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後編 酔拳の極意を会得した土佐の志士たち、新選組と闘う

夜の帳はとうに落ち、辺りを静けさが包み込む。

近藤隊10名は三条小橋近くの旅籠「池田屋」の前にいた。

正面から乗り込むのは、近藤勇、沖田総司、永倉新八、藤堂平助の4人。

武田勧柳斎含む3名は後方支援、残り3名は裏口に配備される。


旅籠屋という性質から正面の扉はまだ開いており、近藤ら4人は池田屋の中へ入っていく。夜間突然入ってきた4人の男に、様子を見に来た主人の惣兵衛もひどく慌てている。


「どちらさまで?」


「新選組である」


新選組……そう聞いた主人の惣兵衛の顔がわずかに歪み、ちらりと二階の方を向く。一瞬の変化にピンときた近藤が、二階に向かって大声で威嚇する。


「御用改めである!!」


途端、惣兵衛が二階に駆け出す。


「し、新選組だぁ!!」


「ちっ!」


永倉が鞘のままの刀で惣兵衛の足を払う。階段途中から転げ落ちる惣兵衛を尻目に、二階へ駆けあがる4人の隊士。ばらばらと長州の志士たちが部屋から出て、何人かは武田の待ち構える裏口へと逃げていく。残りの者は剣を構えて近藤ら4人と対峙するが、新選組の精鋭4人に成す術もなく切り伏せられていく。


この時池田屋にいた土佐の面々は、鴻池をはじめ、土佐勤皇党など計8名。うち、4人は肝発力を用いて二階から飛び降り、ものすごい勢いで闇の中に消えていった。


大方の長州の志士達を片付けた新選組の4人は、集合場所となった部屋へと入っていく。とたんにものすごいアルコール臭が、近藤ら4人の鼻を刺激する。鴻池と3人の土佐勤皇党の面々がベロンベロンに酔っぱらいながら、フラフラと立ち上がる。この状況にありながら、鴻池は落ちている徳利に手を伸ばして一気に飲み干すのであった。


「こいつら、酔っぱらってんじゃねえか!」


あざ笑う永倉に居合の構えを見せる鴻池。


「居合か…」


沖田が呟く。


「バカにすんなよ! 酔っぱらいが!!」


永倉が鴻池に斬りかかる。すると、鴻池の体が一瞬赤くなり、文字通り目にもとまらぬ速さで刀を抜く。


「閃!」


鴻池の繰り出した一太刀に、永倉の刀が弾き飛ばされ、腹部に一筋の線が入る。刀と鎖帷子に守られて、間一髪で斬られることはなかったが、新選組4人の顔色が変わる。


「散れ!!」


鴻池の掛け声で3人は左右二手に分かれて、その場を去る。


「近藤さん、ここは僕が!」


「総司、頼んだ!!」


こちらも近藤と永倉ペア、藤堂の二手に分かれて三人を追いかける。この場に残ったのは鴻池と沖田の二人だけになる。


「くっそー、今ので酔いが醒めちまったぜ」


言いながら、お膳の上の徳利を二本掴んで、一気にドボドボと口の中に入れる。


「ふーい、さてと…やるか!」


「はは…面白いねえ、あんた」


フラフラと剣を構える鴻池、足元も覚束ない様子だ。


「(完全に酔っているようだが…) セイヤっ!」


沖田の鋭い剣筋を、あわやというところで畳に倒れ込んで躱す。そのまま、足を回転させ、沖田を蹴り倒す。


「張果老(ちょうかろう)…盃を投げ続けて蹴る」


「(ちょうかろう…技の名か? 一体どこの流派だ) く…」


今まで見たこともない剣を使う鴻池に、はじめの興味が徐々に薄気味悪さに変っていく。


———酔っぱらってフラフラな筈なのに、サラリサラリと剣を躱して、時には地面に倒れた状態で戦うんだと…


数日前の土方の言葉が思い出される。


「酔っぱらいの剣術……なのか?」


剣の天才の顔に、一筋の汗が伝っていった。


———池田屋一階正面入り口


正面入り口での剣戟に、恐れをなして顔が引きつりっぱなしの武田勧柳斎。この男、新選組では軍師という立場、荒事が頗る(すこぶる)苦手なのである。その武田の足元に、後方支援の隊士に斬り捨てられた男が倒れ込む。


「ひ……ひぃっ!」


「武田先生、こちらへ!」


見かねた隊士の一人が、武田を裏口まで連れていく。


「た…助かった…」


———池田屋裏口


少し離れた場所から、武田は裏口を見張っている2人の隊士をボーっと見ることしかできない。

(くっそー、少しは手柄を立てられるかと思ってついてきたが…やはりあいつら脳筋連中とは肌が合わん)


一人悪態をつく武田に、さらなる不幸が襲い掛かる。

裏口から表に出た土佐勤王党の望月(もちづき)亀弥太(かめやた)と土佐藩士の野老山(ところやま)吾吉郎(ごきちろう)が、見張りの隊士二人を押しのけ、武田のもとに迫ってくるではないか。


「ちょちょちょちょ… な、なんだ? お前ら!!」


野老山が武田を抑え込み、喉仏を親指と人差し指で抑え込む。

そこに2人を追ってきた藤堂がやってくる。


「貴様ら! 武田先生を放せ!!」


「動くとこいつの喉がつぶれるぞ!!」


「うーうー! (やめろー!)」


喉仏を押さえられて声が出ない武田。

望月はやおら袂から普段から持っている胡桃二個を取り出すと、手のひらの中でカラカラと音を立てて回し始める。瓢箪の酒を数口飲んだ望月が、両手の親指と人差し指に挟んだ胡桃を肝発力を使って粉々に砕いた。

