夜は眠れるかい?
「だらしがないね。非常にだらしがない。これじゃ何のために恩恵を与えたのかわからないじゃないか君?」
誰だ?何を言っているんだ?
ひどく重い頭の中に直接響く声に嫌な気持ちになる。
しかし声はお構いなしに言葉を続ける。
「弱ったなぁ、なぜそこで諦めてしまったんだい?普通あそこは力の覚醒を想像するんだけどなぁ。普通そうだよ?はぁ、所詮は子供だったってことかな。失望したよ。君に比べればあのキモオタ君は百倍ガッツがあったね。人は見かけに寄らないってホントだと思うよ」
うるさいな、さっきから聞いていればいい気になりやがって。
だったら代わってほしいぐらいだよ。
他人事だと思っていけしゃあしゃあと…。
「けどね、それじゃあつまらない。実に良くない。だから一度だけ、君の未来の可能性を一時的に再現するとしよう!感謝してくれたまえ」
待て、今なんて?
指を鳴らす音と共にその声の主は消えていた。
そして再びアルトの意識も消えていた。
ドクンと、アルトの心臓が跳ねた。
「Gigaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
獣の咆哮がバロードの森に轟いた。
クーリカ村からでもその正体が不確かだが確認できた。
「巨大な…騎士?」
それがその光景を見たリアド達大人の率直な感想だった。
白銀と蒼銀の鎧に身を包むその姿は神々しいが、その実それを纏うのは獣の如く方向する巨人である。
連絡を受けてクーリカ村に駐屯していた騎士達も唾を飲み込む。
彼らこそ一番戸惑ったはずだ。
あの森にあんな化物がいるなんて。
木々から覗かせる兜とその目は理性が無いことを示している。
それが暴れているのだ、騎士たちは一人を本陣に応援に寄越し、残りで森に向かった。
キースは見ていた。その一部始終を。
「ど、どうしたんだよアルト!!」
そう叫ぶ先にいるのは騎士の格好をした巨人だった。
先程アルトに笑いかけたときだった。
アルトがぐったりとしたのだ。
自身も重症だったがどうにかしようとして何もできなくて、だから必死にアルトの名前を呼びかけた。
目を覚ませ!気を失っちゃダメだ!返事をしろ!と。
しかし返事は帰ってこず代わりに、一度、アルトの体が跳ねたのだ。
その瞬間、何かに怯えるように魔犬どもがまるで子犬のように逃げていったのだ。
訳も分からず終いだったがキースはこれを好奇とアルトに駆け寄ろうとして足を止めた。
言葉が詰まるとはこのことかもしれない。
アルトの腕が、そう、腕だけが成人男性のように伸びていたのだ。
まるでそこだけすげ替えたかのように。
そして一気に血管が浮き出て次の瞬間にはそこにアルトの姿はなく騎士の鎧を身につけた巨人だけが立っていた。
どこを探してもアルトはいなくて、そこにいるのはこの巨人で、だからキースはそう思ったんだ。
この巨人がアルトだと。
だからって理解できる訳もなく。
だからって今目にした現実を否定できるわけもなく。
だからキースにできることは先ほどと変わらず呼びかけることだけだった。
「アルト!おいアルト!返事しろって!!」
しかしアルトは何も答えず、一点を見ていた。
そちらは先程魔犬が逃げていった森の奥だった。
そして一回の咆哮を合図に進撃を開始した。
頭がぼんやりとする。けど、やるべきことはわかっている。
魔犬を倒すんだ。今ならそれができる気がした。
ならばやろう。そしてキースと村へ帰るんだ。
「Gigaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!」
腰に剣があった。
剣術は習っているがまだまだだと自分でも理解している。
しかし、何故かこの体はそれを笑うかのように自在に剣を使えると伝えてくる。
ならば使おう。友のために。
森を剣を一撃が襲う。振った範囲にあった木々は綺麗に伐採され月明かりが森の中を照らす。
そして発見した。魔犬、敵を。
「Gigaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!」
剣のことなど忘れ、手放して両拳で殴りかかる。
魔犬は先程の異様さなど最初から無かったかのように怯えて竦んでいる。
しかし巨人が止まる様子はなく一匹、また一匹と魔犬オータスは潰れ、肉塊と変わっていく。
兜で巨人の表情は見れないが明らかに意識が無い。
「アルト!アルト!アルトォォォォォ!!!」
自身も血だらけで、歩くのも精一杯だというのに、懸命に呼びかけるキース。
返事は無い。止まらず魔犬を潰している。
と、そこへ騎士が姿を現した。数にして二十人。
「君大丈夫か!?」
隊長と思わしき騎士が駆け寄るとキースの身体をみて顔色を変える。
「あの巨人にやられたのか!?」
「いや、あのこれは魔犬に…それよりもアルトが!!」
それを聞くと騎士長は部下の騎士たちに命令する。
「保護対象が未だ巨人又は魔犬に捕まっていると考えられる。子供の捜索と巨人の対処に二班分かれるぞ!私と他九名は巨人の対処を、ルイス副隊長と他九名は子供の捜索及び魔犬対処に当たれ!」
「はっ!」
一糸乱れぬ掛け声に安心するキース。
その途端糸が切れた人形のように崩れ落ちてしまった。
「よく頑張ったな少年」
「バルトロメオ隊長、私が彼を村まで運びます」
「ああ、頼む」
一人の騎士にキースを任せバルトロメオは巨人に目を向けた。
十七、八メートル程の巨人と推測できる。
この辺りは基本平地で森はあれど山は無く、巨人族が住むような場所はない。
ではなぜ巨人が突然…。
バルトロメオは隣国の仕業かとも考えるが断定できないので口にはしない。
「隊長!どうやらこの巨人は魔犬を狙っているようです!」
「近くに子供の姿もありません!」
捜索に当たっていた騎士と巨人の行動を観察していた騎士がほぼ同時に到着して報告してくる。
アルトと言う子供は逃げたのかも知れない。
しかし先程の子があのように重症だったところをみるとそう遠くには行けていないはずだ。
「捜索班は範囲を拡大して任務を継続!」
「はっ!」
バルトロメオは捜索班にそう伝えると巨人に向き直る。
「隊長、我々は?」
「この巨人が外に出ないように見守るしかあるまい…」
が、しかし、良くない知らせは意外なところから出てきた。
先程村にキースを送った騎士が戻ってきたのだ。血相を変えて。
何故か身体のところどころに火傷を負っていた。
「何があった!?」
「た、大変です。盗賊が!」
「盗賊だと!?くそっこんな時に!村の様子は!?」
「はい、不幸中の幸いと申しますか子供の件で皆が起きていて直ぐに馬車に乗らせて別の村に避難させました。村人に犠牲者はいません!」
それは本当に不幸中の幸いだった。
しかしそちらを見過ごすわけにもいかない。
「招集!!みな集まれ!」
捜索班は遠くへ出ているためいないがそれでいい。
後で伝令をよこすつもりだ。
現在いるのは騎士が十人。
一人を捜索班の伝令に任命し、後は村に戻り盗賊の討伐に決めた。
「巨人は良いのですか?」
「現状を見るにこちらに危害は加えていない。ならば危険度は盗賊の方が上だ。行くぞ!」
「はっ!!」
騎士たちは村へと戻っていった。