レン vs マルベック
「フンッ!」
更に魔力を注がれ強固になったマルベックの〈盾壁〉はレンを弾き飛ばす。
レンは軽やかな身のこなしで着地し、顔を上げた。
(二人は……!?)
すぐに確認するべきは、アルスとフュリアが無事に突破できたかどうかである。
露出した岩肌に阻まれ燃え広がれずに燻る炎と煙、そしてマルベックの後ろの方に二人の走り去る背中が見え、レンはふぅっと安堵の息を吐く。
「クソッ、待ちやが――」
「待て!」
二人を追いかけようとした部下と思わしき男たちをマルベックは手を上げて制止する。
「追わなくていいの?通しちゃまずいんでしょ?」
「フンッ、貴様を潰してからでも遅くはあるまいよ」
マルベックの手の動き一つで、部下達がマルベックの前方に並び、壁となる布陣を作る。
「先程の一撃……なかなか見事だった。油断していたとはいえあそこまで踏み込まれるとは、称賛に値する」
「……それは、ありがとうって言っておいた方がいいのかな」
「ああ、誇るがいい。この私が褒めているのだからな。故に貴様は我々にとって脅威になり得ると判断した」
その鼻につくような言い方に、レンは眉をひそめる。
(何か偉そうだなぁ……。部下の人達は、あんな上司のことをどう思ってるんだろ)
褒められるなら尊敬する人に褒めてもらいたい。それはレンだけの望みではないだろう。
例えばそう――アルスのような。
(……この人達を倒せたら、アルは褒めてくれるかな)
レンはアルスの姿を幻視し、自分が頭を撫でられている姿を想像する。その光景に思わず緩んだ口元をマフラーで隠した。
「――だが、最初にして最大のチャンスを逃したな。あの一撃で私を倒せなかったことを悔いるがいい」
硬い声が割り込んできたことでその素晴らしい光景が台無しにされた気分になり、レンの目付きが鋭くなる。
「……早くキミ達を倒して、二人を追いかけないとね」
「ほぉ、この不利な状況でよく吠えられるものだ」
マルベックを含めれば相手は九人。対してこちらは一人。数では圧倒的に不利である。
持っている装備を見る限りでは魔術師はマルベック一人で、あとは短剣や手斧という武器の違いはあれど、全員が前衛だろう。
その前衛八人が魔術師を守る盾となっている。それを相手にたった一人とは、マルベックの言う通り誰が見ても不利な状況だ。
「不利とか有利とか関係ない。アルのためなら何だってやってみせる」
「若い、青いな。私もかつてはそんな時期があったが……慢心は破滅を招くぞ」
マルベックは肩をすくめる。
「今ならまだ見逃してやってもよいぞ。ここで見たこと、聞いたことを全て忘れ、仲間を見捨てて逃げるのならな」
「イヤだ」
即答する。
一度死をもって引き離され、奇跡的に同じ時代に転生し、奇跡的に再び出会えた大切な人とまた離れ離れになるくらいなら、死んだほうがマシだ。
「ならば……ここで果てるがいい!」
マルベックが手を空高く掲げる。
何らかの魔法を放とうとしているのだろうと判断したレンは、すぐさま大地を蹴った。
部下の男達はマルベックの盾となるべくレンに立ちはだかる。
「がッ!」
幾重にも重なるように鳴る風切り音。その直後、部下一人の胸から鮮血を噴き出す。
「ぐえ……ッ!」
「ぎゃあッ!!」
更に瞬きするよりも早くもう一人、もう一人と斬り倒していく。
「チィッ!」
レンが部下たちが瞬く間に八人を斬り伏せた直後、マルベックの舌打ちと同時に魔法が放たれる。
〈雷光の矢〉
部下八人と引き換えに稼いだ時間で形作られた雷を纏う無数の魔法の矢が降り注ぐ。
レンは後ろに飛び退き、距離を取ることでそれを回避した。