呆気にとられる隊士たち。武田は自分の喉も胡桃のように割られるかと思うと、気が気ではない。その武田の股間が、望月の二本の指につかまってしまう。


「こいつの胡桃も同じ運命かなー?」


「ううえ、うえーー!! (やめてくれーー!!)」


夜の京に武田の悲鳴がこだまして、土佐の志士2人はまんまと逃げおおせるのであった。


―――池田屋正面入り口前


近藤・永倉ペアは土佐勤王党の北添佶摩を追って、階段を駆け下りる。入り口を出たところで、近藤と永倉は刀を抜いて北添に対峙する。

瓢箪から酒を飲んだ北添が、急に顔つきが色気を帯び、しなを作ってくねくねと動き始める。不思議なものを見るような表情でお互い見合わせる近藤と永倉。北添は相変わらずくねくねしている。


「ちっ、気持ち悪いな…永倉! 行け!」


「(嫌だなぁ…) うりゃ」


永倉が斬りかかるが、北添は素早く躱して懐に入り、掌底を鳩尾に思い切り叩き込む。一瞬、息が止まった後、その痛さに永倉が転げ回る。先ほど鴻池に受けた傷が疼いてきたようだ。


「何仙姑(かせんこ)…腰を振り煽情的な足取り」


何仙姑、酔拳の八仙人の中で唯一の女性。

その型は、くねくねとしなを作って油断させながら、相手に一発くらわすというもの。鴻池はじめほとんどすべての志士たちは、その女性的な動きを嫌がり、型を覚えるのがやっとだった。もちろん、実戦で使う者はいない。

ところがこの北添という男、もともと素質があったのか、他の者たちが得意としないこの何仙姑が大好きで、技を極めていたのである。


近藤の方を向き直った北添が、くねくねと近づいてくる。剣を構える近藤を、北添は煽情的な目でみて舌なめずりをする。


「あらん…いい男♡」


ゾーッと身震いをした近藤が恐怖を振り払おうと剣を振る。北添は剣を躱すと、くねくねと近藤のいろんなところを触り始める。


「ふぅーー」


「うわーー!」


耳に息をかけられた近藤が、北添から離れて尻もちをついて座り込む。北添がふたたび腰の瓢箪から酒を数口飲んで、近藤を見詰める。


「うふふふふ、またね♡ 近藤さん」


北添は笑いながら、肝発力を使った脚力であっという間に闇の中へと消え去っていく。取り残された近藤と永倉は気味悪そうにその姿を見つめるしかなかった。


挿絵(By みてみん)


———池田屋二階


鴻池と沖田の剣戟は、いまだ続いていた。

酔拳の動きと剣術を融合させたオリジナル技で、沖田に連続攻撃を浴びせる鴻池。しかし、さすがは新選組一の使い手、そのことごとくを剣で受け止め躱していく。

距離を取り構え直す鴻池と沖田……二人ともゆっくりと居合の構えを取る。


「(これで決める!) セヤ!」


沖田の一閃、鴻池の体が一瞬赤くなり、肝発力で沖田の剣を弾き飛ばす。


カッキーーーン!


吹っ飛んでいく沖田の剣。それを逃さず、沖田に斬りかかる鴻池。前方に転がり、鴻池の剣を躱した沖田が、先ほど吹き飛ばされた永倉の刀を掴み、酔いの醒めた鴻池の剣を弾き飛ばす。


「(く…さすがは沖田総司、酒がない状態ではかなわないか) くっそ! 酒が足りねえ」


「あんた、まだ飲むつもりかい」


鴻池が腰につけた瓢箪を手にして、酒を飲もうとした、その時―――


「大丈夫か!? 総司!」


「土方さん!」


池田屋での騒ぎを聞きつけた、土方隊が到着。土方は真っ先に二階に上がってきたのだ。

一瞬の隙をついて鴻池が口中に酒を含み、沖田へ肉薄する。


ブッチューー!!


「ん…んん……」


こりゃまずいと考えた鴻池、こともあろうに沖田に口中の酒を口移しで飲ませた。


「ゴホッ… ゴホッ」


「どうだ! 土佐の酒は!?」


ニヤニヤ笑いながら、残った瓢箪の酒を飲み干すと、肝発力を使って数メートル先の窓から外へ飛び出していく。


「くっそー! 逃すな!!」


土方が叫ぶが、時すでに遅し。地面に降り立った鴻池は、ものすごいスピードで隊士達の間を走り抜け、まんまと逃げおおせたのであった。


「総司、大丈夫か…」


「ひ、土方さん…なんなんですか? あいつは?」


「俺にも全く分かんねぇが……」


二人は畳に転がっている徳利を見つめて、考え込んでしまう。


「……下はもう落ち着いた頃だろう。おめえも少し休め」


口元を抑えながら、鴻池のことを考えている沖田だが、初めての唇の感触がなぜか忘れられない。


「あいつ…」


挿絵(By みてみん)





―――この日の新選組による池田屋襲撃により、多くの長州藩士が斬られ、捕縛されたが…

土佐の志士たちの犠牲者はゼロであった。





挿絵(By みてみん)



最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!

面白かったら、評価やブックマークをいただけると嬉しいです。

作者も一杯、うまい酒が飲めます(笑)。


次回作は「ガッツスライム・ポヨン」の予定です。

防具に張り付いたスライムが活躍する話です。

9月28日(月)公開予定、お楽しみに!

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