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蛇の眼

「何者だ!?」


 扉をくぐってきたのは大男だった。人が通りやすいように大きめに設計されたはずの扉の枠に余裕が無く見えるほどにでかい。腕の太さも、太股の筋肉も、盛り上がった胸板も、体のいたるところ全てが。


「お客様のご来訪だぜ。茶くらい用意しろよ」

「挨拶もしない無礼者の客の来訪予定は無かったはずなのだがな。……如何なる用事か聞かせて貰おうか」


 ベルラウムは男から目を逸らさないようにしつつ、机の下をまさぐる。向かいからは見えないようになっているそこには非常時のために備え付けてある剣が隠してあった。

 指先だけの感覚で剣を探し当てたベルラウムは、その柄を掴もうとする。

 ――その瞬間、右肩に光の弾丸が直撃した。


「がぁっ!!」


 骨に響く衝撃が走り、少し遅れて激痛を感じる。掴みかかっていた剣は指をすり抜け床に倒れ、ガランと乾いた音を立てる。


「――余計な動きはしないほうが身のためだぞ」


 冷ややかな声と共に大男の脇を通って別の男が姿を見せる。全身を黒いローブで覆っており、大男とは対極的に痩せこけている。魔法の輝きを放つその指先はベルラウムの右肩を指していた。


「ぐっ……お主らの顔、見覚えがあるぞ。騎士団の指名手配書で見た顔だ。確かゼムスと……そっちはマルベックだったか」


 痛みに額に脂汗を滲ませながら、ベルラウムは大男――ゼムスと痩せこけた男――マルベックを順番に睨む。


「王国の闇に潜む盗賊団……“蛇の(まなこ)”の幹部二人が、私に何の用だ?」


 ゼムスは口の端を吊り上げ、一歩ベルラウムに寄る。その巨体が放つ威圧感は、たった数センチ近寄られるだけで格段に膨れ上がった。


「単刀直入に言うぜ。カレイコルス山脈の麓の洞窟、その奥にある封印を解いてもらおうか」

「ば、馬鹿な!どこで封印の存在を知って――」


 その言葉を遮るようにゼムスが机を叩き、破裂するような音が鳴り響いた。


「そんなことはどうでもいい。痛い目を見たくなけりゃ、とっとと言うとおりにした方がいいぜ?」

「だ、だがあれは五百年前……魔王大戦時代から続く強固な封印。そんなもの、私にはどうすることもできぬぞ」

「……フンッ、浅い芝居を……」


 一歩後ろで冷徹な視線を送っていたマルベックが前へ出る。


「我々の情報網を侮らないで貰いたい。封印を維持する魔法具がここにあることは調べがついている」

「――――ッ!!」


 ベルラウムは血の気が引く感覚を覚え、言葉を失う。痛みによる汗が全て焦燥の冷や汗に塗り替えられたようだった。


「その魔法具を渡して貰おう。ゼムスの言う通り、これ以上痛い思いをしたくなければな。……もっとも、痛いで済めばいいがな」


 マルベックの指が再び魔法の光を宿す。その向く先はベルラウムの胸――心臓だった。


「…………」


 しかしベルラウムは動かない。何も喋らない。

 恐怖が無いわけではない。右肩を襲った衝撃が今度は心臓に来ると思うだけで全身が身震いする。逃げ出してしまいたいという衝動に駆られる。


 ――だが、それ以上にベルラウムの使命感は強かった。

 代々受け継がれてきた王からの勅命。それを我が身可愛さに投げ出す訳にはいかない。

 そして何より封印の中身を知るからこそ、悪党に渡すわけにはいかなかった。


 “蛇の眼”――王国各地に出没する盗賊団。各地を渡り歩く冒険者のみならず王国騎士団でさえも危険視する彼らは、これまで数多くの悲劇を生み出してきた。私利私欲のために強奪や人身売買を行い、必要とあらば殺人も厭わず、その規模や武力は他の犯罪組織の追従を許さないと言われている。

 そんな者に“あれ”を渡せばどうなるか――想像に難くないことだった。


「……意外に強情だな。己の命は惜しくないと」


 マルベックは腕を下げる。そのことにベルラウムが表に出さずに安堵したが、それは束の間のことだった。


「だが、己以外の命はどうかな?」


 その言葉が合図だったかのように、更に男が二人姿を表す。“蛇の眼”の構成員だろう。その気配は館の中からいくつも感じる。

 そして男たちに担がれてきたのは――


「……メルシェ!!」


 ――気を失っている、我が家のたった一人の使用人だった。


「……さて、もう一度問おう。封印を維持している魔法具を渡して貰おうか」


 その瞬間、ベルラウムは理解する。自分は既に詰んでいたのだと。

 自分の命ではなく、他人の――使用人の命を人質にする“蛇の眼”の卑劣な言動は、やがて街の住民にまで及ぶだろう。そんなことは領主として許すわけにはいかない。

 だが――騎士団も苦戦する犯罪集団を相手にするには、自分はあまりにも無力だ。


 ベルラウムは歯を食い縛り、強く拳を震わせる。

 そして――


「……分かっ……た。言う通りに……しよう」


 ――血を吐くような思いで、そう答えるしかなかった。


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