第5話 declaration
後期の実技試験を終えてからの淳一は忙しそうだ。構内で会う機会は相変わらずないに等しく、綾子は二限目を終えたばかりだ。
「この人数で食べるの、久々じゃない?」
彼女の発言はもっともだ。綾子に奏、詩織、理花の女子メンバーに加え、酒井と樋口。そして、同じ専攻の阿部と金子が、四人掛けのテーブルが並ぶ席に男女別々に座っていた。
「明日から実質休みだよな」
「そうだねー」
テーブルは別だが八人で会話を続ける。同じ専攻なだけあり、気が合うからだろう。二限目が必修科目の場合はよくある光景だ。
「休み中、どこか行くの?」
「俺はバイトかなー」
「阿部っち、楽器店でバイトしてるんだよね?」
「うん。たまに、拓真と潤が見に来るよなー?」
「お金が貯まったら、欲しいギターがあるんだよ」
「拓真がギター見て、テンション上げてるんだよ」
「へぇーー、二人でストリートとかで演ってるんでしょ?」
「まぁーな。ワンマンライブ出来るようになったら、ライブハウスに見に来てよ」
「聴きたい! デュオ名は何て言うの?」
「……ENDLESSSKYだよ」
そう応えた樋口を羨ましく思うが、自身で行動を起こしていない時点で夢物語のままだ。
「ENDLESS SKYかぁー……素敵な名前だね……」
素直に告げる親友は微笑ましく、応援したい気持ちは綾子にもあるが、自身の至らなさが浮き彫りになれば気分が沈むというものだ。
「そういえば、いつから組んでたんだ?」
「高二に上がる前からかな……」
「それで酒井と樋口は、入学当時から仲良かったんだねー」
入学初日に【音楽仲間】と紹介された綾子だけでなく、専攻仲間は二人の仲の良さをよく知っていた。揃って練習室を利用する場面をよく見かけたからだ。
高校の頃から続く関係性なら私にもあるけど……
「……淳一は、酒井が組んでたの知ってたんだよね?」
今更な質問だったのだろう。一拍間が空いて応える淳一は、久しぶりに下校時間を合わせていた。
「ああ、懐かしいな……高一の時から、だったんじゃないか?」
「すごいね……」
「どうかしたのか?」
「ううん、素敵なデュオ名だなぁーーって……」
「ああ……由来は聞いたか?」
「ううん、そこまでは」
「さすがに本人がいたんじゃ言いにくいか」
「えっ?」
ーーーーーーーー知らなかった……高一の頃から組んでたなんて……音楽仲間がいることは知ってたけど……
『エンドレ……ENDLESS SKYは、water(s)があってできたようなものだからさ』
『そうなの?』
『ああ、拓真に聞けば教えてくれると思うぞ?』
確かに酒井なら教えてくれそうだけど、奏がいたから告げられなかったってことなのかな?
それ以上は教える気のない彼から無理に聞き出すことはせず、直接聞いてみようと思う綾子の指先は滑らかに動いていた。譜面はガイド程度だが、ほとんどリズムが狂うことはない。それだけ彼女が毎日のように練習しているからだ。
「……プロ、かぁーー……」
そう口にしても実感はない。すでにプロとして活躍する親友を尊敬しているが、自身がピアニストになる未来は少しも見えてこない。
選択科目の違いでお昼に合流する事になる親友がいた為、酒井に聞く機会があったのはそれから二日後のことだった。
「佐藤からも聞いてる。石沢には話した事なかったっけ?」
「うん……」
「さすがに上原に言うのは緊張するからな……大した理由じゃないんだけどさ……water(s)のデビュー曲、覚えてる?」
「うん、【終わりなき空へ】」
「よく直ぐに言えるな」
「奏が名付けたって聞いた事あるから……」
……【終わりなき空へ】…………ENDLESS SKYってこと?
