表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【GRASSBLUE Ⅱ 青草戦記】儚いからこそ、人の夢は星よりも尊き輝く。絆と情熱のファンタジー  作者: ほしのそうこ
魔法剣の姫は、まもなく散る猛き花を愛しました。 【Passion dragon Arc=Lyra】
13/47

秘密の相棒

 ……王族という立場は、恵まれているようでいて、同時に自由が制限されるものです。わたくしなりの精いっぱいの自由の漫喫として、わたくしにはひとつだけ、秘密の嗜みの時間がありました。






 グランティスの街の入口で、門番にだけこっそり話を通してあって、外へ出していただきます。それはおおよそ十五日おき、よく晴れた満月の晩に行います。人目につかない夜でなければならず、なおかつ月明かりの頼りない夜ではなかなか、わたくしの目的が果たせないからです。






 満月の光をたっぷり浴びて、心を落ち着かせてから。わたくしは、右の手袋に装着したまあるい宝石に左手を添えて、必要な呪文を詠唱しました。






「……んん? お姫様じゃねえか?」




 そこへ投げかけれらた、聞き覚えのある声に、わたくしはおさえきれず肩をびくりと震わせてしまいました。驚きすぎて。その姿勢のまま、おそるおそる、背後を振り返ります。




 そちらにいらっしゃったのは、想像通り、シホ様なのでした。






「「……その手は……」」




 はからずも、彼とわたくしの言葉はそろってしまいました。お互いの身に着けているものに、ほぼ同時に疑問を抱いたのでしょう。




「お姫様、魔法剣を扱うのかい?」




 わたくしの右手の宝石から帯状に伸びているのは、山吹色の光の剣です。この色は、グランティスの王族に普遍的に表れやすい、魔力の性質です。




「……嗜み程度、ですが。王族の姫といえど、グランティスという武勇を誇る国に生まれた以上、何ひとつ鍛錬しないわけにはいかないでしょう?」


「そういやあ、考えたことなかったな。剣闘場の試合には、魔法剣での出場は認められてないのかな」




「その……実を申しますと、飛び道具としての魔法を使っての戦いは禁止なのですが。魔法剣はあくまで、武器のひとつとして認められています。これまで百年に渡って、魔法剣を使っての志願者がいなかっただけで……」




「だったらお姫様、魔法剣で予選会から出場したらいいんじゃないか?」




「なっ……どうして、そのような」




「だって、いっつも物欲しそうな目をして見ていただろう。オレ達の試合をさ」




 いったい、いつの間に、観戦するわたくしの眼差しに気付いていたのでしょう。羞恥心からか、あたたかな月光に包まれた穏やかな景色が、真っ赤に染まるように感じました。その恥じらいを自覚したくないのか、瞬間的な怒りに変換してしまったように、わたくしは彼につっかかります。




「無礼な……ッ! わたくし達の務めは、グランティスのために子孫を繋ぎ、国を守ることです。エリシア様のように、人の扱う武器でならどれだけ傷を受けても死ぬことのない『神様の体』とは違うのです。わたくしが命がけの試合に出て命を落とすようなことがあれば、グランティスの今後に関わるのですよ!?」




 エリシア様をはじめ、「神竜様の体」というのは、特別な効果を持つ「神器」でしか、その命を絶つことが出来ません。それは、シホ様(傀儡竜)はもちろん、エリシア様(巨神竜)よりもさらに格上である、「最高神の太陽竜」の操る神器です。




 傀儡竜が神話時代に犯した神殺しの罪というのは、太陽竜の命令でその神器を代行して扱い、同胞の神々を殺めたからです。この世で神竜を殺せる神器を扱えるのは、太陽竜ご本人。そして、シホ様が二十歳を超えて傀儡竜の体になったなら、その時には。ただし傀儡竜になるということは神罰の発動があるので、とても武器を振るうことなど出来ないでしょうが。




