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脱出とご主人様

 あれから〈魔刀迷宮〉の外に出られたのは、約2日と1時間後のことである。今回は女の子のサポートもあってから、割と楽に迷宮から出ることができた。行きとは大違いである。行きのときは道に迷ったりトラップにたくさん引っかかったりしたものの、帰りはほとんどそんなことがなかった。道に迷った回数は1回ほどで、トラップにひっかかった回数も1回ほどだ。その1回はちょっとした油断が仇となってしまい、落とし穴のトラップに引っかかった1回だ。情けないと思う。落とし穴の下には臭い水も溜まっていたことだし、気分もかなり落ち込んだ。

 女の子には指を指されて笑われた。どうやら女の子は俺と違ってトラップの存在をしていたようであり、トラップの範囲外に、あらかじめ移動していたのだ。本当にひどい話だと思う。

 トラップの場所がわかっていたのに、それを俺に教えてくれないなんて……。人が悪いにもほどがある。だから憤懣やるかたない思いでいた俺は、あのとき、女の子に対してこう言っていた。

「なんで教えてくれなかったんだよ!」と。

 それに対して少女は、

「気付かないほうがわるい」と言った。

 言い返せなかった。

 そのとき俺は非常に悔しい思いを噛み締めたものの、その後は特にアクシデントというものはなくて、無事、迷宮から脱出できた。



 外は一言で表すと砂漠だった。照り返すような太陽の下で、無限にも思われるような砂地が堂々と広がっている。ただ、1つ1つの砂粒は、なんとなくどんよりとしており見ていて気持ちのいいものではない。そこらへんに生えているサボテンも同様だ。本来は鋭利なはずの針がへなへなとしてしまっていて、とてもやる気がなさそうだ。見ているこっちまでやる気がなくなってくる。しかもほとんど枯れかけている。

 それに反して空は清清しいまでの晴天だ。雲1つない。太陽は中天に浮かんでいて、燦燦と光を地上に注いでいる。

 おかげで辺りはへばってしまいそうなほど熱い。

 迷宮から脱出して俺はこの砂漠を進み続けているのだが、さっきから汗が止まらない。ドバドバと溢れ出てきて、俺の服はもうその汗でもうびっしょりだ。ベトベトもしていてすごく気持ち悪い。俺は今すぐにでも絶叫と共にその服脱ぎ捨ててしまいたかったのだが、それはできない。

 すぐ隣に女の子がいるからだ。さすがに、女の子がいるまえで服を脱ぐ勇気は俺にはない。まあたまに、ところ構わず服を脱いでいる奴もいるが……あれはなんなのだろうな? 女の子に、自分の肉体美をアピールしたいのだろうか? それともただの露出狂?

 俺は胸中でそんなことを真剣に考えながら、チラッ、と女の子のことを盗み見てみた。 

 性格にはかなりの難があるものの、女の子は、外面だけ見ればびっるり仰天するほどの可愛さだった。灼熱の太陽に照らされて、ただでさえ綺麗な黒髪が更に綺麗になっている。

 すげぇ……。

 俺が無意識のうちに見つめていると、

「……なんだ?」

 と不機嫌そうな声音で少女は言った。

「え、いや、ちが……」

 いきなりの攻撃でしどろもどろになる俺。

 そこへ、

「おまえは変態か?」

 心境を見透かしたかのような攻撃。

 ちげぇよ! と俺は否定の言葉を少女にぶつけてやろうと思ったのだが、やめた。代わりにこんなことを聞いてみた。

「そういえば、一体おまえはどこへ向かおうとしてるんだ?」

 少女は飄々としたような態度で、

「え、わたしはおまえの後についていっているだけだが? あと、わたしのことはご主人様と呼べ。あくまでもおまえは、わたしの下僕なのだからなっ!」

「へいへい……」

 俺は二つ返事で承諾する。

 どこかかの誰かに、おまえにはプライドがないのかと笑われてしまうかもしれないが、俺は人の呼び方なんてどうでもいいのだ。別に呼び方云々でなにが変わるわけでもないし、ご主人様でも、お姉さまでも、お嬢様でも割となんでもいい。

 とまあ、そんなこと些細ことよりも、俺にはさっきの少女のセリフが気になってしょうがない。

 わたしは、おまえの後に着いていっているだけだぞ、と……。

 おかしくないか――と俺は思う。

 なぜなら、俺は女の子の下僕。主と主従の関係。俺の脳内情報だと、下僕は主のあとを着いていくもの。下僕のあとを着いていく主など、絶無とまでは言わないが中々いないだろう。だというのに俺の主である女の子は、俺に着いていっていると言う。それは明らかに滑稽な関係。

 下僕である俺的には嬉しくないと言えば嘘になるのだが、どこかで勘違いを招くと後が怖いため、俺は女の子に確認を取ってみた。

「なあ一応聞いておくんだが、ご主人様は、俺に着いていっているのか?」

 少女は撃てば響くように返答を返した。

「そうだが?」

「俺のご主人様なのに?」

「ああ、おまえのご主人様なのにだ。別にわたしは、特に行きたい場所なんてないからな。おまえの好きな場所に行っていいぞ。ご主人様わたしだが、下僕であるおまえの行く場所には、どこにだって着いていってやる」

 なるほど……。

 でもそれでは、

「それじゃあ、はっきり言ってご主人様が俺についてきた意味なくね?」

「ないな」

 と、予想外にもご主人様は即答して、

「でも、わたしはおまえに着いて行かなければならいのだ。それが代々受け継がれてきた決まりだからな。〈魔刀・アルヴァニクス〉を司る精霊は、所有者を下僕にしてその所有者に着いていかなければならないという……」

