19 争いの種は人の手で作られるのです
春です。
ぽかぽか陽気が眠気を誘う気持ちの良い春がやってきました。冬越ししていた寂しい木々に柔らかな新芽が生まれ、小鳥の喜ぶ歌声が聞こえだし、いつもと変わらないはずの川の水でさえ優しさを称えている、そんな春の日はピクニックや山歩き、散歩が最高だと思うんですよね。
それなのに、私は暗い部屋でこもっています。理由は三年に一度行われる魔力測定の為に王都から神官さんと軍の方がいらっしゃっているから。
私はこの村だけの秘密の存在なので、お偉いさんに知られると村の皆に罰が下るし、私自身処刑される可能性があるから、教会の地下にある避難所の一つに隠れています。
村の皆から嫌われているけれど、一致団結して私をかくまってくれていることは有り難いことだと思う。たとえ自分たちの保身のためだとしても。
今頃は到着した王都の派遣の人たちの歓迎会が行われていることだろう。明日1日で10歳からの子供の魔力測定が行われ、次の日に王都に帰還するという流れらしい。
その間はずっと私はこの暗い部屋で閉じこもっていなければいけない。正直暇です。
ここから【転移】で従魔達が住む隠れ家に飛ぶことが出来るのだけど、私が居なくなったと知ったら、村の皆と、なによりランス神父が心配するから迂闊なことが出来ない。
ツブモロやハクルの種とか石臼とか持ち込めば良かったわ。そうすれば、暇つぶしになるし、お金にもなったのに。
そう、そう、あれから町に出てお金を少々稼ぐことが出来て、そして念願のプリンを作ってエミーリオに食べて貰うことが出来たの。
約束してどれほどの年月がたってしまったことか。エミーリオは覚えていなくても、私は必ず食べさせてあげたいと思っていたから。
満面の笑みで喜んでくれたエミーリオを見ることが出来て、感無量です!
何を売ったかというと、コーンスープの素と椎茸もどきを磨り潰した調味料、干し芋等々。
この世界の食文化はあまり発達していなくて、ツブモロをつかったスープというのはあるものの、至ってシンプルでツブモロのツブをヘラか棒か何かで叩き潰し、他の野菜と一緒に塩で味付けするだけのもの。貴族が王族の間では『こす』という作業が一手間加えられるそうだけど、民間ではそのままゆでた物をスープとしているみたい。
食に対する追求は少ないようだ。
私が作ったコーンスープは地球で市販されている作りとは違う物かもしれないけれど、結構似通った物ができあがった。
まずはツブモロを茹でます。そして柔らかくなったらジューサーの代わりに石臼で磨り潰します。出てきた物を【錬成】水分を飛ばす。ただそれだけです。そこに似たような行程で作ったハクルを混ぜたら出来上がり。
粉になったツブモロにお湯か暖めた牛乳を入れてかき回せば、コーンスープもどきです!
地球での行程とは違うと思うし、バターも使っていないからあっさりした物だけど、お湯か暖めた牛乳を入れただけで簡単にでき、長持ちするとなれば、食材の入手の難しい冬の間は重宝されるということで、隣の町ではあっという間に大人気になったよう。
椎茸の調味料も、塩漬けされた野菜にかけるだけで単調だった食卓に深みが出るとあっという間に売り切れたそうだ。
干し芋は女性に人気だったとか。
何度か隣町に訪れて、初めの方は売れなかったようだけど、一人買い二人買いしている内に主婦の間で広まり、買い求める方々が増えていったそうな。今では冒険者の間でも買い求める人が増えているらしい。
嬉しい限りです。
そうして手に入れたこの世界での初のお金で砂糖を買いました。とはいえ砂糖はやはり高価な物で、数人分のプリンしか作れなかった。
真っ先に食べて貰ったのはエミーリオ。食べたことのない食感とおいしさに感激してくれて、作ったかいがあった。
そしてエミーリオにプレゼントしたよりも小さくなったけれど、クロエとクロムにもあげたら、クロエは無言で食べ尽くし、クロムは何から出来ているのかを推理していた。
双子でも性格は違うのねぇ。と思えた一環である。
約束を果たせたことに満足できたし、お金の入手経路も出来たので、今度からはこの村を旅立つ為の資金を集めようと思っている。
後は教会でお世話になった分を返したい。まぁこれはちょっとだけ、皆に分からないことをやっているんだけどね。
お金はいくらあっても足りませんねぇ。
天井の空気穴から入ってくる光が頼りのこの部屋では何もすることがなく、ほけら~とこの先のことを考えていると、隣の部屋がなにやら賑やかになってきた。
隣の部屋は備蓄庫で、小麦や塩、私が育てた野菜はもちろんのこと、いざというときのための非常用の食材が備蓄されている。
教会では有事の際の食料を、備蓄しておくように義務づけられている。大きな街では住民の五日分ぐらいを定められているのだけど、このような貧しい村では1日分がやっと。それでも【育成】で育てた分と、それに村人からの提供された分があるから、分量を減らせば2日から3日ぐらいはもつだろう。他にも置く場所がないからと、村人から預っているものもある。
これでも増えた方なんですよ。いつもなら毎年冬に食べ尽くしてしまっているから。
割と広いスペースの備蓄庫に、数人分の賑わいが壁を通して聞こえてきたので、私は身を潜める。
村人が預けてある品物を直接備蓄庫に取りに来ることはなく、教会の子供達だとしても、ここまで賑やかになることない。ということは、この村人以外の誰かということになり、ガチャガチャという金属が合わさるような音が、足音とともにするので、鎧を着ている誰かなのだろう。
そんなの王都からきた兵士か騎士しかいないわ。
だけど一体こんな所に何の用で来たのだろう?