「……分かった?」
「曲にちなんでつけたってこと?」
「そういうこと、water(s)がいなきゃ組んでなかったと思うし」
「そうなの?」
「うん」
即答する酒井にトレーを持って戻ってきた樋口も頷く。
「あぁー、ライブで会わなかったら組んでないよな」
「だよなーー……」
そう断言しつつも目指すものが同じだったなら、いずれは組んでいたような雰囲気が漂う。
「……一人だったら考えてなかったかもな」
「あぁー」
今度は樋口が即答だ。彼の通っていた高校の吹奏楽部は全国大会常連校の一つで有名だが、彼自身は部員ではなかったと聞く。ピアノの個人レッスンは受けていたがギターはなく、学んでいる専攻もピアノだ。彼等の腕前は親友には及ばないものの、聞き応えのある印象だ。少なくとも綾子にとって、夢に向かって邁進する二人も違う世界の住人のように映っていた。
奏が合流した事でこの話はお開きになったが、二人だからこそ乗り越えられる事もあるように感じた。
ピアノには連弾もあるが、プロといえばソロでの活動が主だ。【楽器の王様】と呼ばれるほど、一台で一人オーケストラが可能な楽器は他にないだろう。十本の指で同時に違う音を鳴らせるため、メロディーと伴奏を同時に演奏できるからだが、表現力の高さや多彩な音色をどれだけ引き出せるかは弾き手次第である。
試験は上手くいった……でも…………
彼女の悪い癖だ。他人のことを自身のことのように喜べるし素直に応える事もできるが、自分自身のことが一番ままならない。
……自分の力量は分かってる……このままじゃ、ピアニストになる夢が遠すぎて……届かないこと。
「ピアノ専攻はどう?」
「全員揃って進級できそうだよー」
「よかったな」
久しぶりの放課後デートにも関わらず、話題が学校の話になるのも頷ける。彼らは同じ学部に通うが、専攻が違えばカリキュラムも異なる。
実際に淳一のいる指揮科からは、再試験が通らなければ単位を落とす生徒がいるようだ。
並んで歩く行き先はCDショップだ。店内入ってすぐの棚には、彼女たちの作品がずらりと並び、一際目立つポップとともに飾られていた。
「三月にライブがあるんだよな……」
「うん! 楽しみだよね!」
「ああ、そうだな」
彼女を見てきた綾子だからこそ、この愛のあるポップを見たら喜ぶと簡単に想像がつく。思わずスマホに収めメッセージを送れば、嬉しそうなスタンプに『ありがとう』と添えられていた。
二人の仲は高校生の頃から続くため今に始まった事ではないが、淳一がいたずら心を発揮しても仕方がないだろう。近くで見てきた淳一にも綾子の想いは分かった。そばにいる圧倒的な実力を持つ彼女に過信していた実力が、いかに過小評価であったか思い知らされた口だからだ。
難関である大学入試よりも高校は更に狭き門であった。一学年四十人しかいないのだから、入学時点ではほとんどの生徒が自身の実力を疑うことはなかっただろう。高い倍率のなか合格した実力は確かに備わっていたのだから。
親友のライブが楽しみな一方で自身の進路が迫る。綾子たちは大学三年目の春を迎えるからだ。
「…………淳一は……」
「……どうした?」
「……ううん、なんでもない」
彼を見つめ、すぐに首を振った。言いたいことの半分も伝えられず、彼も夢を叶える人だという確信だけがあった。
「綾子…………俺、来年もコンクールに出るよ」
「……うん……応援してるよ」
「ああ……綾子は?」
「私?」
「……綾子も出ないか?」
言葉が出ず、考えがまとまらない様子が見てとれる。以前から迷っているのは彼なりに理解していた。身近に夢を叶え、音楽活動をする親友がいれば尚更だ。劣等感に苛まれても何も不思議な事ではない。自信を喪失するどころか同じ専攻を選んで、よく平気でいられたものだと。綾子は知らないが、実際に彼女の影響でピアノを諦めた友人が淳一にはいた。違う学部でそれなりに楽しくやっていると聞くが、諦めなければよかったと感じる日もあったと耳にした事があった。一学年に四十人しかいなかったからこそ、そう感じる生徒がいるのも当然だろう。圧倒的な才能の持ち主でありながら本人にその自覚は少なく、自慢げに披露することもないし、どちらかというと綾子の方が利発的だ。
美人で長身な彼女に好意を抱く生徒は多くいただろう。ただ相手があのmiyaでは敵わないと誰もが思った。直接聞いた訳ではないが、友人の憧れも恋愛感情に近いものがあったと、今となっては思う事もあった。
直接的に告げた意味は、綾子にも届いていただろう。自信がないからといって逃げていては、プロはおろか音楽に関わる仕事に就く事さえできない。
「……考えるね……」
「ああ……」
今できる精一杯の回答だと分かっているからこそ、それ以上は淳一も尋ねない。結局のところ、本人にその気がなければ意味がなく、続けていけなければ生き残れないからだ。
会場を埋め尽くす集客力に一際大きな歓声が響く。それは彼らがデビューして四年経った今もなお、常に第一線で活躍している証のようだ。
ファンクラブに入っていても入手困難なチケットの為、ようやく手に入った一枚だ。親友からもプレゼントされ淳一とも見に来る事になっているが、それより先に当選したチケットで会場入りしていたが、席はアリーナ席の後ろの方だ。画面越しでなければ彼女の表情までは分からないが、演出自体が顔を映すように作られていないため差し障りはない。ただしアンコールの時は別だ。スポットライトが切り替わり、メンバーがライブTシャツで登壇する姿が見られるからだ。
彼らのライブでは定番の演出だが、初めて肉眼で姿を見たファンもいるのだろう。どこからともなく一際大きな歓声が上がっていた。
最終日のライブが終わり、涙が溢れる。足踏みしていた時間が勿体ないと感じるほどに。
「ーーーー淳一……私、コンクールに出るね」
「ああ…………勝負だな?」
「うん! 負けないからね!」
そもそもコンクールの内容が異なる二人だが、それでも自身を鼓舞させるように告げたと分かっているからこそ、淳一も敢えて口にしたのだろう。
「俺も……必ず金賞とるよ」
「うん!」
会場を出れば、桜が咲いている所があり三度目の春がすぐそこまで来ていた。




