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職人街イルゴニア

 ――イルゴニア。

 レイン・カルナから北東方面へ馬車で二日ほど揺られた先、カレイコルス山脈に囲われたこの都市は山脈から採れる鉱物が豊富であり、様々な職人が集まることから“職人街”とも呼ばれている。


 そんな街にやってきたアルスとレンは、大通りを歩きながら鍛冶屋を探す。

 比較的レイン・カルナから近く、鍛冶屋がある場所でアルスが真っ先に思い至ったのがイルゴニアだった。通りの左右に並ぶ建物からは絶え間無く槌が金属とぶつかり合う音が鳴り響き、通りから外れた向こう側では錬金術の工房が見える。


「あっ、見てよアル。あれ」

「ん……?」


 レンが指差した方向には鍛冶屋ではなく武具屋があった。剣、槍、弓矢、鎧など一通りの武具、様々な魔法薬(ポーション)まで陳列されている傍らに、目立つように置かれた透明な硝子で作られた大きなショーケースが目を引く。


「あれは……」


 その中には大剣が立てられていた。

 絢爛な装飾が施されているわけでもない、言ってしまえば無骨なデザインの大剣だ。

 だがアルスはそれに妙な既視感を感じ、傍まで近寄って眺める。


「……おっ、兄ちゃんそれに興味があるのか?」


 武具屋の店主と思わしき男が、大剣を眺めるアルスに声をかける。


「アル、これってやっぱり……」

「……あぁ、これは――」

「――それはあの【五英雄】の一人、【武神】レイハルトが使ってたと言われる大剣。その名も“星砕き”さ」


 返事を待ちきれなかったのか、店主が得意気に言う。

 それを聞いてやはりと、アルスは既視感の正体に納得した。かつての仲間が使っていた武器ならば、見覚えがあるのは当然だろう。

 斬ることよりも砕くことに特化したその大剣は、無骨ながらも雄大で力強さを感じさせる。それを操る【武神(レイハルト)】の姿は、確かにアルスの記憶の中に残っている。

 力溢れるその勇姿に、幾度となく助けられてきたものだ。


「本物……なわけないよな。模造品か?」

「そりゃもちろん。本物は“神器”なんて呼ばれて、王都にある王立博物館に納められるような代物だぜ?そんな大層なもん、こんなところに置いておけねぇよ。まぁ、威力に特化したでっかい剣ってのは男のロマンが詰まってるからな。そういうもんに惹かれた奴に需要はあるし、そういう武器を作りたいと思う職人もいる。だから時々、こういう模造品が作られんだよ」

「へぇぇ。そういうものなの、アル?」

「正直……男のロマンっていうのは分からんでもない」

「ガッハッハッ!話が分かるじゃねえか兄ちゃん。ただまぁ、あんたの細腕にはちょいと重すぎるだろうな!」


 別に買いに来たわけじゃないんだけどな、とアルスは心の中で呟く。そもそも目的は武具屋ではなく鍛冶屋だ。懐かしいものについ目を引かれてしまったが、この店に用があるわけではない。


「ごめんね。立派なものだったからつい見に来ちゃったけど、買いにきたわけじゃないんだ。ボクたち鍛冶屋を探してるんだけど、この辺にないかな?」

「なんだ冷やかしかぁ?……ガッハッハッ、冗談だよ!鍛冶屋か。そうだな……」


 店主は店の右側を指差す。


「一番近いのはフュリアの工房だな。そこの通りを進んで二つ目の角を右に曲がったところにあるぜ」

「なるほど二つ目の角を右ね。ありがと」

「いいってことよ!まぁ、ちょっとした情報料をくれりゃ嬉しいがな」


 豪快に笑う店主に対し、言葉の意味を察したアルスは商売上手だな、と笑う。


「あの魔法薬(ポーション)、一つ貰えるか?」


 アルスは店主の後ろの棚に並んだ手頃な値段の治癒の魔法薬(ポーション)を指差し、懐から財布を取り出した。



 *** 



 アルスとレンは店主に教えてもらった鍛冶屋の扉を開く。

 他に客の姿が見えず、ガランとしていた。

 客がいないということはあまり腕の良い鍛冶屋ではない可能性を考えるかもしれないが、その点は心配していない。職人の集う職人街に店を構えられる時点で、その腕は保証されているようなものだからだ。

