騒動の原因
アルスはざわめく気持ちを感じずにはいられなかった。
それは怒りや憎しみ、悲しみといったものではない。ざわめきだつその感情は、恐怖にも似た強い不安。それは、かつてアルスが感じたことがあるものだった。
それを感じたのは、アルスが【勇者】だったころ。魔王を仕留めたと油断したばかりに、自分もろとも仲間を死なせてしまった時。自分のせいで仲間が危険な目に合うことの辛さを、アルスはよく知ってい。
――だからこそ、ヴォルグとストラがこの後どういう行動に出るのか予想がついてしまった。
「二人とも待てっ!」
アルスの言葉は二人を制止するには至らず。
ヴォルグとストラは一目散に倒れているエトールに向かって駆け出す。それと同時に、粗末な松明では照らしきれていない暗闇の奥で何かが動いたのをアルスの目は捉えた。
――直後、走り出したヴォルグとストラに向かって、数匹のゴブリンが飛び出してきた。その数は五匹。中にゴブリン・チーフも紛れ込んでいた。
「しまった……!」
棍棒を振り上げながら飛び込んでくるゴブリンたちは、さながら罠にかかった獲物を仕留めるような動きだった。
武器も構えていなかったヴォルグとストラは、突然の奇襲にに対応することができない体勢だった。戦斧を振るうよりも速く、魔法を唱えるよりも速く、ゴブリンの棍棒が振り下ろされる。
そして――
「レン!頼む!」
――それよりも速く、銀色の閃光がゴブリンたちの体を真っ二つに切り分けた。
ポカンと口を開くヴォルグとストラ。血飛沫が上がり、肉の塊となったゴブリンが地面に落ちる音を聞き、二人はようやく目に前で起こった出来事を理解する。
「な……っ!?」
二人の前に、さっきまでアルスの横にいたはずのレンの姿があった。彼女が目にも止まらぬ速さで距離を詰め、瞬く間にゴブリンを切り伏せたのである。
驚愕に身を強張らせる二人の様子は、まさに開いた口が塞がらないといった様子だった。
「よくやった、レン!」
アルスは遅れて走ってくる。決して遅いわけではないのだが、レンに比べたらスローモーションに見えるような速度だった。
「ボク達が周りを見てるから、はやくエトールの様子を見てあげて」
そう言ってレンは道を開ける。再びエトールの姿が見えたことで、ようやくヴォルグとストラの口が塞がった。
「エトールっ!オイ、無事か!?」
二人はエトールの側で屈む。
エトールの体は見えるところだけでも痣だらけになっており、顔は無惨に腫れあがり、頭からは大量の血が流れて地面に染みを作っている。呼び掛けても返事がなく、意識が無い状態だった。
「……まだ息してるわ!でも、酷い怪我……!」
「畜生!ストラ、治癒魔法を頼むッ!」
「えぇ……!とにかく応急処置だけでも――」
その時、暗闇の向こうで光の球体が放出されたのをアルスは見た。
光は緩やかに蛇行しながら天井へと向かい、一定の高さまで上がった瞬間――弾けるように拡散し、この空間に眩い光をもたらして、これまで暗闇の中を進んできた四人の目を眩ませた。
「うわっ!?」
「な、なんだぁ!?」
「これは……〈灯りの空間〉……!?一体誰が……!?」
〈灯りの空間〉は、限られた範囲を照らし出す〈灯火石〉とは違い、日の光の如く広い空間を照らし出す魔法である。それが、四人の中で唯一魔法が使えるストラではない、別の何者かによって放たれた。
それによってまばらにしか光源の無かったこの空間が光で満たされる。
そして、今まで暗闇だった場所に隠れていたものを見て、アルスは自分の目を疑った。
「なんだ、この数は……っ!?」
全ての方向、どこを見渡してもゴブリン。ゴブリン。ゴブリン。
あまりに大規模過ぎるそれは群れを通り越し、もはや軍団だった。
数百をものゴブリンの軍団が、いつの間にか四人を取り囲むように幾重にも重なる包囲網を作っていたのである。
そして、その包囲の外にいる個体が一匹。
体の大きさはゴブリン・チーフとさほど変わりはないが、他のゴブリンたちがボロきれしか纏っていないのに対し、それだけは様々な貴金属で彩られたアクセサリーを首からぶら下げていた。手に持った武器も荒削りされた木製の棍棒ではなく、滑らかに研磨された金属製のメイスである。
その個体の名前は――
「――ゴブリン・ロード!なるほど、そういうことか……!」
ゴブリン・チーフが群れの長なら、ゴブリン・ロードはその土地に住む全てのゴブリンの長。人間で例えるなら領主のような存在であり、ゴブリンという種の中でも最上位クラスの個体。
今回のカーネ森林でのゴブリンの大量発生。その原因を突き止めるのが今回の依頼内容だったが、偶然にもこんなところでアルスはその真相を目の当たりにすることとなった。
今回の騒動の原因、すなわち――
「こいつら、こんなところに自分達の国を作ってたのか……!」




