スキャンダル後の打ち合わせ=王城広間
王の広間は暗い雰囲気と、一部の陽気な人々という気持ちが悪い状態になっていた。この中にデビュタント前の夜会の混沌を経験したことのないか弱い令嬢が居れば、フラリと倒れただろう。実際に壁際に控える使用人もベテラン揃いだ。
頭を抱えるのは王家、サミュエル侯爵家。目が怒りに燃えながらニコニコと振る舞うのはウィンダム公爵家、シェラード伯爵家の面々である。
「こんな事になって申し訳ない。」
王の謝罪に王妃とエリーゼの母である側妃、サミュエル侯爵とその夫人が頭を下げた。
目下に頭を下げる陛下をポカンと見ていたエリーゼとジェイクも、父親たちに頭を下げさせられる。
モゴモゴと文句を言っている二人に益々笑みを浮かべ、まぁまぁと慌てた振りをするのはウィンダム公爵とシェラード伯爵である。二人の夫人とライル、ローズは微動だにしない。
苦虫を噛み潰したような顔で王がソファに座ると順に座っていく。三番目に座ろうとしたエリーゼを側妃が扇で足を打ち、侯爵に続いて座ろうとしたジェイクも頭を叩かれて立たされた。
ローズが座った後にエリーゼ、ジェイクが不満気な顔で座って、ようやく婚約についての四家会議が始まった。
時を遡れば半年前に同じ広間で明るい顔をしていたのはエリーゼとジェイクだった。しかも親とそれぞれの婚約者の前で手を繋いでいた。すぐにジェイクは父親に顔をグーで殴られ、端へ連れていかれたが二人の顔には余裕があった。
二人は愛し合っている。望まぬ相手との結婚はしたくない。政略結婚なんて有り得ない。
と、のんびりとマイペースに持論を話すエリーゼと人形のようにただ頷くジェイクにゲッソリとして青くなるそれぞれの親と、勝手な言い分と態度に怒り赤くなる婚約者の家族。
仲裁役にされた宰相の提案という名の懇願で会はエリーゼの要領を得ない三十分のスピーチとそれぞれ婚約を解消する、王が発表するまで他言無用、次回の話し合いからは当事者二人は出席しないという決定をもって解散した。
賠償や責任、慰謝料まで決まるのに半年かかり、後は発表のタイミングを見計らったところで焦れた当事者が自分の使用人たちに流させた悪意のある噂。そして『どこから』流出したか分からない直筆の手紙。
これにより、また会議をしなければならなくなったのだ。疲労は計り知れない。
とはいえ、以前よりは早かった。エリーゼたちの態度から反省無しとして、五年ほど領地経営を学んだ後に公爵となる予定だったジェイクを補佐官を付けてすぐに王都から追い出すことにした。あと半年以上ある学園生活は残念ながら退学するしかない。補佐官の給料はもちろんジェイクとエリーゼの資産からである。補佐官が問題なしと認めるまで勝手に辞めさせることは叶わない。また命を狙われる可能性も考えて護衛騎士も雇うことになった。
「え、南ですか?サミュエルの土地なら経営出来ます。隣のシェラード領でも自信があります。せっかくマナーを勉強し直したのです。エリーゼ様に釣り合う公爵にして頂きたいです。」
「よくお母様が行く土地ですね。ジェイク様と離れ離れにはなりたくありません。もっと王都に近い領地にしてください。ウィンダム領なんて、近いですよね。」
広間にいた人々はジェイクとエリーゼの発言に時が止まったように感じた。一番最初に動き出せたのは、ジェイクの言動に慣れているローズだった。
すっと立ち上がり、スカートを見事に捌いて膝をつく。今日のワインレッドのドレスは謝罪をする場面があるかもしれないと予想して、跪きやすい柔らかい生地になっている。
「申し訳ございません。ジェイク様にはジェイク様はサミュエル領を離れて新しく南の領地を拝領するとお話しいたしましたが、幼い弟君がサミュエル侯爵を継ぐとは信じていただけませんでした。私の失態にございます。」
それにつられてライルも隣に膝をつき、眉を下げて王を見つめた。
