vs 魔導人形兵器ドールマキナ②
「ハァッ!?お前さん本気で言ってんのか!?」
アルスの策を聞いたフュリアは驚愕する。
「本気も本気だ。洞窟を崩壊させてあいつを生き埋めにする。それで奴が潰れるならいいが……もし潰れなくても、山一つで生き埋めにするんだ。出てくるまでの時間はかなり稼げるはず。その隙に戦力を集結することができれば勝機はある。このままひたすら避け続けるよりも現実的だろ」
「確かにそうかもしれねェけどよ……一体全体どうやって洞窟を崩すつもりなんだよ。ひたすら壁をぶん殴れってか?」
アルスは視線を流す。煙を吹いている砲口を再びこちらに向けようとしているドールマキナへと。
「……奴さんに手伝って貰うってわけかい」
アルスが頷くと、フュリアは深い溜め息をついた。
「ハァァ……結局逃げ回んのは変わんねェってことか」
「それでも、気の遠くなるような時間を走り回るよりかはマシだろ?気分的にはな」
「……まァな。だけど、あたしたちも同じ洞窟内にいるってこと忘れてんじゃねェか?こっちは潰れたら確実に死ぬんだぞ」
「だから、潰れないように全力で逃げるんだよ」
「そこはノープランなのかよ!」
作戦会議を遮るように、二人の間をドールマキナの魔弾が横切る。再び岩壁に大穴を開け、洞窟全体が振動し、パラパラと天井から岩の破片が振るい落とされてきた。
その振動の大きさは、ドールマキナの攻撃が洞窟を崩すに足る威力がある証拠である。このまま続けていけばそう遠くないうちに崩壊するだろう。
アルスはドールマキナの動きに注意しつつ出口の方に移動し、フュリアにもそれを促す。崩壊が始まった時、無事に外に逃げられる確率を少しでも上げておくための位置取りだ。
実際のところ、その時が来た場合にどの程度逃げられる余裕があるのかどうか検討もつかない。一瞬で天井から崩落して逃げる暇なく潰される可能性もあるし、反対に余裕がありすぎて崩壊前にドールマキナに危険を察知され、逃げられてしまう可能性だってある。
もっと言ってしまえば、ベルラウムが戻ってきたところでどの程度の戦力が集まるのかも分からない。最悪の場合、時間稼ぎも虚しく全滅してしまうことも有り得る。
これは賽が投げられるまでどう転ぶかは分からない、いわば賭けである。全てが噛み合わない限り生きて洞窟を抜けることは不可能だろう。
「悪いなフュリア。こんな危険な方法しか思いつかなくて」
「……お前さんもあたしも、もうあん時みたいな力はねェ。そんな状態で魔将の置き土産とやり合おうってんだ……そりゃ天にもすがるしかねェよな。仕方ねェ、乗ってやろうじゃねェの」
話の終わりと同時にドールマキナに〈焔球〉が飛ぶ。
直撃したが、やはりダメージを受けている様子はない。身に纏う魔法の装甲から発せられる障壁が全て弾いている。
そのことはフュリアも知っているはず。だというのに攻撃したのは、挑発の意味を込めたのだろう。
「さァ来いよ木偶の坊!あたしを倒してみな!」
戦鎚を肩に担いで人差し指をクイクイッと折り曲げ、あからさまな挑発のポーズをとるフュリア。それに乗せられたようにドールマキナは攻撃体勢に入る。
岩壁をも抉りとる凶弾だが、フュリアには当たらずまたもや虚しく洞窟を揺らした。
「…………ッ」
(……ん?)
