人形の悲鳴
「……俺の声は届いた……のか?」
ドールマキナに表情はない。それが逆に不気味さを引き立て、威圧感が増す。
アルスは剣を力一杯握りしめ、その妙な威圧感に圧されないように前を見る。
(やはりあいつにも意思はあるのか?それとも声に反応しただけか?よく分からないが……今はとりあえず置いておこう。ここから気合いを入れないとな)
息も絶え絶えに肩で呼吸するフュリアを一瞥し、アルスは心の中で決心する。その間にドールマキナは腕をぐるぐると回しながら近寄ってくる。
そうして腕の調子を確かめ終わったドールマキナは一気に跳躍。天井まで届きそうなほど高く上がる。
アルスの生存本能が警笛を鳴らし、その身を横へ飛び込ませた。
直後、ドールマキナは流星の如く降下した。つい一瞬前までアルスがいた場所を拳で貫き、岩盤を捲れ上がらせ隆起させる。その衝撃は避けたはずのアルスを吹き飛ばすほどだった。
「ぐっ……!」
呻くような声とともに地面を転がるアルス。その体が仰向けに止まった時、今の状況が先程のフュリアと同じになっていることに気がついて反射的に自分から更に体を転がした。
バゴンッ、と真横で音が鳴り、肝を冷やす間もなく立ち上がろうとしたアルスにドールマキナの裏拳が襲いかかる。
「ガハッ!!」
追撃を外したドールマキナが咄嗟に出した攻撃だったのだろう。虫を払うような腰の入っていない一撃だったが、それでもアルスを打ち飛ばすには十分すぎる威力だった。
アルスは床に強く叩きつけられ、視界がフラッシュする。骨が軋む衝撃が全身を駆け巡り、バウンドしてうつ伏せに地面に倒れる。
握っていた剣は手を離れ、どこかへ滑っていってしまった。
「ぐっ……うう……」
体が痛く、熱い。意識が朦朧とする。
頭の上から足音が聞こえる。その足音の主はアルスの側で立ち止まり、アルスの首根っこを摘まんで無理矢理体を起こさせた。
立て膝をつく体勢になったアルスに、ドールマキナは拳を突きつける。その拳は再び砲口へと変形し、その中に魔力が充填され始める。
それはアルスに死を宣告しているのと同義だった。
(あぁ……情けない。少しくらい……粘れると思ったんだけどな……)
時間の流れがゆっくりに感じる。
目の前から聞こえるはずの魔力が渦巻く音が遠い場所にあるように聞こえる。
それはかつてアルスに一度訪れたことがある、死の直前に起こる現象。すなわちアルスに待ち受ける運命は――。
(レンとフュリア……【聖女】と【武神】にも再開できて……きっと運を使い果たしたんだろう。ハハッ、まさか奇跡の代償が命とはな……)
アルスはゆっくり目を閉じる。
これから来るであろう命を奪う苦痛がせめて一瞬であることを願い、全てを諦めようとした。
だが、しかし――
『きっと素敵な世界が待っていることでしょう……。そんな世界を、またわたくしと一緒に歩いてくれますか……?』
走馬灯のように流れたかつての記憶が、アルスの閉じた目をもう一度見開かせた。
(そうだ、俺はまだ――)
やりたいことがある。こんなところで死ぬわけにはいかない。
拳を強く握り、もがく。ひたすらに、不格好に腕を動かす。
そして、生きようとする意思のままにもがいたアルスの腕に何かがぶつかった。
それが何かは分からない。だが、それが生きる可能性を繋いでくれるものだと信じ、アルスは掴み取る。
「あいつとの約束を、果たしきれてないッ!!」
掴み取った何かを、アルスは目の前で魔弾を形成しているドールマキナの砲口へと突っ込んだ。
スッポリとはまったそれはアルスがイルゴニアの街へ来るきっかけであり、フュリアと会うきっかけにもなった――ボーゲンから渡された金槌であった。
「……ッ……!?」
高濃度の魔力が渦巻く砲口に異物が入れられたことで、異様な音が鳴り始める。魔力の流れが乱され形成されかけた魔弾がほどけ、暴風のような力が漏れ出す。
