逆戻り
「おーい領主サマよォー!戻ったぜー!」
フュリアはベルラウムの館の扉を叩きながら叫ぶ。
それからしばらく待てど、扉が開くどころか返事が帰ってくる気配もない。フュリアはもう一度同じように叫ぶが、帰ってくる静寂も同じだった。
「返事がないな。留守なのか?」
「領主サマが留守だとしても、使用人はいるはずだ。誰もいねェってことはねェだろ」
「…………」
不思議がるアルスとフュリアをよそに、レンが怪訝そうな顔をして静かに扉に耳を当てる。
「……何人かの足音は聞こえるよ。何人かはちょっと分からないけど、誰か中にはいるみたい」
「あん?何人か?たしかここに住んでるのは領主サマとたった一人の使用人しかいなかったはずなんだが……」
フュリアの言葉を聞き、アルスは嫌な予感を感じざるを得なかった。
普段はベルラウムと使用人の二人しかいないはず館にそれ以上の人数の足跡。誰も来客に対応しないことから、使用人が増えたという線は消える。
ベルラウムもたった一人の使用人も、今は来客に対応できない状況ということ。
それはつまり――
「ちょいと中覗いてみようぜ」
勝手に扉を開けるのは気が引けるが、アルスの中の嫌な予感が首を縦に振らせた。
「…………誰もいねェな」
開いた扉の隙間から中を覗いてそう判断したフュリアは扉を全開にする。
たしかに誰の姿も見えない。それでも明かりの類いは着いているのがますますアルスを不思議に思わせた。
「レン、足音が聞こえたんだよな?」
「うん……聞こえたはずなんだけど」
「――シッ!静かに……!」
レンとフュリアを、アルスは自分の口の前に人差し指を立てて黙らせる。二人は即座に口を閉じ、そして僅かに目を細めた。
どこからか、いくつもの駆け足ぎみの足音が聞こえてくるのだ。
「…………下に向かってる……?」
ボソッと呟いたレンの言葉通り、足音はアルスたちがいる場所よりも下の方から聞こえてくるようだった。
(下……地下室でもあるのか?まぁ立派な館だし、地下室くらいあってもおかしくはないが……)
アルスはエントランスを見回す。すると照明の当たらない隅の目立たない所に、開放しっぱなしの扉があることに気がつく。
その中には地下へ下りる階段が見えた。
「……行ってみよう。この下で何か起こってるのかもしれない」
レンとフュリアの同意が取れたのを確認し、アルスは階段を下り始める。
螺旋状になっているその階段はエントランスに比べて薄暗く、下りる先に何があるのかすらよく見えない。埃っぽく湿り気のある淀んだ空気が、長い間人の立ち入りが無かったことを示していた。
階段につもった埃がうっすらといくつもの足跡を浮かび上がらせている。足音の主がこの先に降りていったのは間違いないだろう。
しかし、もう足音自体は既に止まっている。階段の先に到達したということだろうか。
「……不気味だね。この先に何があるんだろ」
「さぁな。フュリア、何か知ってるか?」
「あたしが知ってんのは、領主サマはあんなナリしてかなりの甘党だってことくれェだな」
何の訳にも立たない情報を口にしたフュリアは、「別に特別仲がいいわけじゃねェんだよ、あたしと領主サマは」と付け足す。
鍛冶屋として注文を受けたことがある。冒険者として依頼を受けたことがある。そういった一定の信頼を得ているだけの、ただのビジネス上の関係ということだろう。
つまり、フュリアも何も知らないということだ。
「――……っ!」
しばらく下り続けていると、足音の代わりに何者かの声が聞こえ始めた。階段の下りた先から届いてくるであろうその声は、言い争う怒鳴り声のように聞こえる。
「――……え直せ!あれは凶悪な兵器だ!いたずらに解いていい封印ではない!」
「ほう。どうして凶悪だと言い切れる?五百年前の代物など、貴様も直に見たわけではないだろう」
「……たしかに見たことはない。ただ、私は王からそう伝えられているというだけだ。だがその真偽はどうであれ、未知な部分が多すぎる!もし手に負えなくなったらどうするつもりだ!」
「チッ……!ぎゃあぎゃあとやかましいんだよ!!」
