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【GRASSBLUE Ⅱ 青草戦記】儚いからこそ、人の夢は星よりも尊き輝く。絆と情熱のファンタジー  作者: ほしのそうこ
魔法剣の姫は、まもなく散る猛き花を愛しました。 【Passion dragon Arc=Lyra】
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イルヒラの意地

 オーデン様の全力のロムパイアを受け止めたグラディウスには、亀裂が入ってしまいました。どうにか堪えてくれたから良かったものの、もし刃が破損していたとしたら、その横に立っていたシホ様の足は今頃なくなってしまっていたかもしれません。いかに綱渡りな戦略であったのかを目の当たりにして、わたくしはもはや戦慄するより呆れてしまいました。




 剣闘士の皆様はこうした場合、剣闘場に併設されている鍛冶場に足を運ばれて、愛用の武器を修繕しています。せっかく「正式に剣闘士に昇格した記念日」でありながら、シホ様はお祝いより先に鍛冶師からのお小言を先に頂戴する羽目になりました。そして、鍛冶場にお預けしたグラディウスが全快するまでは本戦への出場もお預けです。




「いっつも手荒い扱いで、あいつ(グラディウス)にゃあ気の毒なことしてると思うぜ。まあ、所詮は二番手のオンナのようなもんで、悪いが仕方なしってとこだな」




「……シホ様って、本当に十六歳なのですか? 言動だけを見ていると、まるで『下品な物言いの中年男性』みたい……あなたを見ている皆様もそう感じておられると思いますけど」




「オレを見ている皆? 誰だそら」




 言われてみれば、どなたでしょう。自分で切り出しておきながらよくわかりません。剣闘場の観客の皆様は、剣闘士の皆様はこういう方が志願してくる傾向があるので、性格の荒さなんて気にされません。




「それはともかく、中年男性、結構じゃねえか! ガワ()は十六、ナカ()は常人の倍の速度で年を重ねてるってことでよ」




 その「中年男性」になれる保証なんざ、オレにはハナから持ち合わせちゃいねえんだからな。……ああ、決して悪気はありませんでしたし、シホ様だってそれを気に病んでいるご様子ではありません。けれど、これは間違いなく、わたくしの失言でした。




 廊下を歩きながら話していたので、足を止めて「申し訳ありません」と頭を下げようとしました。それを遮る、乱入者が現れます。






「やあ、レナちゃん。それと……シホ・イガラシ。さっきの試合見てたよ。剣闘士昇格、おめでとう」




「イルヒラ様……」




「ああ。噂は聞いてるぜ、イルヒラ様。お目にかかれて光栄だ」




「俺のこともイルヒラでいいよ。エリシアもそう言ってただろ、この前」




 もう一年も前なのに、イルヒラ様やエリシア様にとってはつい先日のことのように感じられるみたいです。




 イルヒラ様は、エリシア様と体を共有する、「巨神竜の半神」です。エリシア様が巨神竜の体、イルヒラ様が巨神竜の魂をそれぞれ担っておられます。




「面接会での所信表明、俺もエリシアの中から見聞きしてたんだよ。あと四年……シホが傀儡竜に成る前に、エリシアと戦って倒すのが目標なんだって?」




 そういうわけで、エリシア様がご覧になっているものごとはイルヒラ様も共有されています。イルヒラ様が先の試合をご覧になったということは……。




「エリシア様もオレの予選会の最終戦をご覧になった、ということだよな。そいつは嬉しいねえ」




 シホ様も、わたくしと全く同じことを考えたようです。一年前、予選会の初日に「見込みなし」と判断されたエリシア様が。なんだかんだ、予選会で百の勝ち星を重ねたことで、シホ様は経験を積んでおられます。その成果を確認されたのかもしれませんね。




「……剣闘場の本戦で、エリシアと戦える条件はちゃんと把握してるんだろうな? 剣闘士になって、本戦で優勝する……エリシアと戦うにはそれだけじゃダメだって」




「んな前提みてえなもん、調べてあるに決まってるだろ。エリシアと戦えるのは、『赤首』になった剣闘士だけ。だよな?」


 赤首というのは、百の勝ち星を重ねた剣闘士の通称です。赤い金属板に名前を彫り込み、首の防具に装着する装飾が王族より授与されることから、赤首と呼ばれるようになりました。




「ああ。最低でも赤首くらいの実力がないと、エリシアとまともに打ち合えない。何なら、彼女にとっちゃ刃先でちょっと撫でたつもりで相手が死にかねないからね」






「予選会百勝に一年かかったオレが、四年以内で赤首は高い壁だよなぁ。とはいえ、その過程で力をつけねえと、戦ったところでエリシアを倒せねえもんな」




「そう、高い壁。なんで、追加で特例設けてやろうかと思ってさ。受けるかやめるかはシホに任せるけど」




「受けるに決まってんだろ? こっちは将来()のねえ体なんだから」




 シホ様が特例の内容さえ確かめずに即答するので、イルヒラ様は「だと思った」と苦笑します。例えば、「特例を認める代わりに」別の条件が付与されていたりしたら、どうするつもりなのでしょう。わたくしの目には危険な交渉に思えるのですが……イルヒラ様やエリシア様が、そのような意地悪はしないと信じているのかも。




「赤首になってなくても、剣闘場で優勝出来たら、俺と戦わせてやる。そんで、俺に勝てたら次はエリシアとだ」




「……イルヒラっつうのは、巨神竜の『こっち』だって聞いてるが」




 シホ様は、人差し指でつんつん、ご自身の右のこめかみをつつきます。




 イルヒラ様の巨神竜としての役割は、エリシア様がいつでも思う存分、戦いだけに注力出来るように。それ以外に考えなければならない全てを代わりに担うのです。ゆえに、イルヒラ様は「巨神竜の頭脳を担当する」というのが、世間で認識されています。




「だからこそ、だよ。おまえもそうであるように、『イルヒラはエリシアのおまけみたいなもんでろくに戦えない』と思ってる連中が多いからさ。こう見えて、俺だってエリシアに育てられた。一緒に巨神竜やってくためには、彼女に認められてなきゃ務まらない。その辺の剣闘士に後れを取るほど弱くないんだよね」




 イルヒラ様はいつも紳士的、理性的な立ち振る舞いで知られています。それが今は珍しく、ちょっと腹立たしげにお顔を歪めています。




 思えば先ほどだって、試合を観戦したのはイルヒラ様だというのに、シホ様は当たり前のように「エリシア様が見てくれた」と変換して受け取りましたからね。あちゃ~、地雷踏んじまったかな、と、今度はシホ様が苦笑い。




「そういうわけだから。エリシアと戦いたいなら、まずは俺を倒してからにするんだな」


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