備蓄庫の隣にあるこの部屋の入り口は分かりにくくなっているとはいえ、音を立てて気づかれないように、小さくなって息を詰める。
「先輩こんな所に来て何をするんですか?」
「お前は入りたての新人だからな、この村での注意事項を伝えなければならない」
「はい、そうなんですね。だからこんな人気の無いところに・・・って、何、ワインをあさっているんですか!?」
鎧の音で数人分に聞こえた足音だったけど、話声からしてどうやらたった二人だけのようだ。
もしこの部屋が見つかってもいいようにと、こっそりと移動して階段脇の木箱の影に隠れている私。壁に背を向けて息を潜めているんだけど、隣部屋の声が丸聞こえである。
思ったよりも壁が薄いのかも・・・物音一つ立てられないわ。
「うん、そこは気にするな。見てるだけだ。そんなことよりもお前に伝えなければいけないことだ。まずこの村は国から見捨てられた土地だというのは知っているな。存続しようが、大森林の魔物に襲われて壊滅しようが、食べ物がなくなって廃村になろうがどうなっても構わない」
『始まりの地』である『ガラム村』って国からはそんな扱いだったの!?国から見たら破滅を導く『ルーシア』の誕生なんて知らなくて当たり前なのかもしれないけど、ガラム村の人たちが不憫だわ。
「・・・はい、そこは知っていますが、ですが、捨て置かれた土地なのに、どうして毎年軍が遠征に行くのかは分かりません」
「その理由が、この教会の主であるランス神父にある」
「あの人の良さそうな神父様ですか?」
聞いちゃいけないことなのかもしれないけど、聞きたくなくても丸聞こえだし、ランス神父の名前があがっては、気になってしまう。
私もどうしてこんな辺鄙な村に『光魔法』が使える神父が来ているのか、他にもランス神父の立ち振る舞いが洗礼されていること、書庫の本の数とかも引っかかっていた。ので、耳をダンボにしてもっと聞こえるように壁に近寄った。
「あの御方は本来なら王族だぞ。それも現王の従兄弟殿だ」
「え?はぁ?そんな尊い地の御方が何故、捨て置かれた土地にいらっしゃるのですか?」
ほえ!?ランス神父って王族だったの!?
後輩君が仰天の声を上げたから、私はかろうじて声を漏らすことを抑えることが出来た。
でも、心底驚いている。
「王都とでは現王に反旗を翻そうとした疑いがあるから流刑にされたと言われているが、実際の所、できが良すぎて現王が不安になったという噂もあり、冤罪の可能性もある。他にも法王がランス神父の恋人に一目惚れをして、邪魔なランス様を排除したとも・・・」
な、なんと!!?
あんなに人が良いランス神父が謀反を起こすわけがないじゃない!現王様って肝が小さいのね!
って、違う。先輩さんが言っていることは簡単な説明で済ましているけど、王都やその周辺ではランス神父はかなりの悪者になっている可能性があるってことだし、ランス神父の恋人は法王様に取られた・・・かもしれない。
もし、もしもよ。ランス神父がこのガラム村に赴任が決まったとき、きちんと別れてなくて、思いを持ったままだったら・・・
「もしかして、法王様の隣にいつもいるあのお綺麗な方ですか?」
「しっ!それを言ってはならないのだ。そのためにお前をここに呼んだのだからな」
「本当ですか?ワインを飲みに来たんじゃないんですか?」
「これはついでだ。もし、そのどちらかの噂を耳にしたら、何も知らずに『この重要な地の開拓に国の未来がかかっている』と現王から頼まれたと信じているランス様が怒りに狂うだろう」
最低!そりゃランス神父が聞けば怒り狂うだろう。
聞いている私でも顔色無くすわ!