ゴスッという音と共に悲鳴が聞こえた。
アルスの中にある嫌な予感がより確固たるものに変わっていく。少なくとも穏やかな状況が繰り広げられているとは思えなかった。
アルスは足の速度を早める。やがて階段が終わると、そこにあった扉の前でレンとフュリアに目配せする。
頷き合い、意思の疎通が取れたことを確認したアルスはいつでも抜けるように剣に手をかけ、勢いよく扉を開いた。
部屋の中は防空壕のような広い空間だった。ひんやりとした冷たい空気が漂い、中央にある石造りの台座に光が集まり、神秘的な空間を演出している。
――それを囲う大勢の男達がいなければ、だが。
「誰だっ!?」
男達の中の誰かが叫ぶ。それを皮切りに全ての視線がアルス達の方へ向いた。
「……フュリア!?お主達、どうしてここに!」
その中にいたベルラウムが目を丸くする。その体はいくつもの光の輪によって自由を奪われており、〈拘束〉の魔法で自由を奪われていることは一目瞭然だった。
「チィッ、ここまで鼠が迷い込んできやがったか」
ベルラウムの視線を遮るように他の者と比べて一回り大きな男が動き、拳を鳴らす。
その巨体から寒気がするほどの殺気を感じ、アルスはすかさず剣を抜こうとした。
「――待て、ゼムス」
しかし剣を抜く前に抑止の声がかかる。
起伏の少ない冷ややかなその声を発したのは、屈強な男たちとは一線を画した細身の色白の男だった。
「何だよ、マルベック」
「そんな鼠に構う必要は無い。既にここでの目的は達した。騎士団が出張ってくる前に、早々にここから離れるぞ」
そう冷淡に言い放った色白の男――マルベックは魔法を発動させる。彼を中心として魔法陣が広がり、ベルラウムを含む全ての男たちを光で包み込んだ。
「チッ、命拾いしやがったな」
「ま、待て!お前達は一体何を……」
咄嗟にアルスは手を伸ばすが間に合わず――男達は光の中に消えていった。
一瞬の間に十人以上もの人が消え、残されたのは静寂。しばらくして、それをフュリアの舌打ちが掻き消した。
「……クソッ、逃げられたか!あいつら領主サマまで連れて何のつもりだ?」
「分からん。だが……“封印”がどうとか言ってたな」
「封印って、まさか――」
「――ねぇ二人とも、あそこに誰か倒れてない?」
フュリアの言葉に割り込んだレンは部屋の隅を指差す。
そこにはメイド服を着た女性が壁に寄りかかるように倒れていた。
「あれは……メルシェじゃねェか!」
「メルシェ?使用人か?」
服装からそう判断したアルスに、フュリアは頷きで返す。
急いで駆け寄って安否を確認したが目立った外傷は無く、ただ眠っているだけのようだった。
「オイ、大丈夫か?」
フュリアがメルシェの体を揺する。だが反応はない。
薬品か技能か魔法か分からないが、何らかの方法で強制的に眠らされたのだろう。肩を揺らし、頬を軽く叩いても目を覚ます気配すらなかった。
「……ダメだ、起きねェ」
「そうか……。幸いにも怪我は無いみたいだし、時間が経てば自然に目覚めるだろう。放っておくのは少し可哀想だが……」
ベッドに寝かせてやれればいいのだが、そんな悠長なことをしている場合でもなさそうだ。
ならばせめて、とアルスは崩れそうなメルシェの姿勢を直し、横にならないように座る体勢を取らせる。
「今はとにかく領主を助けるのが先決だ。さっきも言ったが、奴らの口からは“封印”という言葉が出ていた。そして俺達は街の近くで封印された扉を見ている。その二つが無関係だとは思えない」
「扉の前にあった〈開門〉の魔法陣……あれを刻んだのもあいつらかもな」
「じゃあ、扉の前にいた人たちは、さっきの人達の仲間ってこと?」
「……その可能性は高いな」
ベルラウムは封印されているのは「凶悪な兵器」と叫んでいた。もし洞窟にあった封印とベルラウムや男達の言う封印が同じものを示しているのだとすれば、その近くにある街が驚異にさらされるかもしれない。
領主だけでなく住民にまで危険が迫っている可能性を考えると、アルスは焦燥感を感じざるを得なかった。
「――洞窟に戻るぞ!全力で走ればそう時間はかからないはずだ!」




