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封印の扉

「……んにしても、こいつらこんなとこで何してたんだァ?」


 戦槌を背負い直し、フュリアは倒れた男たちを眺める。


「きっと、この人達が外の封印を解いて魔物を追いやったんだね。やっぱり盗賊か何かかな?」

「それに奴隷商売とかもやってるのかもしれないな。まぁいずれにせよまともな――」


 剣を鞘にしまったアルスは口を動かしている途中に何かを見つけ、目を丸くする。

 行き止まりの壁だと思っていたものが壁ではなく大きな扉であることに気がついたのだ。重厚でありながら周囲の岩壁と違い不自然なまでに汚れや苔が付着していないが、粗削りな岩盤を嵌め込んだような現代の建築と比べて粗末な様式が年代を感じさせる。


「こりゃ扉か?随分ご立派だが……イッ!?」


 フュリアは扉に手を伸ばすが、バチッと鋭い音と共に触れることができずに弾かれる。よく目を凝らせば薄い透明な膜のようなものが扉を覆っていた。

 顔を近づけ目を細めたレンが口を開く。


「……これ、また封印魔法だよ。でも入り口のやつとは強度が全く違う。下手に扉に触ろうとすると怪我するよ」

「クッソ、気づかなかった。それをもうちょいと早く言ってくれよ……」


 フュリアは弾かれた手をプラプラと振りながら溜め息をつく。


「入り口に加えてここでも封印か……。余程のものを封じ込めてるみたいだな」

「領主サマが言ってたのはコレだったんだな。こりゃ確かに見慣れねェもんだ。触りたくても触れやしねェし」

「うん、そうだね。だけど……」


 レンは扉を――正確には扉に施されている封印をジッと見つめる。


「この様式……もしかして王家の……?だったらこの中……よっぽど大事なもの…………」

「……レン?」


 聞き取れないほど小さな声でぶつぶつと何かを呟くレンにアルスが声をかける。すると「ごめん、何でもないよ」と返してレンは扉から離れた。

 何か見つけたんじゃないかと気にはなるが、何でもないというならこれ以上追及する必要もないだろう。

 アルスは未だ倒れている男たちを一瞥し、腕を組む。


「こいつらがここにいたのは偶然……じゃないだろうな」 

「こん中のお宝目当てに潜ったんだろうさ。まァ、こっちの封印で立ち往生だったみてェだがな。……ったく、お陰でこっちはいい迷惑だっての」

「……あっ、二人ともあそこ見て!」


 レンが指差した方向には瓦礫の山があった。人の手で作られたものではなく、壁や天井が崩れて自然に積み上がってできたものようだ。


「……あの瓦礫がどうかしたか?」

「瓦礫じゃなくてその横だよ。ほら、地面のところ」


 よく見ると、レンの指先は瓦礫から微妙にずれた場所を指していた。アルスは目を細め、その場所を注視する。


「あれは……〈開門(ゲート)〉の魔法陣か」


開門(ゲート)〉は転移魔法の一種だ。魔法に明るくないアルスですら陣を見ただけで分かるようなポピュラーな魔法である。

 転移魔法の代表格といえば〈転移(テレポート)〉だが、正確な座標にぴたりと移動することは難しく、どうしても転移先が大雑把になってしまうという欠点がある。街に移動しようとしたら街の上空に転移してしまい、落下して怪我を負った、というのはたまに耳にする転移事故だ。

 対して〈開門(ゲート)〉は確実に魔法陣のある座標に移動できるという魔法だ。あらかじめ陣を刻んでおく必要があるという手間はあるが。


「ここは本来封鎖されてるはずの場所だ。そんな場所に陣があるなんておかしいな」

「誰かさんがあれを使って往き来してんのかもな。で、どうするよ」


 アルスは少し考えてから口を開く。


「……消せるなら消しておいた方がいいかもしれないな」

「うーん、一度確立した陣を術者以外が消すのは難しいと思う」

「なら瓦礫で埋めときゃいいんじゃねェか?」

「それだと瓦礫の上か隣に転移してくるだけだよ。あくまで陣は出口の“扉”を作る場所の目印なんだから。その場所に扉が作れないなら、最寄りの場所に代わりに作られるだけだよ」

「そうなのか。……にしてもお前さん、魔法使わねェのに随分詳しいな」


 レンが魔法に明るいのは【聖女(レントローゼ)】だったころの名残だろう。


「どうしようもないなら、ひとまずベルラウムに報告しに戻るか。下手に留まっていたらこいつらの仲間が戻って来るかもしれないしな。それに――」


 アルスは扉の方に振り向き、続ける。


「――この扉のことも、やっぱり気になるしな」



 ***



 イルゴニアにあるベルラウムの館は、領主の館にもかかわらず質素な外装になっている。これは無骨な工房が建ち並ぶ街の景観を損なわないようにという、ベルラウムなりの配慮の結果だった。

