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偶然の凶撃

 数匹のゴブリンとゴブリン・チーフが吹き飛ばされ、地面を転がる。すかさず襲いくる第二波の攻撃をヴォルグは戦斧を盾として受け止め、弾き返した。


「ヴォルグ、そのまま後方は任せた!左右前方はこっちでやる!」

「ああ!?てめえらだけで守りきれんのか!?」

「だから言っただろ、頼りになる仲間がいるってな!左だレン!」

「任せて!」


 アルスが指示した方向から近づいてきていたゴブリン・チーフを、レンが切り払う。その間に反対方向から来ていたゴブリンをアルスが受け止める。その隙にレンは反転し、アルスが受け止めていたゴブリンを蹴り飛ばした。


「アル、大丈夫!?」

「この程度、まだまだ余裕だ!それよりも次がくるぞ!」


 レンの動きは、まるで一人だけ流れている時が加速しているようだった。左右前方全てに敵を弾く結界が張られているかの如く、近づくゴブリンが斬り飛ばされ、蹴り飛ばされていく。 

 それに対し、アルスは平凡的なものだった。ゴブリンの攻撃を受け止めることはできるものの、レンのように瞬時に斬り返すようなことはできていない。しかし、状況を瞬時に判断して的確な指示を飛ばし、どうしても拭いきれないレンのわずかな隙をカバーする視野の広さは、その実力とはアンバランスなほどだった。


「ギャギャッ!」


 醜い濁声がヴォルグに突撃する。数は三匹。


「させるかよっ!」


 ヴォルグは地面を砕かんばかりの勢いで戦斧を振り下ろす。

 〈地裂波(ちれつは)

 魔術師が魔法を使うように、戦士にもまた“技能(スキル)”と呼ばれる技がある。それは鍛練と経験を重ねることで閃くもので、その戦士の戦い方に大きな影響を及ぼす。

 ヴォルグの技能(スキル)〈地裂波〉は地面を波のように大きく振動させるもので、それによって相手の動きを一時的に止めることができる。空中にいる敵には無力だが汎用性が高く、シンプルが故に細かいことを考えずに使えるため、ヴォルグはこの技能(スキル)をよく使っている。

 そんな技能(スキル)の範囲内にいたゴブリン達は、振動する地面に足を取られてすっ転んだ。


「うおらぁ!!」


 隙だらけになったゴブリンをヴォルグは戦斧で次々に叩き斬る。

 そうして何度も何度も繰り返しゴブリンを迎撃していくが、一向にゴブリンの数が減っている気がしない。それどころか洞窟中にいたゴブリンがこの空間に集まってきているのか、数が増えている気がした。


(ゴブリンの国とはよく言ったもんだ、クソッ!)


 心の中でそう毒づいているうちに、ヴォルグはふと違和感を覚える。

 自分たちを取り囲むゴブリンの数は数えきれないほどだというのに、一度に向かってくる数は精々七、八匹程度。それも多方面からやってくる数を合計したものであり、アルスとレンの方向を除けば、実際にヴォルグに襲いかかってくるのは二、三匹程度だ。

 その程度ならば迎撃することは容易い。それを何度も繰り返しているのだから、いくら魔物とはいえ知能が高いゴブリン・ロードならば効果が薄い事に気づいているはずだ。

 それにもかかわらず、少数で波状攻撃を仕掛け続けるのは何故なのだろうか。


 しかし、残念ながらそれを考える暇を作らせてくれない。腕を動かし、武器を振るい、今はただひたすらに耐え続けるしかない。

 ヴォルグは段々と自分の得物が重く感じ始める。本来なら軽い外傷程度の治癒にしか使われない下級治癒魔法(ヒーリング)で瀕死の重症を癒そうとすることが、どれほど非効率で実践向きではないかを身をもって痛感する。

 これ以上長引けば、エトールの処置が終わる前に自分も動けなくなりそうだった。

 そんな時、ふと目に入った包囲の外にいるゴブリン・ロードの顔を見て――ヴォルグはギリッと歯を食い縛った。


「あの野郎……笑ってやがる!!」


 それは勝利を前に喜ぶのとは全く毛色の異なる笑み。圧倒的に有利な状況で相手をじわじわとなぶり殺し、安全なところから高みの見物をして悦に浸る醜悪な笑み。どこまで耐えられるのか見物だ、と見世物を見るような観客のそれだった。


