97話 【間章】あの時の笑顔を
シグベルムの人々と出会うまでの、ずっとずっと長い間、わたしは独りぼっちで、ポリュグ山の奥地で引きこもっていた。
〈大地〉の権能を持つ神として、この世界に創り出された時から、私の声や姿はとても醜くて恐ろしかったからだ。
ギラギラとした金の目や、ドス黒い血の色をした私の体を見ると、生き物たちはみな、たちまち悲鳴を上げて逃げ出してしまう。
わたしに挨拶しに来た他の神々ですら、私の姿を一目見ると、ほとんどの者が怖がったり恐れたりして、二度と私の元を訪れようとしなかった。
例外的に、わたしを忌避しなかったのは、私と同じ太古の神たちや、ほんの少しの間だけ面倒を見てあげた〈鉱物の神〉ぐらいのもので、もし彼らがいなければ、わたしは完全に心を閉ざし、自分自身とこの世界に絶望して堕ち神になっていたことだろう。
創造神様に創り出されたばかりの頃は、わたしを怖がらずに接してくれる彼らと共に、この世界を維持しようと、わたしなりに頑張って来た。
だが、わたしの姿を見るなり恐慌状態に陥る人々を目の当たりにしたり、創造神様に何度もわたしの醜さを嘲笑されるうち、いつしかわたしの心は完全に折れてしまった。
でも、わたしが自分の巣穴に引きこもるようになってから、数千年がたった時、私を絶望の果てに追いやった創造神様が、何の前触れもなくわたしの住処を訪れた。
そしてどういう訳か、私の体の色を、ドス黒い血の色から深みのある美しい紅色へと変えてくれた。
驚きのあまり、わたしがぽかんとしていると、創造神様が優しく語りかけてきた。
──ほとんど力を使い果たしてしまったせいで、こんなことしかしてあげられないが、たとえどんな姿であったとしても、君はこの世界に必要な存在だということを、忘れないでいてほしい。
……わたしはとても驚いた。
いつも、「こんなに醜い存在を生み出したのは過ちだった」と、わたしを貶めていた方の言葉だとは、とても思えなかった。
わたしは、返事もできずに、ただただ困惑しながら、呆然とあの方を見つめることしか出来なかった。
──いつかきっと、君の優しさに気付いて、ありのままの姿を受け入れてくれる者が現れる。その時は、どうか、君の力でこの世界を救ってほしい──
今はもう、ぼんやりとした記憶だけれど、この時にそう語った創造神様は、とても優しいお顔をしていた気がする。これまでのような冷酷で意地悪な顔でなかったことだけは確かだ。
「りりちゃん、ケーキ作りの腕前がずいぶんと上がったみたいだね!」
嬉しそうなしずくの声を聞いたわたしは、遥か昔の思い出の中から現実に戻ってきた。
一週間ぶりに訪れた〈喫茶シルエ〉の店内には、わたしに幸せを運んでくれたクリームチーズケーキの甘い香りが漂っている。
今や、世界中の人々が、私の作るケーキを楽しみにしてくれているのだ。
創造神様から「いつか、ありのままの姿を受け入れてくれる者が現れる」と言われた時、わたしは、「そんな日は絶対に来ない」と思っていた。
だが、あの時に聞いた言葉は、わたしの心の奥底に、「もしかしたら」という淡い希望を植え付けていた。
そして、その希望こそが、わたしをシグベルムの人々と関わらせ、しずくたちとの出会いをもたらしてくれた。
しずくや〈喫茶シルエ〉のみんなは、わたしの本当の姿を見ても怖がらずに、優しく受け入れてくれた。心に寄り添いながら、わたしの願いを叶えようと一生懸命悩み、手助けしてくれたのだ。
結局、あの時に聞かされた創造神様の言葉は、正しかった。
得難い友達を得て、ありのままの姿で、みんなから受け入れてもらえるようになったわたしは、とても幸せな毎日を送っている。
創造神様にお礼を言いたいが、世界中に蔓延っていた瘴気を浄化してくださってからというもの、一度もそのお姿を見ていない。
だが、もし神力を取り戻して、昔のようにその美しいお姿を現してくださった時は、わたしの作ったケーキを差し上げて、あの時の感謝をお伝えしたいと思っている。
創造神様は、わたしの作ったケーキを食べて、喜んでくださるだろうか?
今はもう、ほとんど忘れてしまったあの時の笑顔を、また見ることができたらいいな──
わたしは今、心の底からそう願っている。
これで第二章は終わりです。
次章の誤字脱字チェックのためにいったん完結とさせていただき、チェックが終わり次第第三章を始めます。引き続きどうぞよろしくお願いいたします(*^-^*)




