い出武装メモリアル

 ナナシちゃんのいる方へ向く。ロケットペンダントを掴み、見せた。

「アオは使用者の思い出をエネルギーに変えて武器にすることが出来る思い出武装メモリアルの一つよ。アオなら思い出を炎の放出に変えることが出来る」


 ――使えば使うほど記憶を失う、ということでもあるけど。


 一体どういう仕組みでそうなっているのは分からない。記憶を使って、形が変わったり、質量が変わったり、そもそも発火現象を発生させるなんて、私には理解できない。だからこれ以上の説明は……。


「……なるほどです。でも、これしかエニグマに効果的なダメージを与えられないわけでもないですよね? ボクの剣も通用しましたし」

 剣? ……そういえば、使っていたような。

「確かに、通常の兵器も効果はあるのよね。最初に投入された銃火器や戦車だって、エニグマを倒すことが出来たらしいわ」


 別に思い出武装メモリアルは秘匿されている、というわけではない。思い出武装メモリアルを作成したが、それ伝える対象がいないというだけ。


「……ただ、通常の兵器は“誰でも扱える”から危ないのよ」


 ナナシちゃんが首を傾げると、グラデーションのかかった髪が揺れる。「どうしてです?」と、ナナシちゃんは続ける。


「誰でも、っていう中に“エニグマ”が入っちゃってるのよ。どういうわけか、近くにある壊れていない道具を核に集まってエニグマは生まれる。それに銃器が混ざったり、戦闘ヘリなんかが混ざってしまうらしいの」

 人とエニグマとの戦争。私はもう覚えていないけど、それはそれは凄惨だったらしい。人が使っていた武装を取り込み、誰かが倒れてしまえば、その道具を核にしてさらに……だそうだ。


 それを聞いてナナシちゃんも納得したようだった。

「つまり、思い出武装メモリアルだと、その道具との記憶を持っていないと使えないから、エニグマに使われることがない、ということです?」

 理解が早くて助かる。

 今更だけど、ナナシちゃんがアオの姿を変えられたのは、私との思い出があったからなのかな? 覚えていないから何とも言えない……。


思い出武装メモリアルは私達の思い出を消費する都合上、使えば使うほど記憶がなくなっていく。……最後には……生きていく方法すら忘れる。そうやって死んでいく人が何人もいた」

「そこまでのデメリットがあっても……。ヒトの使う兵器と違って、奪われたときの被害が少ない……ですか。話を聞く限り、確かにエニグマの総数は確実に減らせそうです」

 どうやらナナシちゃんも思い出武装メモリアルを使い続けなくてはならない理由に気づいたらしい。


「ところで……その思い出武装メモリアルを作ったっていうイテム博士はどこにいるんです?」

「いつも研究室に閉じこもってるわよ。思い出武装メモリアルを用意してもらうの? でも――」

 まずは服を着替えよう。ナナシちゃんもボロボロの服も変えなきゃだけど、私もこの薄水色の病院服で歩き回りたくない。

 それに私にも聞きたいことがあるし。


「――だから、イテム博士のところは後にしなさ……あれ?」

 ふと、気が付いた。

「ナナシちゃん?」

 足音がついてきていない。

 振り返るとナナシちゃんの姿が通路から消えていた。


「ナナシちゃーん! どこ?」

『……平気よ』

 耳に馴染む声が胸元から聞こえてきた。

『ねぇ、あなたは本当にアネモネなの?』

 含みのある言い方だ。何か隠し事をしているのは気づいていたけど……。


「私は私よ? それよりも、アオ。なんで、ずっと黙ってたの?」

 アオは元々ただのロケットペンダントだ。だけど、表情こそ変わらないけど私と同じように心を持っている。

『……あたしにだって、心を整理する時間が欲しかったの。それとちゃんと聞いて欲しい』

 いつになく神妙な気がする。

「何よ?」

『ナナシは、アネモネの本当の妹じゃない』


 本当の妹じゃない。腹違いだったとか、そういうことでなく、本当に血の繋がりがない、と。

「……そう。良かった。誰かに忘れられるのは辛いことだと思うから……」


 あれ? それじゃなんで……。

「ねぇ、アオ。どうして、ナナシは皆の前で嘘を吐く必要あったの?」

 皆の前で彼女は私の妹だと宣言する必要があるとすれば、ナナシちゃんには何か目的があるということ。


『……そっちの方があの子にとって都合が良いからよ。……だから、アネモネも皆の前では、ナナシを妹として扱って欲しい』

「それは……隠していることと関係あるの?」


 答えは少し時間が開いてから返ってきた。

『……隠しているわけじゃ……ない……けど……。ただ、言っても信じてもらえないと思ってるだけ。でも、ナナシちゃんは敵じゃないわ。それだけは……真実』


 アオと喋れるようになったのは最近の話。それでも、付き合いとしては私が生まれてからずっとと言ってもいいくらいだ。

 だから、アオが本当のことを言っているのは分かる。

「……分かった。アオのこと信じる」


 トタトタと、走ってくる音が聞こえてきた。

「お姉さま」

 青と白のグラデーションになった髪が目の前で止まる。柔和な笑みを私に見せた。


「すみません、お待たせしました。ちょっと気になる部屋があったので……」

「気になる部屋?」

 やってきた方の表示板と、彼女が指差す方を照らし合わせる。どうやらイテム博士の“研究室”が気になったらしい。ここにある研究所と言えば、間違いなく思い出武装メモリアルの研究所だ。


「……研究室って、ナナシちゃんも思い出武装メモリアルを使ってみたいの? 記憶を失っていくのは伝えたはずよね? それでも?」

 ナナシちゃんの顔が少しだけこわばった気がした。次の瞬間には覚悟を決めた表情になっていた。


「……お姉様との記憶がなくなるのは、怖いです。ですけど、それ以上にお姉様が大切なんです」

 思わず顔が熱くなる。こっぱずかしい告白をされた気分だ。


 私達は姉妹じゃない。それなのに、彼女はどうして私を思ってくれるのだろう。なんで私を救ったのだろう。

 ……どうして嘘を吐いているんだろう。


「……早く着替えましょう。“妹”にそんな格好のまま歩かせるのは、姉として許せないわ」

 ナナシちゃんの格好は本当に酷い状態だ。

 紺色のジャケットは、所々が焼け焦げて穴が開いているし、煤汚れたシャツからは傷だらけの肌が見える。彼女が何を考えているにせよ、女の子としての最低限の服装はさせないと。

「ありがとうございますです!」


 ちょうど自分の部屋が近くで助かった。数秒も立たないうちにあっさり自分のネームプレートを見つけた。

「ここが私の部屋……よ……」


 部屋は随分と酷い状態になっていた。

 シーツがぐちゃぐちゃになったままのベッドと木の机。写真が貼られた壁に、机や床に歴史書が積まれている。あまり覚えていないが、実に自分の部屋だと思う。

「片づけも……手伝うです……よ……?」

 私以外の呆れた声二つが、ちょっと辛かった。


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