その身を盾に
目標は混乱に乗じて逃げようとするゴブリン・ロード。
動けないエトールをストラに任せ、アルスとヴォルグは走り出す。
パニック状態のゴブリン軍団はもはや壁としての機能を有しておらず、二人の勢いを止められる者はいなかった。
「頼むぞヴォルグ!」
「うぉっしゃあ!逃がさねえぞクソゴブリン!!」
ヴォルグは戦斧を地面に振り下ろし、〈地裂波〉を繰り出す。この技能自体に殺傷能力は無いが、地面を振動させて相手の動きを止める効果は今の状況に最適だった。
「……ギャッ!?」
突然地面が揺れたこと驚いたゴブリン・ロードは重心を低くし、体勢を保つ。転ばせることはできなかったが足を止めてくれたおかげで、アルスとヴォルグは距離を大きく縮めることができた。
「さぁ、観念しろ!」
先に追い付いたアルスが剣を片手に斬り込みにかかる。それに気づいたゴブリン・ロードは素早く体勢を立て直し、手に持ったメイスを掲げた。
〈火球〉
メイスの先端に火の玉が浮かび上がり、放たれる。アルスは咄嗟に横に跳んでそれを回避した。
「うぉおおおお!!」
地面にぶつかり弾けた〈火球〉を飛び越えるように、技能を撃った影響で遅れていたヴォルグが突撃する。
近寄らせまいとすぐさま次の〈火球〉を作り出し、弾丸のように放つゴブリン・ロード。ヴォルグは上半身を反らして回避するもバランスを崩しそうになり、突撃を中止する。
「グ……ギギッ!!」
口元を醜く歪ませたゴブリン・ロードはやけくそのように魔法を連射する。
忙しなくメイス振り上げたり振り下ろしたりと繰り返す様は滑稽にも見えるが、ゴブリン・ロードも必死だ。早く逃げなければ殺されるという焦りがそのまま攻撃に表れていた。
さながらそれは炎の弾雨。このままでは回避に精一杯で近づくことすらままならない。
ゴブリン・ロードも狡猾というべきか、〈火球〉を撃ちながらじりじりと出入口の方へと移動していた。威力の高い魔法ではなく連射のきく下位魔法ばかり撃っているのは、相手を倒すのではなく近づけさせないことを優先しているためだろう。
(このままだと逃げられる!どうにかしてあいつの魔法を掻い潜らないと)
アルスは絶え間無く動きながら、かつての【勇者】のように動かない今の自分に苛立ちを覚える。あの頃の自分ならこの程度の攻撃、撃たせる前に斬り込むこともできたのに、と。
同じように炎の弾雨を避け続けていたヴォルグが怒鳴るように声をあげる。
「このままじゃ埒が明かねえ。小僧ッ!俺の体を利用しろ!」
そう叫ぶヴォルグの方を向いたアルスは驚愕の表情をしていたが、すぐにその言葉の意図を察すると、何も言わずに頷いた。
「行くぞ!!」
ヴォルグはゴブリン・ロードに向かって再度突撃を始める。
すかさずそこに〈火球〉撃ち出された。
通りすぎた軌道に炎の尾を引き、標的にぶつかり炸裂せんとする炎の弾はまたもや回避さ――れず、ヴォルグの纏う鎧に衝突して爆発した。
「ぐぅ……っ!」
ある程度は鎧が防いでくれるだろう。だが、ただの鉄製の鎧では百単位のゴブリンの長の魔法を完全に受け止めることなどできない。
鎧が吸収しきれなかった衝撃と熱がヴォルグの顔を歪ませる。
そして再び襲い来る炎。ヴォルグは戦斧を盾にしてそれを受け止める。
腕を通じて衝撃が身骨に響く。それでもヴォルグは足を止めない。〈火球〉の威力で押し返されまいと踏ん張りながら、少しずつ前へ足を動かす。
「ぬがぁあああああ!!」
何度も襲い来る炎の炸裂に体が軋もうとも、舞い飛ぶ火の粉が顔を焦がそうとも、進むべき道がそこしかないかのようにヴォルグは決して逸れようとせず、全てを受け止めていく。
銀色だった鎧と戦斧は黒い煤で染色され、露出した頬に火傷を負っていた。
それでも何度魔法を叩き込んでも怯まないその姿に、ゴブリン・ロードの足が出入口の方向とは関係なく後ろに動く。
ヴォルグとの距離がどんどん縮まり、一層焦りの色を濃くしたゴブリン・ロードは〈火球〉を打つのを止め、確実に仕留めんと更に高位の魔法を詠唱し始める。
無数の〈火球〉を受け続けたヴォルグに、それを止めるだけの力はもはや残っていない。
しかし――ヴォルグはニヤリと口角を上げた。
「――行け小僧ォオ!!」
その叫びを合図に、後ろに隠れていたアルスがヴォルグの背を踏み台にして跳躍した。
全ての〈火球〉を受け止めていたのは、その身を盾にするため。その身を盾にしていたのはゴブリン・ロードの意識をアルスから逸らさせると共に、確実にアルスを近寄らせるため。
そして――焦ったゴブリン・ロードに高位の魔法を詠唱させることで、その隙をさらけ出させるため。
跳躍したアルスは両手で柄を握りしめ、刃を下に向け、剣を持ち上げる。
完全に隙を突かれたゴブリン・ロードは、それを避けることも迎撃することもできなかった。
そして――
「これで終わりだぁああーーーっ!!」
――アルスの剣が、ゴブリン・ロードの額を貫いた。