「だから諦めるっていうのかい? 自分の挑戦したいと思うことを」




「……それは」




「もったいないねえ。せっかく、あんたにゃなが~い時間があるっていうのに」




 怒りにまかせて、彼の体の事情を失念して、失礼なことを言ってしまいました。




「……申し訳ありません。無礼はわたくしの方でしたね」




「気にすることはないさ。あんたは王族で、オレは庶民だからね」




「ですから、グランティスではそのような身分差はないとお伝えしたでしょう。王族からとはいえ、無礼は等しく、無礼です」




 なのですが、シホ様がそうお許しくださるのなら、これ以上食い下がるのはやめることにしましょう。




「シホ様、あなたが今、お持ちになっているのは……」




「悪いが、内密に願えるかな」




「もちろんですよ……」




 今宵、彼が携えているものを見て、わたくしは深く納得していました。どこか完璧とは思えない、予選会での彼の動きの理由がわかったから。




「こいつが、オレの本当の得物……心を許した相棒さ。いつかエリシア(巨神竜)と直に戦う時のために、剣闘場の界隈にゃあこいつの存在を知られたくないんでね」




「だから、剣闘場に併設の鍛錬場ではなくて。こちらにわざわざお越しになって、人目を避けてそちらと向き合っておられると?」




「そういうこと」




 エリシア様の用いる神器は、彼女の身の丈よりも大きく長い、戦斧の形をしています。シホ様が、いつか彼女の戦斧と直接対決をする時に、最善を尽くすために。「相性を考え抜いて選んだ最適な相棒」が、彼の本当の得物であり。普段、予選会で扱っているグラディウスは本当の相棒ではない。だから、完璧な動きが出来なかった。そういうこと。だったのだと。




「シホ様はどうして……傀儡竜という、先の短い体に生まれながら……『エリシア様と戦う事』を目標に選ばれたのでしょうか」






 彼と初めてお会いしてからずっと、疑問でした。何せ、どんなに努力を重ねたとしても。太陽竜の神器をお持ちではない状態での「最弱の神である、傀儡竜」でしかない彼がエリシア様に打ち勝てる見込みなど、ほぼほぼありえないのです。




「失礼ですが、最初から、二十年しか健康に生きられないとご存じの上で、エリシア様を目指すなど……その二十年間で、もっともっと、達成可能な目標を据えるとか……なんなら、限られた時間なのだから極力心乱されず、ただただ穏やかに……少しでも傷を負わず、平和に暮らしたいとは考えなかったのですか?」






 最初にお断りしているとはいえ、あまりにも失礼な疑問をご本人に対して、直接にぶつけてしまっている自覚はありました。それでも彼の態度は全く変わりません。以前から感じておりましたが、彼は、このような言葉の投げ合いで心を乱されることがまるでないのです……。




「二十年しか生きられないからって、何の努力もしないで一生を終えていいってわけじゃない。それがオレの信条だからだよ」




 彼の体には、剣闘場で……いえ、おそらく、グランティスへやって来るより以前から。修練の日々の中で刻まれたであろう傷の痕がいくつもあります。そう言ってほほ笑む彼の頬には、先日の試合で負ったばかりでまだ塞がりきっていないであろう、真新しい傷が見えています。その傷のひとつひとつは、彼の信じる努力の痕跡なのでしょう。




「お姫様、オレはね。二十年しか生きられないからこそ、その時間の全てを自分のために使いたい。オレの生きた証をこの世に残したい。エリシアと戦いたいなんて、いたって不純な動機だよ。エリシアと戦って勝てたとしたら、間違いなく、世界の歴史の一行としてオレの名が書き残されるだろう?」




 ……そも、勝てなかったとしても、「エリシア様と戦えた」というそれだけで。我が国の剣闘場の歴史に彼の名前は残ります。それはつまり、剣闘場の本戦で優勝した証、なのですから。






「……シホ様。わたくしは……本当は。エリシア様のような、強く気高い女性になりたくて。ずっとずっと、彼女に憧れているんです。……でも、いつまでも憧れるばかりで、実際には何も行動してこなかったんです」




 あなたと違って、自分の命の限りなんて、見つめたことがないから。王族に生まれて、衣食住にも病にも悩まされたことがなかったから。そんな情けない自分が許せませんでした。




「まあ、ねえ。あれだけ偉大な女王様の影にいたんじゃあ、そうなるのも無理はない。そう卑下することはないんだが、いつまでもこのままで甘んじているんなら、人生の最後に後悔するかもしれないな」




「そう、ですよね……」




「下世話を言うようだが、子孫さえ残せばあんたの務めは果たせるのかい? だったらそいつを片付けてからなら、自分のやりたいことに挑戦出来るんじゃないか」




 そいつを終えてからだって、あんたの人生はまだまだ長いはずだろう? 他の誰でもない、彼にそう言われてしまっては……わたくしには、それを否定することなんて、とても出来ませんでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