荒ぶる魔力は膨張し、暴走。ドールマキナの砲口の中で暴発する。結果ドールマキナとアルスの間に魔力による爆発が起こり、二人の体が引き剥がされるように吹き飛んだ。
体が宙に舞い視界が乱回転する。どのような体勢になっているのかも分からなくなっていたアルスの体は、体力が回復し飛び込んできたフュリアによって受け止められる。
「よっと!オイ、大丈夫か?」
「いてて……あぁ、なんとかな」
「ビックリさせんなよ、全く。ゆっくり息を整える暇もありゃしねェ」
「避け続けるくらいならできると思ったんだが……まだ過去の自分との差に慣れてないらしい。悪いな」
「いいってことよ。その気持ちは痛いほど分かるしな。それよりも……奴さんはどうなった?」
自身の腕が爆発したのだからそれなりのダメージを負っているだろう。必死だったとはいえ依頼の品を犠牲にするという冒険者にあるまじきことまでしたのだから、むしろそうであってくれないと困る。
立ち上がり、ドールマキナが飛んでいった方向へ目をやる。その時、丁度ドールマキナも立ち上がる。魔力が暴発した右腕から煙が上がり、手甲にヒビが入っていた。
腕の様子を確かめるように拳を作ってほどく。そうしているうちにもヒビは少しずつ修復され、元の形へ戻ろうとしていた。
「…………」
拳を作ってはほどく。首を傾げながらそれを繰り返す姿は、装甲さえなければあどけない少女そのものだった。
何か腕に違和感があるのだろうか。だとしたら、装甲を貫通して本体にダメージを与えられたことになる。
しばらく腕を眺めた後、ドールマキナはその光のない眼を向けてきた。
「……ッ!?…………ァ……!」
ドールマキナの様子が急変したのは、その直後だった。
「な、何だァ!?様子がおかしいぞ」
「これは一体、どういうことだ……!?」
頭を抱え、目を見開き、悶えるように体をくねらせる。
今まで人形然としていた表情は歪み、漏れるような喘ぎ声まで出している。
心も感情も痛覚さえ無いはずの魔導人形がまさか悶え苦しんでいるなどと、今までのアルスの常識を覆すような出来事だ。
「ありゃどう見ても普通じゃねェぞ!右腕をやられたのがそんなにショックだったのか?」
「五百年の歳月のせいでどこか壊れていたのか……いや、そうだとしても、あんなヒトみたいな苦しみ方する訳がない!あいつは魔導人形だ!生き物ですらないんだぞ!?」
フラフラと千鳥足で動くドールマキナ。どこに向かおうとしているか分からない足取りで数歩歩き、ついには膝をつく。
「ァ……ァア……ああああああッ!?」
ドールマキナの叫び声が洞窟にこだまする。
アルスもフュリアも何が起こっているのか理解ができなかった。ドールマキナがどういう存在なのか、過去の経験からよく理解しているが故に衝撃も大きい。
苦痛に喘ぐ姿が人間の少女となんら変わりの無いことが、余計にアルスの頭を混乱させていた。
そうして呆然と悲鳴を聞いていると、突然ガクンと視界が揺れる。足が取られてよろめくほどの振動が地面を揺らした。
いや、地面だけではない。壁も天井も、全てが大きく揺れているようだった。今までとは桁違いに激しい揺れである。
「崩壊が始まったか……くっ!」
天井が崩れ、アルスの目の前に瓦礫となった岩石が降り注ぐ。
「ようやく来たか!あいつが動けねェ今がチャンスだ!このままとんずらといくぞ!」
「あ、あぁ」
フュリアの後を追いかけるようにアルスも出口方面に駆け出す。
「…………」
しかしどうしても気になるアルスは今一度振り向く。ドールマキナは天井が崩れてきていることの気づいていないのかそれどころではないのか、まだ頭を抱えてうずくまっていた。
「何やってんだ、速くしろ!」
「悪い!今行く!」
急かされたアルスが再び走り出すと、より一層天井が大きく崩壊しはじめる。瓦礫が雨のように降り注ぎ、やがてアルスの耳に少女の悲鳴は届かなくなった。




