*ひっかかった
ホンモノ……ホンモノのベリルだ。ナユタは目の前の青年に呆然とした。
「は、離せよ!」
ベリルは素直に手を離す。
「ばーか」
神崎がニヤけた顔で殴りかかったが、ナユタが声を上げる前に男の体が宙に浮き、重力に逆らえず地面に叩きつけられた。
「げはっ!?」
「受け身は取れたかね」
しこたま背中を打ち付けた神崎は唸り声を上げて悶絶し、ベリルはその様子に呆れて男を見下ろす。
「てっ、てめ……。っ!?」
痛みをこらえてパンツのバックポケットに手を回した神崎よりも速く、目の前にナイフの切っ先が突きつけられていた。
「……っう」
声も出せずにベリルを見やると、その瞳は冷たく背筋がゾクリとした。
「武器を持つ覚悟はあるのか」
淡々と告げられた言葉に、神崎は生唾を飲み込んだ。小柄な体から漂う雰囲気は「まともな人間じゃない!」と思わせるほどに鋭く突き刺さってくる。
彼にとって、それは初めての屈辱だったのだろうか、軽く舌打ちして奥歯を噛みしめた。
「うるせぇ!」
神崎は必死に声を振り絞り、バックポケットから取り出したバタフライナイフをベリルに向ける。
「!?」
危ない!? ナユタが叫ぼうとした瞬間──突き出されたナイフをかかと落としで蹴り落とすベリルの姿に目を丸くした。
「ひっ!?」
痛みで手を押さえる神崎の鼻先に黒い塊が突きつけられ、引き気味に声を小さく上げる。テレビではよく見慣れた形状だが、それが自分に向けられている恐怖をまざまざと感じ体の震えが止まらない。
「……」
男の狼狽振りにさしたる関心を示さず、静かに見つめて引鉄に手をかける。
「に……偽モンだろ?」
「試してみるかね」
引鉄は徐々に絞られ、神崎とナユタは息を呑む。
「ひぃっ!?」
カチッ! という音に引き気味の小さな叫びを上げた神崎を見下ろし、反対の手に持っていた弾倉を装着した。
「今度はどうかな」
唇の端に笑みを湛えて銃口を向ける。
「た、たすけて……」
「誰かを傷つけるための力ならば捨てろ」
言い放ち拳銃を仕舞う。
引けた腰を必死に持ち上げて逃げ去る神崎の後ろ姿を見やり、2人は無言で視線を合わせた。
「あ……あのっ、助けてくれてありがと」
「偶然だ」
待ち望んでいた人物の声に、ナユタは瞳を潤ませる。
メールだけのやりとりで、全てを助けてくれた人……こうして、ちゃんと顔を合わせるのは初めてだ。
そんなベリルの瞳にも複雑な色が宿っていた。
一般の人間を自分の世界に巻き込むことは、限りなくゼロにしなければならない。傭兵というだけでなく、不死である事は数々の騒動を生む。今までもそうして、幾度となく狙われてきた。
それでも共にいたいと願う女性は多い──
2人の間には微妙な空気が流れている。近づこうとする彼女と距離をおこうとする彼の意識は、空中で火花を散らすかのようにせめぎあっていた。
「あ」
「え」
ベリルが目を向けた先に目を移す。
「あっ!? ベリル!?」
顔を戻すとベリルの姿が消えていた。辺りを見回しても、彼の毛ほどの気配も感じられない。そもそも、ベリルの気配などナユタに解るのかという所はさておいて。
「……やられた」
ガックリと肩を落とし、溜息と共にうなだれた。