 たまたま客がいない時間帯なのか、もしくは大通りから外れているせいで客足が鈍いといった理由だろう。建物自体が真新しく見えることから、できたばかりの鍛冶屋なのかもしれない。


 中で座っていたのは一人の女だった。

 腰まで延びた銀色輝く髪に、エメラルドのような透明感のある緑色の眼。右目に片眼鏡(モノクル)をかけ、妖艶というよりも雄渾に着崩した東洋風の服装の下にサラシを巻いており、キセルを吸う横顔が絵になるほど美しい顔立ちをしている。

 その艶めく褐色の肌は彼女が人間ではなく、土精(ドワーフ)族であることを示していた。


 土精(ドワーフ)族の女はキセルから口を離し、煙を吐く。そこで客が来ていることに気がついたのか、口の端を上げた。


「よォ相棒、何か御用かい?」


 様々なコミュニケーションの過程をすっ飛ばしたような挨拶に、アルスが覚えた第一印象は「なんだこいつは」である。


「……あん?どうしたよ。ボーッと呆けてねェで中入んな。それともこのフュリア様の見惚れちまったかい?」

「…………」

「カカカッ、ちょっとした挨拶だよ。そんな白い目で見なさんな」


 口を開かなければ美人だとこんなに早いうちから理解したのは初めてかもしれない。

 このまま出ていこうかとも思ったが、それを抑えてアルスは女――フュリアの前まで移動した。


「直してもらいたいものがある。これなんだが……」


 アルスはボーゲンに託された歪んだ金槌を取り出し、机に置いた。

 フュリアはそれを持ち上げると、様々な角度から観察する。


「魔法がかかってるわけでもねェし、稀少な素材が使われてるわけでもねェな……。あたしが言うのもなんだが、新しいのに買い換えたほうが早いんじゃねェか?」

「一応、鍛冶屋で直してきてくれという依頼でな。冒険者としては依頼主の意向が最優先なんだ」


 アルスとレンに羽を伸ばしてもらうための口実だとしても、依頼は依頼だ。緊急時を除いて、依頼主に何の相談もなく依頼内容を変えるわけにはいかない。


「ほォ、お前さんたち冒険者か。道理で立派な得物をぶら下げてると思ったぜ。ついでにそいつの手入れもしてやろうか?もちろんお代は頂くけどな」


 武器は冒険者にとって生命線だ。そのため細かな手入れを行い、万全な状態を保っておく必要がある。

 アルスも普段は自分でやっているが、所詮は素人に毛が生えた程度の知識しかない。たまにはプロに任せるのもいいだろう。


 ――何となく彼女に任せることに不安を覚えるが。


「まぁせっかくだ、頼むよ。レン、お前はどうする?」

「じゃあボクもお願いしようかな」


 アルスが鞘ごと剣を机に乗せると、レンも続くように剣を差し出す。

 フュリアは立ち上がり、腕を上にあげて体を伸ばすようにほぐした。


「んぅ……っと、さァて、一仕事といくかねェ。新品同様に研いてやるから楽しみに待ってな。ついでに金槌の方は景気よく金ぴかにでもしてやろうか?」

「やめてくれ。俺の所有物じゃないんだから」

「じゃあお前さんの剣ならどうだ?黄金の剣とか、おとぎ話の主人公みてェでそそられんだろ?」

「別にそそられないし絶対にやめてくれよ」

「なァんだつまんねェなァ。だがまァ仕方ねェ、客の意向を無視する訳にもいかねェしな」


 若干不満気な顔を見せるフュリア。その商売をしているとは思えない態度に、アルスはこの鍛冶屋に入ったことを後悔し始める。


「大体一時間程度かかるから、その辺ぶらついて時間潰してきな。……せっかくこんなめんこい彼女連れてんだ、後はあたしに任せて仲良くデートと洒落込んできたらどうだい?色男さんよ」

「いいからさっさと始めてくれ!」


 フュリアは愉快そうに笑いながら、二本の剣と金槌を持って奥の工房へと入っていった。


「……大丈夫かな?ボクちょっと不安なんだけど」

「……とにかく出よう。散歩でもしてくるか」


 本当に黄金の槌と剣にされたらどうしようと不安しか感じないアルスだが、預けてしまった手前もうどうしようもないので、これ以上考えるのはやめることにした。


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