プロローグ
―プロローグ―
拝啓シェイレーヌ
これまで尽くしてくれてありがとう。
僕は今日、この手紙をもって、君と婚約を破棄する。
幼い頃から共にいた君と、これからも友でありたいと願う。
シェイレーヌ、君を。
「”君を愛してると言いたかった”」
送られてきた手紙の締めの部分は、そんな十五文字の言葉だった。
それを何度も読み返して、ため息をついて、また目を落として。
「はっ」
思わず、笑う。それは強がりだとよくわかっている。どことなく痛むのどに、熱くなる瞳。それでも、なにも落とすまいと手に力を込めた。
よくある話だ。
物語でも、現実でも。相手に好きな人ができて婚約を破棄される話。最近知り合いも同じ目にあったと聞いた。物語では、令嬢の方が悪さをしていわゆる”悪役令嬢”と言われるものが流行っている。その悪役令嬢の話もいろんな物語があって、死に戻りや違う殿方が溺愛してくれる、なんていう話もよく見る。
けれど。
「……」
それはきっと、物語だけの話だ。
私には死に戻りの力もなければ、この人以外、婚約者になってくれる人はいなかったのに。
「せめて大衆の前でののしってでもいいから、直接言ってくださいよ……」
こんな紙切れ一つで、婚約破棄だなんて。
またあなたと会う時どんな顔をしたらいいんだ。どうしたってこぼれてくる涙を、もう我慢せずに。送られてきた手紙を強く抱きしめた。
私、シェイレーヌが生まれたシークレイン家は、大昔王家に仕えていたそうだ。その功績もあって、次第に爵位を賜り、公爵家として存在している。そんな我々に爵位をくださった王家――手紙をくれたベイル様を第一王子とするオット家とは上下関係はありながらも仲が良く、代々友好関係を築いてきた。同性同士だとオット家の王子が家を継いだら側近に、嫁に行けば侍女として傍に行くのが通例だった。そこでも変わらず友として支える。そのくらい仲が良くて。
今回は、シークレインの子が私一人だったということで、今までと少し話が変わった。前後に男の子がいればこれまでと同じ形になったと思うけれど、母は体が弱く、子は私一人だけとなり、それに伴い今回、私と第一王子のベイル様とで婚約させようという話になった。
長い間の友好を、家族という形に変えよう。
両家とも、その話に異存はなかった。
私も、友として育ったベイル様との婚約が決まって、意識して。彼の優しさや温かさに自然と惹かれていって。オット家もシークレイン家も、何も不満などないはずだった。
ただ一人を除いては。
それは、私たちが十歳の頃だった。
「……」
「……」
少しずつ婚約という話を頭で理解し始めて、王家を継ぐ殿下を支える身として勉強を重ねていき、その合間に、訪ねてきてくれたベイル様とお話をする。ちょっとした癒しともなっていたその時間に、いびつさが少しずつ加速していったのだと思う。
「……」
「……」
一歩前を歩くベイル様と、つかず離れず歩いていく。木々は揺れ、暖かな光が入る小道。
二人の会話は、ない。
「……」
「……」
昔はよく話してくれた。婚約が決まり、年を重ねるにつれて少しずつ会話が減っているようには思う。ただまぁ、彼は私よりも忙しい身。疲れているんだろう。その癒しになれば。
そう思って、黙していた。
「……」
「……」
「!」
そんな中、ピタリ、ベイル様は止まる。何事、と顔を上げると、柔らかい茶の髪を揺らして、蒼の瞳は私を見ていた。
「ベイル、さま?」
「やっぱり違う」
「へ、っわ!?」
突然引っ張られて、その勢いで一歩前に出た。なにが起こっているのかわからず、また見上げると。
「君はやっぱり、僕の一歩後ろじゃなく隣に立つべきだ」
そう、微笑む。
その時の私は気づいていなかった。
私はこの発言を、”対等な婚約者”としてとらえていた。対等に歩ける、まるで友のように、そう、昔のように。気兼ねない関係でいてほしいんだと、そう思っていたのだ。
彼が、私を恋愛対象ではなく、昔と同じ友として見ていると、知らずに。
