内緒話=コレットの部屋
コレットはローズよりも2歳年上の従姉妹で、アーク第二王子の正妃だ。
宰相の娘として知力、容姿、性格を幼い時分から現在まで褒め讃えられ続けられている。緩くウェーブがかった黒髪に白い肌、緑色の瞳が光る妖艶な美女である。
幼年で決まった婚約から昨年の婚姻に至るまで、アーク第二王子との仲は良好そのもの。
コレットの幼少期には『ライオンさん』と呼ばれていた獅子の鬣のような金髪が特徴的な六歳年上のアーク殿下は未だに妻にメロメロである。
ちなみに兄である王太子は既に三十歳を超え、友好国の王女を妃に二人の男子に恵まれている。話術が見事で、三分話せばいとも簡単に操ってしまうと外交官に警戒される曲者だ。
「確かエリーゼの侍女は部屋で謹慎中のはずだけどね。」
紅茶を飲む姿もワイルドな殿下が首を傾げて二人の話に疑問を浮かべる。
ローズの隣にコレット。向かいにライル、その隣にアーク殿下である。
「あの主人ですもの、抜け出すことくらいやるでしょ。きっとローズに嘆願するつもりでいたのね。」
ローズの隣で身を寄せるコレットは楽しそうに笑い、ローズの口にクッキーを運んだ。
「それよりもローズ、次の相手はライルだなんて。断って私の話し相手になってくれてもいいのよ。」
コレットに強請るように肩に頭を置かれ、ローズが困惑してアーク殿下に助けを求めようと視線を向けると、何故か赤面して目を逸らされる。
「コレット様、殿下が困っています。わざと遊ばないでください。」
ライルのギロリと音がしそうな程の睨みに、はいはいとコレットが頭を上げた。
「我が国の上級貴族は皆婚約者がいるのです。ジェイク以上の格上で空いているのは私くらいですよ。」
「なら他国にすれば?」
「他国だなんて。ご両親やコレット様から離れた場所では苦労が分からないでしょう。」
ライルとコレットの会話が侃々諤々と言い合いになるのは二人が同い年で、親同士が親友だからである。コレットの立場が公爵令嬢から王子妃になったことで敬称がついているが変わりそうもない。
「まぁそれもそうね。」
暫く言い合いを続けた後にコレットは納得した様子で矛をおさめると、そのままローズに抱きついた。
「あのエリーゼは私が何とかするわ。なんてったって義理の妹ですもの。」
コンコンコン
控えめなノックに四人がドアの方を向くとウィンダム公爵夫人とシェラード伯爵夫人が微笑んでいた。
「仲が良くて羨ましいわね。お父様たちは残して帰るわよ。ライル、シェラード伯爵家の馬車に一緒に乗せていただくからアーク王子夫妻にお帰りのご挨拶をしなさい。。」
ウィンダム公爵夫人が扇子を叩けば、ライルはあっさりと挨拶を済ませて四人は馬車に乗り込んだ。
「予定よりも時期が早まってしまったけれど、王家からの公式発表が済んだら公爵夫人になる勉強を始めましょうね。」
楽しげな声を馬車内に響かせ、ウィンダム公爵夫人は向かいのシェラード伯爵夫人に声をかけた。
「あなたと私の子が結婚するなんて夢みたいだわ。」
「昔から言っていたものね。爵位がなんだって。」
「あなたの子なら良い子に決まってるでしょ。コレット様にだってあんなに信頼をおかれて。エリーゼ様を押し付けられる前にさっさと婚約させておくべきだったわ。王妃様とも言っていたのよ、何でライルとエリーゼ様なんだって。」
夫人同士は学友である。領地が離れているため疎遠ではあったが、プライベートでは敬語は省略する仲だったらしい。夫人たちの懐かしい学生時代の思い出話が始まるとローズには口を挟むことは出来ない。向かいのライルはローズをただただ見ているし、ローズは三人に聞かれることを危惧してため息もつけずに外を眺めていた。
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「アークお兄様、お呼びですか?」
コレットが来るまで家出部屋だった兄の部屋に呼び出されたエリーゼは、年上受けのする可愛らしい声で中に入った。白を基調としたエリーゼ好みの部屋は、空のような青色を主としたコレットの私室のままだ。