「……エトールを囮に俺たちを誘き寄せ、相手が絶望する顔を見たいがためにわざわざ〈灯りの空間(エリアライト)〉で軍団を照らし出し、力尽きて倒れる様を見物するためにわざと一斉攻撃せずになぶり殺しにする……か。まったく、見た目通り悪趣味な性格してるな」

「ゴブリンは集まると調子に乗るっていうけど、あれは最たる例だよね」

「……てめえら冷静だな。俺たちは舐められてんだぞ!?もうどうしようもないだろってたかを括られてんだ!腹立たねえのかよ!」


 苛立ちを押し殺そうとして、それでも抑えきれない声でヴォルグは言う。対してアルスはいたって冷静に答えた。


「そんなもの、いくらでも舐めさせてやれよ。向こうが油断すればするほどこっちにとって優位に働くんだ。……というか、そうなってくれなきゃ凌ぎきるなんて到底無理だ」

「なっ……おいっ!確実に凌げる算段があった訳じゃねえのか!?」

「確実ではなかったが、勝算はあったさ。だって、実際に俺達は耐えられているじゃないか」


 ゴブリン・ロードが自分の優位性が揺るがないと思っているからこそ、彼らの攻撃は捌けるレベルに留められている。

 それは偶然ではない。()()()()()()()()とアルスは予測していた。だからこの場で耐え続けるという無茶な提案をしたのだ。

 ゴブリンという種がそういうものであることを知り尽くしていなければできない選択である。


「……てめえ、ゴブリン・ロードと戦った経験は?」

「…………過去に少し」


 信じがたいことだった。たかだか二星(デュアル)級の冒険者がゴブリン・ロードと戦い、生き残ったことがあるという事に。

 だが、こうも自分より冷静で的確な判断をされてしまうと、ヴォルグも信じざるを得ない。目の前にいる自分より位の低い二人の冒険者は、自分より修羅場をくぐってきているのだと。


(面白くねえ事実だが、今はそんなことを言ってる場合じゃねえな)


 ヴォルグは深く息を吐き、冷静さを取り戻す。

 先程から視界の端にちらつくゴブリン・ロードの醜いな笑みも、逆にこちらが相手の心の隙を利用していると思えば怒りも湧いてこなかった。


「――終わったわ……!」


 ストラが跳ねるように立ち上がる。その口から出た言葉は、誰もが待ち望んだものだった。

 ヴォルグは何度目かも分からないゴブリンの攻撃を戦斧で受け止めると同時に蹴り飛ばし、その隙にエトールの顔を一瞥する。

 最初に見つけたときよりも明らかに顔色が良くなっていた。これならばもう大丈夫だろう。動けるようになるにはもっとちゃんとした治療が必要だろうが。

 とはいえ、ここから出られなければ結局は全員生きて帰れないことには変わり無い。


 ――ここまでは前哨戦。むしろ本番はここからなのだ。


「よし!そんじゃあこんなゴブリン臭ぇところからさっさと脱け出すとしようぜ!」

「そうね……いい加減、あの耳障りな鳴き声も聞き飽きたわ」

「入口付近の包囲を一点突破して、そのまま全力で外まで逃げる。小僧ども、それでいいな?」


 ヴォルグの言葉は提案ではなく確認だった。もちろん、それに異を唱える者などいない。

 アルスがエトールの背中を支え、上半身を起こす。


「……悪いけど、この中じゃ俺が一番戦いで役に立てそうにない。だから俺がエトールを背負っていく。みんな頼――」


 その瞬間――ゴスッと、耳を覆いたくなるような鈍い音がアルスの言葉を遮った。


「が……っ!?」


 ――それは、全員の意識がエトールへと向いていた、ほんの一瞬の間の出来事だった。


 アルスの体が大きくぐらつく。

 その頭に直撃したのは、どこからともなく飛んできた棍棒だった。

 近づくことを怖れたゴブリンの一匹が、自らの手に持った棍棒を投げつけたのである。

 それは精巧に狙いを定めたようなものではない。ただのゴブリンにとって、近づかずに攻撃する手段がそれしかなかっただけだ。

 そんな粗末な攻撃がアルスの頭に直撃したのは、ただの偶然だった。全員の意識がゴブリンから離れていたほんの一瞬の隙に重なった偶然――。


「小僧ォ!!」


 ヴォルグの叫びがこだまする。ストラは息を呑み、何も言葉を出すことができなかった。

 遠くからは、ゴブリン・ロードの嘲るような笑い声が聞こえくる。アルスの頭で大きく跳ね返った棍棒が地面を滑る音がする。


「アルーーーッ!!」


 最後に悲鳴にも似たレンの声が響き――アルスは地面に倒れた。

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