「ベイル様!」
「おおシェイレーヌ!」
そんなことは知らずに成長して、高等部になった。中等部の終わりのときに言い合いもしたけれど、まぁお互い思春期だったしなと納得させて。未だ婚約者としての甘い雰囲気もないことは心の隅に追いやって、私は親友の助けもあって彼と登下校や食事を楽しんでいた。
「お待たせいたしました」
「いや、かまわないよ」
微笑みあって、二人、帰路につく。夕暮れの中、「ところで」とベイル様は私に近づいた。それにドキッとするのもつかの間。
「もういいだろ?」
そんな彼の言葉に、またかと思ってしまう。けれど顔には出さない。私はこの方の婚約者なのだからと、そう、己を律して。
「申し上げておりますように」
「堅苦しいな」
「……こほん、私はあなたの婚約者です。そろそろ昔のように話すわけにはまいりません」
私たちは婚約者として以前に、そもそも幼馴染として育った。親や家のことなど全く知らずに育った私たちは、物心ついて少しする頃まで敬語もなにもなく、”友人”として育った。でももう、大人になるのだ。私は婚約者、彼はこの国を担う王子。
「そろそろ”友”としてはいれなくなります」
「僕は君を友人だと思っている」
「ありがたいことですけれども」
いつまでもそのままじゃいられないのに、と心の中ではもどかしく返した。
このころはただただ彼への疑問ばかりだった。周りのような甘いスキンシップはなく、”友”としてを望まれる日々。どうして家の望むようにふるまってくれないのだろう。どうして私を”友”と望むのだろう。それは、何故か聞けないまま。
「今日だけだ、シェイレーヌ」
「ベイル様」
「頼むよ」
そう何度、この「頼むよ」を言われただろう。
わかっていながら、困って笑ってしまう。そうしていつも私が折れるのだ。
「……仕方ないな」
「シェイレーヌ!」
「家が見えるまでだよ」
「あぁ!」
幼い頃のように、くだけて話して。
「……」
髪を伸ばし、成長し。女性らしくなったのに、どこか女性として見られないまま。
時は、過ぎて。
「結局これだよ」
「あ、あはは……」
家に遊びに来た、中学時代から仲良くしてもらっている親友――レイカリラ=ルルエールに話すと、苦笑いが返ってきた。
「もうなんて言ったらいいか……」
「なにも言わなくていい……」
なにを言われてもむなしい。そう、ベッドの上でぬいぐるみを抱きしめる。
そういえば、こういう贈り物とかもなかったなぁとレイカリラの慰めを聞きながら思った。贈り物がないわけじゃなかった。けれど今思えば、私の好きなものではなく、彼の傍にいるために必要なものが贈られていた気がする。
ペンなどの実用品が多かった。それは頃合いを見て新しいものが贈られ、インク切れもなく。とても書きやすかったから重宝はしていたけれど。
「……」
アクセサリーも、なにも贈られたことはなかったなと、今でわかってしまう。
「シェイレーヌ、げ、元気出して!」
「うん……」
「ほら、えーと、えーと」
一生懸命に私を慰めようとしている彼女に、くすりと笑った。
「な、なに!?」
「ううん、かわいいなと思って」
一生懸命で、けなげで。
「……君みたいな子が愛されるんだね」
ぽろっと出てしまった言葉に、咄嗟に口をふさいだ。けれど落ちた言葉に、自分が愛されなかった事実を実感してしまって。
「シェイレーヌ」
「ごめん、そんな皮肉みたいなこと言うつもりじゃ……」
「ううん、大丈夫だよ」
ぎゅっと抱きしめてくれる親友の甘い香りに包まれて、ほっと息をついて。
「シェイレーヌが恨んでたら殿下をどうにかしたのに……」
ぼそっとささやかれた言葉にヒュッと息が肺に戻ってきた。
「だ、だめだよ!?」
「うん! でも恨みが出たらいつでも言ってね?」
やさしく、慰めるように言う彼女に、どうか道を誤らないようにと抱きしめ返しながら。
やさしい友人に恵まれたと、落ちる涙を彼女の胸に隠した。