その時、アルスはドールマキナの様子に違和感を覚える。
その能面のように動かない表情がピクッと動き、口元が歪んだように見えたのだ。
(……いや、気のせいか)
ドールマキナに心は無い。あくまで魔将に作り出された魔導人形に過ぎない。
魔法には魔力で動く人形を作り出し使役するものが存在する。その人形はゴーレムと呼ばれ、術者の魔力を受けて命令に従う忠実な下僕である。
ドールマキナはそれに近い存在だ。術者の魔力ではなく体内で自ら生み出した魔力を動力に半永久的に動くという違いはあるが、魂無き人形という点では同じである。
そんな存在が、まさか挑発されて攻撃を外して悔しそうな表情を浮かべるなど、あるはずがない。
「ワンパターンだな!そんなんじゃあたしは倒せねェぞ!」
フュリアは攻撃を誘うために挑発を繰り返す。そんなことをしても意味はないのだが、気分の問題だろう。
「…………」
ドールマキナの両腕の砲口が解除され、手の形に戻る。
何をするつもりかは分からないが、少なくとも攻撃を止めたということはあり得ないだろう。
命ずる者がいない今、ドールマキナは視界に映るもの全てを破壊する凶悪で冷酷な兵器なのだから。
張りつめた緊張感が場を包み込む中、今まで一歩も動かなかったドールマキナが初めて足を動かした。
五百年ぶりに動かすであろう足の感覚を確かめるように、ぎこちなく、ゆっくりと歩を進め、その度に脚部の装甲が硬い足音を立てる。
数歩、地を噛み締めるように動き、再び立ち止まり――そして地を蹴り飛ばす衝撃が空気を震わせた。
「……何ィ!?」
重厚な装甲を身に纏っているとは思えない速度で近寄り、ドールマキナは右腕を前に突き出す。
今までの傾向からドールマキナが動かないと高を括っていたフュリアは避けることができず、凄まじい助走をつけた渾身の右ストレートが直撃した――かのように見えたが、すんでのところで咄嗟に戦鎚の頭を盾に防いでいた。
それでも衝撃を殺しきることは叶わず、振り抜かれた拳に飛ばされ、地面を転がる。
盾にした戦鎚は砕け、金属の破片となって辺りに散乱した。
「ぐふっ!」
転がっている間に強く体を打ったのだろう。肺の中の空気を無理矢理吐き出させられたようなフュリアの声がアルスの耳に届く。
「フュリアっ!」
アルスが駆け寄ろうとするのと同時に、ドールマキナもまた地を蹴る。瞬発力が上回り、フュリアの元へと先にたどり着いたのはドールマキナだった。
ドールマキナは倒れたフュリアに拳を振り下ろす。凄まじい振動と衝撃が地面を走り、飴細工を殴ったかのような巨大なヒビがクモの巣状に広がり、陥没する。
煙幕のような土煙が舞い上がり、二人の姿を覆い隠す。そこから吐き出されるようにフュリアが転がり出てきた。
「ハッ、ハッ……い、今のは……さすがに死んだかと思った」
吐き出してしまった空気を急いで肺に取り込んだフュリアは
土煙も吸い込んでしまったのか、立ち上がりながらむせるように咳をする。
土煙の中で凶眼が輝く。
「ちょ、ちょい待て!さすがにきついっての!こっちはもう武器もねェってのに」
そんな叫びなど届くはずもなく、土煙から飛び出したドールマキナは腕を叩きつける。
「あー畜生!しつこい奴ァ嫌われるぞ!」
繰り返される振動、舞い上がる土煙。
確実に洞窟は悲鳴をあげているはずなのに、なかなか崩壊までには至らない。天然の洞窟だと思っていたが、封印を維持するために頑丈になるよう手を加えられているのかもしれない。
(くそっ、俺は眼中に無いのか!)
執拗にフュリアを狙うドールマキナ。冷たい拳が破壊の限りに瓦礫を舞い散らせるその惨状を前に入り込む余地がなく、アルスは唇を噛む。
洞窟を崩し、かつ生き残るためには、あえてドールマキナに攻撃させつつすぐに脱出できるような位置取りが必要だ。
そのドールマキナの攻撃は一発でもくらえば戦闘不能になることは必至である。それを誘いながらいつ起こるか分からない崩壊を見据え、狙った場所に位置取り続けるのは体力的にも精神的にも大きく負担がかかる。
今、その全ての負担がフュリアへと集中し始めている。このままでは彼女の身が持たない。
(どうすればいい?一体俺に何ができる?……まて、慌てるな。冷静に考えろ。そういう時は相手の特性をもう一回見直して……ん?)
アルスは焦る気持ちを一旦落ち着かせ――そして違和感を感じる。
(何故ドールマキナはフュリアしか狙わないんだ……?)
自分が脅威と認識されていないからだと思っていた。だが、脅威でないのは打撃も〈焔球〉も全て受け止められ、更に武器も砕かれたフュリアも同じはずである。
無力化した相手を徹底的に攻めるのは戦略として有効だが、それとも違うように感じる。
どこか執念のようなものを感じるというか、憤っているというか。
心がなく、感情がなく、無表情なはずなのに、である。
そしてアルスの脳裏に浮かんだのは、先程ドールマキナが浮かべた悔しそうな表情。気のせいだと思っていたが、そうでは無いのかもしれない。
今までのことを思い出せば、ドールマキナの行動が変化する直前には必ずとある共通点があった。
『ノリが悪ィと友達できねェぞ』
そう煽られれば両腕で魔弾を射つようになり――
『ワンパターンだな!そんなんじゃあたしは倒せねェぞ!』
そう指摘されれば拳で殴るようになり――
『さァ来いよ木偶の坊!あたしを倒してみな!』
そう言われてから、執拗にフュリアを狙うようになった気がする。
ドールマキナの行動の変化の前にはフュリアの挑発があるのだ。
(奴には心が無い……はず。だが、もしかして……)
それこそ勘違いかもしれないと思い至ったアルスはすうっと息を吸い込み、そして叫んだ。
「所詮は五百年もののポンコツか。俺みたいな凡人すら潰せないなんて、程度が知れるな!」
精一杯の挑発。そして、お粗末な見え見えの挑発。
だが、それは戦場に静寂をもたらした。
「…………ッ!」
フュリアにしか向いていなかった視線が動く。地面を貫く拳を引き抜き、アルスを見据え、ドールマキナは右目を凶星の如く輝かせた。