仕切り直しとなったが、マルベックは部下を全て失いその顔に驚愕の色が浮かんでいた。
「八人を一瞬にして葬るとは……貴様、一体何者だ?」
「何者って言われても……ただの二星級冒険者だよ」
マルベックは「二星級……」と呟いてから、続ける。
「貴様の力は四星級……いや、もしかしたら五星級にすら届き得るだろう。そのような力を持ちながら、何故そのような低級の地位に甘んじている?」
「地位も名誉もボクは興味ない。ただ、大切な人と一緒にいられればそれでいい」
「使い古されたような戯れ言を……」
「それがボクにとって全てなんだよ」
はっきりと言い切るレンに、マルベックは理解できないと首を振る。
「まぁいい。何にせよ訂正しよう。脅威になり得るではなく、貴様は間違いなく脅威になる。ここで確実に潰しておく!」
マルベックが天高く手を掲げる。何らかの魔法を放つつもりだろう。
ならば懐に潜り込んでしまえばいい。もはや盾となる部下はいない。やられる前にやってしまえばいいのだ。
レンは前に踏み込む。一気に距離を詰め、水平に剣を振る。銀色の閃光がマルベックの体を切り裂いた。
「……っ!?」
しかし、まるで空気を斬ったかのように全く手応えがなかった。
斬られたはずのマルベックがにやりと口の端を上げる。するとレンの後方から魔法が発動する神秘的な音が聞こえ、直後に〈雷光の矢〉が飛んできた。
レンはすぐさま屈む。雷の矢は頭上を通過し、マルベックの体を透過して突き抜けた。
「偽物……?」
魔法が飛んできたのは後ろ。ならば本物は背後にいるはずだ。
レンは体を捻り、後方に踏み込む。そこにマルベックの姿を目視し、一気に距離を詰めて剣を振る。
しかし、またもや剣がマルベックの体を通過した。
「ハズレだ」
今度は左側から〈雷光の矢〉が飛んでくる。反射的に体を反らすも、矢は胸の辺りをわずかに掠め、服に一直線の焦げ跡を残して通り過ぎていった。
レンはすぐに反撃しようとして動きを止める。魔法が飛んできた方向に、二人のマルベックがいたのだ。
いや、よく見れば二人どころではない。レンを囲うように八つの方向全てにマルベックの姿があった。
「……あぁ、分かった、〈幻影の鏡〉か」
レンは今まで斬ってきたものが、魔法によって作り出された術者の姿を忠実に再現した幻影であることに気がつく。
「なるほど、魔法の知識も持ち合わせているか。殊勝なことだ」
レンは魔法が使えない。それにも関わらず魔法の知識があるのは、戦士が戦いを有利に運ぶための知識として学んだというわけではなく、前世の自分も魔術師の一種だったことに起因する。
「だがそれを知っていたからとて、どう抗うつもりだ?」
空間全体に響くような声。本物がどれか悟られないよう、声が発せられる方向を分からなくしているのだろう。
いつ〈幻影の鏡〉を発動していたのかレンは気がつかなかったが、今更考えるべきことでもない。
重要なのはこれからどうするべきか。【勇者】の技能〈十翼斬〉ならば八つ同時に攻撃できるだろうが、残念ながらレンには使えない。
だが、同時に攻撃はできなくともやるべきことは変わらない。
「――全部たたっ斬れば、どれかは本物だよね」
レンは先程魔法が飛んできた右側のマルベックの方へ足を動かす。空気が弾けたような衝撃がマルベックへ届いたときには、既に腹部を剣が貫いていた。
「残念、それもハズレだ」
煽るような声が響く。
レンは苛立つ気持ちを抑え、次の標的へ一気に距離を詰める。
しかし四度目のハズレを引いてしまい、苛立ちは小さい溜め息という形で表面に現れた。
「運が悪いなぁ……普段の行いが悪いわけじゃないと思うんだけど」