微かな望みは打ち消され、それでも優雅にエリーゼは兄…と兄嫁の前に立つ。
「エリーゼの領地の勉強が中々進まないと聞いてな。俺達も一緒に復習しようかと思ったんだ。」
「これからは勉強の度にこちらにおいでくださいな。殿下が公務の際は私と2人ですが。側妃様もいらっしゃるようですし。」
「側妃様は南の作物について詳しいから勉強になるよ。」
にこやかに顔を見合わせて話す王子夫妻はエリーゼに口を挟む隙を与えてくれない。
エリーゼは勉強が嫌いだ。
すぐに怒る家庭教師には耐えられず、国の歴史や貴族、土地の特色などを覚えられない。
側妃はそんなエリーゼにマナーだけは覚えなさいと繰り返し言った。
だから立ち振る舞いやダンスは完璧である。
陛下や王妃は溢れ出る威厳が苦手であまり近寄りたくない。側妃も能力を買われて嫁いだ才女で、エリーゼとは似ても似つかない。
王太子である上のお兄様は話している間にクラクラしてくるから疲れるし、王子妃の義姉は元王女で同じ立場の筈なのに近寄ってきてくれない。
アークは年がすごく近い訳でもないが、王家の中で一番エリーゼを甘やかしてくれる。アークの中でエリーゼを超えるのはコレットだけだ。
コレットがもっと優しい女であれば、エリーゼはいずれ大公になる兄に付いて王家を出ようと思っていた。
なのに、エリーゼにとってコレットは最悪の女だ。自分にも他人にも厳しい。
挨拶をして見せれば「ローズがエリーゼ様と同じ年の頃には、もっと優雅にしていましたわ。」とエリーゼを貶し、侍女との会話を聞けば眉を顰めて「これでは学園には入れません。もっと幼い子たちでもそんな話は致しません。」と窘められる。
家庭教師よりも厳しいコレットの態度にうんざりして、最近はアーク一人の時にしかエリーゼは近寄らないようにしていた。
それなのに、兄は去年結婚すると公務以外はコレットとどこへ行くにも一緒でエリーゼは甘えることが出来ないでいる。
上の兄は産まれた直後、アークは八歳で婚約者が決まったが、エリーゼは十歳の時だった。
優しい兄がエリーゼに一番合う旦那様が選ばれたと連れてきたのがライルだった。
ライルの外見は一目見た瞬間に頬が赤くなる程に美男子だったが、問題は性格である。
顔合わせでの笑顔にポーっとしながら横の公爵夫人を見ると、指に大きなサファイアの指輪をしていたのが見えてエリーゼは欲しくなった。だから素直に強請った。
「申し訳ございません。これは我が家の当主の妻の証なのです。」
ライルの笑顔から一転眉を下げた顔も麗しかったが、それよりもサファイアである。ライルの告げた断りの言葉はエリーゼには受け入れられなかった。
「私が公爵夫人になるのでしょう?だったら今くれても良いでしょう?」
エリーゼが駄々をこねれば、使用人たちは言うことを聞いてくれる。
聞いてくれないのはアークを除く王家くらいだ。家臣の公爵ごときが聞いてくれない訳が無い。エリーゼが強く言い続けると同席した陛下の号令で顔合わせはお開きとなった。それ以降、夫人がサファイアを身に付けているのはエリーゼが居ない夜会のみである。
「笑顔が気持ち悪いわ。止めなさいよ。他の方々も不愉快になるから笑わないで。」
エリーゼはサファイアを貰えない事に腹が立ち、次のお茶会の日気紛れに言った我儘はライルにすんなりと受け入れられた。
てっきり苦笑いで流されると思ったのに、ライルから返ってきた言葉は「仰せの通りに。」の一言。その後はどこで見かけても口角が上がりもしない使用人のようなすまし顔である。おまけにどうしたのかと他人に問い掛けられればエリーゼに命じられたからだと答えるのだから、眉間に皺が寄ってしまう。
他の命令は仰せの通りではなく、「各領地の特色を覚えましょう」だの「貴族の顔と名前、爵位は必ず覚えて下さい。」だのと煩い。パーティーで適当に指してみればスラスラと答える所も憎たらしい。
ライルの中身はコレットと瓜二つで外見と相殺出来ないくらいのマイナスであった。
アークよりももっとお強請りを聞いてくれて、エリーゼを一番にしてくれる男こそが最高の旦那様だと信じている。それがジェイクだと、エリーゼは確信を持っている。