 中は広いとは言えず、内装も領主という立場から想像できる豪華絢爛さは無い。住んでいる者もベルラウムの他には使用人が一人しかいなかった。


「お帰りなさいませ、ベルラウム様」


 館の扉を潜ったベルラウムが最初に聞いた声は女性の声だった。

 メイド服を着たその女性が綺麗な立ち振舞いでお辞儀をすると、整えられた艶のある黒髪が頬の横に垂れ下がる。


「ただいま、メルシェ」


 ベルラウムは使用人の名を呼び、微笑む。


「突然飛び出して悪かったな。せっかくパンケーキを焼いてくれたというのに」

「いいえ、お気になさらず。焼きたてをご所望でしたらもう一度お作りいたしましょうか?」


 上着を脱いだベルラウムが、それをメルシェに渡しながら首を横に振る。


「その必要はない。冷めていてもお前の作る菓子は美味しいからな」

「フフフッ、ありがとうございます。それでは美味しい紅茶もお淹れいたしますね」

「あぁ、頼む。……おっと、その紅茶だが……」

「砂糖は三つ、ですよね。かしこまりました」


 メルシェは上品な笑みを浮かべ、再び美しい姿勢で礼をしてから、上着を持って下がっていく。それを確認したベルラウムは館の奥へ歩を進め、部屋の扉を開いた。

 執務室となっているその部屋の机に着くベルラウム。木製の椅子がギッと音を立てた。


「……街の住民に被害は無し。魔物もあれ以上入り込んではいないようだな」


 机に置かれた冷めたパンケーキを眺めながら呟かれた独り言には安堵が含まれていた。

 “洞窟蜘蛛(ケイヴスパイダー)”の出した被害は、放出した糸が建物に絡まったり、壁や屋根に引っ掻き傷が付いた程度である。幸いにも死傷者は出ておらず、倒壊した建造物もない。

 魔物が街に入り込んだにも関わらずその程度の被害ですんだのは、フュリアを初めとした冒険者三人が迅速に処理してくれたからだ。


 その上、その場ですぐに依頼を受けてくれたことには感謝するしかない。というのも、組合を通して報酬の契約もしていない依頼を快く受けてくれる冒険者はそうはいないからだ。

 その事に関してはベルラウムも冒険者を責める気持ちはない。報酬を渡すと依頼主がどう言おうとそれは所詮口約束に過ぎないのだ。依頼主にその気が無ければいくらでも反故にできる。

 冒険者は慈善事業ではない。その者の生活がかかっている。報酬の確実性のない依頼を嫌がるのは当然だろう。そのため、突発的な依頼を受けるにしてもまずは依頼主と共に冒険者組合に行き、第三者を交えて契約をするのが普通だ。

 ただそうすると、その分だけどうしても時間がかかってしまう。街の状況をいち早く確認したかったベルラウムにとって、すぐに依頼を受けてくれたフュリアたちの存在はありがたかった。


「……彼らの報酬には、色を付けてやらねばなるまい」


 当然ベルラウムに報酬を出し渋るつもりなど毛頭無い。優秀な冒険者にはそれに見合う対価を渡す。当たり前のことだ。


「しかし、まさか封窟(ほうくつ)に異変が起こるとは……もっと強固に封鎖しておくべきだったか」


 封窟――とあるものを封印するために作られた、カレイコルス山脈の麓に存在する洞窟。その管理は国王から任命され、代々イルゴニアの領主が行ってきた。

 封じられているものを考えると厳重な注意を払っていたつもりではあったが、それでも日々執務に追われる内にどこかおざなりになっていたかもしれない。

 魔物同士の縄張り争いや崩落ならば問題は無いが、もし何者かが入り込んだとしたら――。

 ベルラウムはふぅっと息を吐き、それから首を横に振る。


「いや、起こってしまったことを悔いても仕方あるまい。今は彼らが早急に解決してくれること期待し、今後の対策を考えなければ」


 焦るだけでは何も変わらない。今は以後同じことが起こらないようにすることを考えるべきだ。

 そう考えが至ったベルラウムの耳に――執務室の扉がノックされた音が入り込んだ。

 扉の向こうにいるのはメルシェだろう。ベルラウムと彼女以外、館には誰もいないのだから。


(紅茶が入ったか。ふむ、少し休憩するとしよう)


 紅茶の香りを想像したことで気が緩んだのか、ベルラウムは疲労感がこみ上がってきたくるのを感じた。

 被害を確認するために街中を歩き回ったせいだろう。毎日机に向かっているせいで運動不足なのも疲労感に拍車をかけている。


「……入りたまえ」


 ベルラウムが入室を許可すると、扉が開かれる。

 入ってくるのは当然メルシェだと思っていたベルラウムは――姿を見せた人物に目を剥いた。


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