「なるほどな……」

 刀剣を司る精霊たちも色々と大変なようである。自分が司る刀剣が持ち出されたら、それについていかなければならないなんて。俺には到底我慢できそうにないな。と――そこまで考えてから気付いてしまった。

 考えたくもなかったのだが、今回の女の子の自由を奪ってしまったのは他ならぬこの俺ではないのか? と。俺が現れなければ、少女は今も自由に暮らせたのではないか? と。俺のせいで……

「――やっぱり、さっき迷宮で取ってきたこの〈魔刀・アルヴァニクス〉は、元の場所に返してくるわ」

 いきなりだが、うん、それがいい。

 俺の苦労はまったく報われないことになってしまうけれど、1人の女の子の自由を奪うよりもはマシだ。自由は、基本的に全ての人が持っているもの。剣を司る精霊女の子は人ではないのかもしれなが、同じだ、同じ。他の人が違うと言ったとしても、少なくとも俺は人として認める。そして俺は当然の如く、人から自由を奪う権利を持っていない。一片たりとも有していない。いいや、俺だけではない。この世界にいる全人類は、誰一人として他人の自由を奪う権利は持っていないのだ。

 ゆえに俺は、〈魔刀・アルヴァ二クス〉を持ち去れば女の子の自由が奪われるというならば、この〈魔刀・アルヴァ二クス〉を元の場所に返してくる。

 そう心に決めたからこそ、俺は方向転換をして、〈魔刀迷宮〉にまた向かおうとしたのだが、

「なぜだ?」

 と少女に呼び止められた。その声音には、本当に疑問に思うような雰囲気が如実に含まれていた。なぜ、なぜ。

 どうやら、俺が迷宮に戻って魔刀を返してくる理由を、女の子は察してくれなかったらしい。鈍感な奴だ。しょうがないので俺は、ゆっくりと、さきほど自分が考えていたことを少女に説明してあげた。俺はおまえの自由を絶対に奪いたくないから、この〈魔刀・アルヴァ二クス〉を元の場所に返していくんだよと……。

 聞き終えた女の子は、

「おまえはバカなのか?」

 ただ一言、俺に向かってそう言った。バカと……。それは聞き捨てならない言葉だった。だってバカという言葉は、無知な奴や、無能な奴に対して使う言葉なのである。ある文庫本でそう記されていた。が、俺は無知や無能では断じてない。それどころか、常に優しい心を持つ天才級の人間だ。自分で言うのもなんだか、バカとは光年以上もかけ離れている人間。だというのに剣を司るこの女の子は、バカと、バカと、バカと言いましたねぇえええええええええええええええ!

 気付くと俺は憤ったような口調で言っていた。

「誰がバカだこの野朗!」

「――まあそう怒るな。だって、バカにバカといって何がわるい?」

 イラッ。

 俺の堪忍袋の尾は切れそうになった。言うご主人様の態度が、妙に冷静沈着だったからである。イラッとした。イライライライラ……。――イライラ数値限界。いつもそよ風のように穏やかな俺であるが、少女の態度に対してはもう我慢の限界だった。

 砂漠中に響くような大声で、俺は少女に対してお説教をしてやろと思ったのだが――その寸前でご主人様が言った。

「いいか、怒るまえにわたしの言い分もよく聞け。一字一句聞き逃すなよ? ――おまえは、あの〈空白世界〉にわたしを戻すことこそが良しと思っているようだが、はっきり言ってやろう。――それは違う」

「え、違うのか?」

 裏返ったような声で聞き返してしまう。無理もない。ご主人様の喋った内容が、あまりにも自分の考えを裏切るようなものだったのだから。浅はかな考えだったのかもしれないが、てっきり、俺は、ご主人様は〈空白世界〉に帰りたいのとばかり思っていた。

 でも本人であるご主人様は、それは断じて否だという。つまり〈空白世界〉には帰りたくないと、そういうことなのか?

 と、俺がご主人様に聞いてみると、

「――当たり前だ」

 そのような答えが返ってきた。

「だっておまえ、考えてみろ。あそこには、本当になにもないのだぞ? いて楽しいわけがない。外は外でなにかと大変なのかもしれないが、まあ、あそこよりも幾分かマシだろう。――違うか?」

「まあ、そうだな」

 俺はご主人様の方を見ながら頷いた。ご主人様言ったことはとても共感できる。あの〈空白世界〉とやらは冗談抜きになにもなくて、楽しいことなどなに1つない。外の方が楽しいに決まっている。あそこには1時間もいなかった俺だが、それぐらいことなどは容易に想像できた。それほどあそこは、無の空間。まるでそこだけ、外界から切り離されてしまったような場所。

 俺もそうだが、剣を司る精霊であるご主人様も、そんな場所には留まっていたくなかったのだろう。ご主人様の話を聞いてやっとそれがわかった。浅慮極まりないのかもしれないが、ご主人様の話を聞く前は俺はこう考えていたのだ。ご主人様は人間ではなくて精霊という存在なのだから、人間ある俺とは違い、あの〈空白世界〉こそが至高の場所であると……。

「――わかってくれたか?」

 と、ご主人様は俺の顔を覗きこむようにして聞いてきた。

 それに対して俺は頷いた。

「ああ、わかった」

「よろしい」

「じゃあ結局、ご主人様俺に着いてくるということでいいんだな」

 いちおう確認を取ってみると、

「なんかいも言わせるな!」

 怒られてしまった。

「すんません……」



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