「どっちも王都では有名な話ですからね。気軽に話題にするなということですか。分かりました。謀反の話は、おかしいとは思っていたのですよね。当時、反逆の疑いがあると王都では右往左往していたのに、反逆者がどうなったかという結末は噂程度で、どれもあやふやだったのですから。ですが、そんな機密を俺なんかに言っても良かったのですか?」
「王宮では殆どの者が知っていることだ。お前は真実を知らずに噂話をうっかりと漏らしてしまわれては困るからな。知っておいた方が良い」
「王宮はどろどろしていますね」
「ああ。この第十部隊はそういった裏の後始末や、警戒に当たっている部隊だからな。お前も色々と裏の顔を見ることになるだろうよ」
「大丈夫です。口は堅い方なので、先輩がワインを二本飲み干したのも内緒にしておきますよ」
「・・・・・・ああ、お前なら大丈夫だろう」
先輩の方が大丈夫じゃないだろう!こんな場所で内緒話をするような内容じゃないよ! この村に到着する前に教えてあげるほうがいいでしょう!
まぁ、お陰で私が抱えていたランス神父の謎は解明したけど。裕福なところ出身なんだなぁとは思っていたけど、まさかの王族だったなんてね。
あれほどの貴重な本の数を持っているわけだわ。
神父って立場ってもしかしたら、ランス神父様自身が現王に逆らわないよって意思なんじゃ・・・王族が神父をするなんて普通無いよね?それなのに、現王様って小心者だから変に疑いを持ってこんな辺鄙なところに飛ばすなんて、酷い。ランス神父はもう王都に戻れないんじゃない?
私的にはランス神父がこの地にいてくれたから生きていられる。助かっているんだけど、ランス神父の立ち位置を考えると、素直に喜んで良いのやら・・・
暫くランス神父が勇者一行との関連性がないだろうか?と考えていると、当の本人が私のご飯を持って入ってきた。
でも、どうも顔色が悪い気がする。この部屋は明かりが乏しく暗いのではっきりとは分からないけど、声のトーンが低いし覇気がない。
もしかしたら、さっきの兵士達の話を聞いていたのかもしれない。タイミング的に兵士達が去った後にランス神父が現れたのだから。
「ランス神父・・・あの、元気がなさそうなのですが、大丈夫ですか?」
微妙なところなので探りを入れたけれど、簡単にはぐらかされてしまった。
「・・・あぁ・・・、軍が来ているから気疲れしているのかもしれない。今日は早めに休むよ」
子供にあんな話の愚痴は言えるわけないよね。
それとも本当に聞いていなくて、疲れているだけかもしれないし。この時点ではなんとも言えない。
「はい、明日は魔力測定でランス神父も忙しいですからね」
「そうだね。・・・明日の魔力鑑定で・・・・・・皆に良いもらい手が見つかると良いですね・・・ルーシアには皆が寝静まった後、鑑定しましょう」
「え?」
「では、おやすみなさい」
まるで幽霊が歩いているかのように(幽霊には足がないといわれているけど)立ち去ったランス神父。
先ほどの言葉が気にかかる。今までは『成人するまではずっといてくれてもいいですよ』とよく言っていたのに、どうして『良いもらい手』等と言い出したのだろう?
なんだか、嫌な感じがする・・・
携帯小説のストーリーを細部まで思い出そうとしているんだけど、私はラストを知らない。完結を迎えるまでに前世では死んじゃったので、ルーシアが勇者一行に倒されるまでの話しか読んでいないのだ。
それまでの話でもランス神父がどうなったかという詳細は書かれていなかった。
『エミーリオ』や『クロム』がランス神父に育てられた恩があるので、いつか返したいと言っているが、それ位なのである。
他には魔物の襲来でも生き残ったが、ガラム村が壊滅し、隣町まで被害が及び、そこで町の復興に手を貸すために移り住んでいるといったことぐらい。
スポットは勇者一行に当てられていたから、裏話がどうなっていたかは書かれていなかった。
そもそも、この世界は携帯小説世界の平行世界だ。勇者一行だけでなく、この世界に住む人々が自分の意思で動いているのだから、全てを把握するなんて出来るはずもない。
もちろん、物語に名前が出てきていたランス神父であっても・・・
「変なことしないと良いんだけど・・・」
真っ先に浮かんだのは『自殺』だったんだけど、これは将来隣村に移り住むようになるから大丈夫だろう。その後は裏切った人たちに復讐とか、本当に謀反を起こすとか考えなかったら良いんだけど。できたら良い女性に恵まれて幸せになって貰いたい。
自分の死と世界の破滅を回避できたら、ランス神父の奥さんを探しに行くのもいいかもしれないなぁ、と幸せを頭の中で描いていた。