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沈静する力

「ガペ……ギ……ァ…………」


 首を握られた鳥のような声を絞りだし、体を痙攣させるゴブリン・ロード。重心を失った体がふらふらと左右に動き、仰向けに倒れ――絶命した。


「ハァ……ハァ……ッ!」


 アルスは膝を掴む。荒い息が肩を上下させた。

 二、三度深く息を吐いて呼吸を整え、動かなくなったゴブリン・ロードの亡骸から剣を引き抜く。時間が経って少しずつ効力を無くし始めた〈灯りの空間(エリアライト)〉の光が血に反射し、刃が赤く染まっていた。


「やっと……終わったな」


 アルスの後ろから疲労が見え隠れする声をかけたのはヴォルグ。その顔は火傷で赤くなり、鎧は真っ黒に煤こけて岩肌のようにでこぼこに凹んでいた。


「これでもうゴブリンが森から溢れるなんて事態にはならないだろ……」

「一件落着……か?」

「あぁ、ようやく――」


 言い切る前に、アルスは弾かれたように顔を上げた。


「そうだ、レン!」


 アルスは周囲を見回す。気がつけばゴブリンの悲鳴も剣が風を切る音も聞こえなくなり、辺りは静寂に包まれていた。

 ゴブリンが全滅したわけではない。だが見る限り、壊滅という言葉が相応しかった。

 ゴブリン達は次々に身を翻して走り、〈灯りの空間(エリアライト)〉の光が届かない暗闇の中をバタバタと手を動かしながら走り回っていた。長からの命を失ってその支配力が無くなった影響か、必死にこの場から逃げようとしているのだ。


 ――それを捉えるレンの目は冷酷だった。


 いつも巻いている黒いマフラーは元の色が分からなくなるほど返り血で染まり、その手に持つ剣は血を啜っているかのように赤い雫を垂らす。“黒い力”の奔流は尚もレンを覆い、次の命を吹き消そうと渦巻いていた。

 その血濡れた姿を目にしたアルスは唇を噛み、そして叫ぶ。


「レン、もういい!それ以上やる必要はない!」

「――アル……?」


 ゆっくりとレンは振り向く。その瞳にアルスの姿が映った瞬間、仮面が剥がれたかのようにその顔がいつもの様子に戻った。

 黒い力も霧散して消えていき、花が咲いたように笑顔になる。


「アル!ああよかった無事――」


 駆け出そうとして、レンは足を止める。


「…………無事でよかった」


 そして、一回り熱を失った声で言い直した。


「まだちょっと痛むけどな。というか、お前だったら無事だってことくらい何となく分かるだろ」

「うん……そうだね。そうだけど……」


 レンは再びアルスに近寄ろうと一歩踏み出し――戸惑うような表情を見せ、踏み出した足を元の場所に戻す。


「ゴブリン・ロード……倒してくれたんだ」

「あぁ、ヴォルグのお陰でな。それと……お前が他のゴブリンを引き付けてくれたからな」

「そっか。よかった」


 その笑顔はどこか儚い。不安と恐れが混じったような、すぐにでも消えてしまいそうな笑み。

 返り血にまみれたその姿と不釣り合いな顔をする少女に――ああなるほど、とアルスは理解する。


 近寄ることさえ躊躇うレンに、アルスは自分から近寄った。

 彼女の頭に手を乗せ、優しく撫でる。

 足元が血溜まりだろうがそんなことは関係無い。先程まで狂戦士の如く暴れていても関係無い。その“黒い力”が何であろうと、今は考える必要はない。

 驚きはあるが、恐れも軽蔑もしない。自分が傷ついたことに対して怒ってくれた者に、どうしてそのような感情を抱けようか。


「ありがとな、レン」

「…………うん!」


 感謝の言葉を伝えるアルス。それに応えるレンの子供のように無垢で、花が咲いたように純粋で、太陽のように輝かしい笑顔がアルスの頬を緩ませる。

 殺意と恐怖と振り撒く狂戦士など、もうどこにもいなかった。


「――楽しそうなところ邪魔して悪ぃが、早いとここっから出ようぜ」

「……エトールも早くちゃんと治療してあげないと」


 二つの声が後方からかけられる。

 ヴォルグは戦斧の代わりにエトールを背負い、ヴォルグに代わってストラが戦斧を抱えていた。

 振り返って頷いたアルスに続いてレンが顔を向けた瞬間二人の顔がわずかにひきつったが、すぐに元に戻った。


「そうだな。帰ろう、レン」

「うん!」


 ゴブリンはまだ残っているが、今回の一件で人間に対する恐怖心が強く根付いたはずだ。これからは人間の生活圏には足を踏み入れないだろう。主の支配も無くなり、こっそりと森から逃げていくに違いない。

 もう放っておいても害はないだろう。この洞窟にいる理由も無い。そう判断したアルスはレンと共に出入口に向かって歩き出す。ヴォルグとストラも肩を並べて歩を進める。


「あーあ、もう当分ゴブリンは見たくねえぜ……」

「……同感ね。それとヴォルグ、この斧重いんだけど……」

「俺が持とうか?……重っ!?なんだこれ!?」

「ハハハッ!鍛え方が足りねえな小僧」

「よくこんなもの振り回せるな……。レン、持てるか?」

「うーん、腕力にはあまり自信無いからなぁ……」

「……それ以前に、大きすぎて持てないんじゃないかしら……?」


 そんな他愛もない話をしながら、一行は洞窟を後にした。


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