「私に至っては会いたくないと面会を断られており、お手紙を何度かお送りしただけです。恐らく自分とサミュエル侯爵令息は城で暮らし、たまに令息が視察に出かけるくらいの感覚だったのでしょう。どうか私をお叱りください。」
国王は騎士と侍女にエリーゼとジェイクを別室に連れ出すように指示を出して肩を落とすと、深くため息をついた。
ズルズルと膝をついたサミュエル侯爵は不出来な息子に落胆し、若い二人に頭を下げた。
「ジェイクが部屋に篭って勉学に励んでいるというから、南の地を新たに学んでいるものだと。ローズ嬢、申し訳ない。」
夫人もフラフラと横に座り、ローズを見つめた。
「貴女がしっかりしているから安心してしまったの。今までごめんなさいね。」
ローズは薄く笑みを浮かべて首を横に振ると、サミュエル夫人の手を取った。
「二人とも、後は大人の我々が相談する時間です。下がって休みなさい。」
王妃が憐憫を滲ませた声で退席を促し、サミュエル夫人の傍らに侍女が立った。
「私の方こそ、力が足りず申し訳ございません。どうかお元気で。」
ハラハラと涙を零す夫人にハンカチを渡し、ライルから出された手を取って立ち上がると見事なカーテシーを披露して部屋を退出した。
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「サミュエル侯爵、貴方はまだお元気なのに、どうしてご嫡男はすぐに跡を継げると思っているのでしょうね。」
当事者の代わりに謝罪した若い二人の後ろ姿を見送って、王妃が扇を広げながらサミュエル侯爵に問いかけた。
「王妃様、それよりも私の旦那様の領地をサミュエル侯爵のご子息は何故貰えると思ったのでしょうね。ローズには兄がいて、我が息子ながら出来る男ですのに。もちろん、まだまだ旦那様も頑張れますわ。」
続けて伯爵夫人もにこやかに問いかける。
「出過ぎた真似かと思いますが、私の可愛い妹が産んだ姪を裏切った挙句、領地まで奪おうなどとお考えであれば私も宰相よりも伯父として会議に出席しなければなりませんね。」
婿養子となって公爵家に入ったシェラード伯爵夫人の兄である宰相も、ローズの伯父として今日の打ち合わせには参戦するようだ。
シェラード伯爵夫人の出自は武芸に優れた辺境伯の娘だ。サミュエル侯爵家など命令が出ればあっという間に陥落するだろう。
ローズは勉強家で、性格も相手に尽くすことを良しとしている。何故こんな良縁を手放したのか、サミュエル侯爵は息子に聞きたかった。
通常であれば一年以上準備に時間をかける王族の結婚式が本人たちの意向を無視して三ヶ月後に決まったのは、当然の事である。
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「私はコレット様に呼ばれておりますので、これで失礼しますわ。」
廊下に出た直後、ローズはライルにエスコートされていた腕からスっと手を離すとまた元の位置に戻された。ギョッとしながらも気持ちを抑えて周りに視線を動かすと、ライルの侍従も目を見張ってローズの顔と添えられた手を交互に見ている。
「僕もアーク殿下に呼ばれていてね。同じ部屋に居るはずだ。お供しよう。」
ローズが動揺に勘づいているはずだが、ライルは口角を上げて歩き出した。言葉が出ずにエスコートされるままに廊下を歩き出すと、コレットの部屋の手前の柱の影に地味なドレスを来た女性が見えた。ローズが思わず立ち止まると、ライルも気づいたのか片眉を上げて倣った。
「エリーゼ様の侍女はこれから大変だね。」
ライルは悲しげに聞こえる声音にため息までおまけをつけて影の女にアピールすると、今度はローズにも目配せして続きを促した。その様子にローズは本当のため息を吐き、隣の青年に合わせることにした。
「陛下の決めることです。私達は何も言えませんわ。」
『陛下』という言葉に震えた影は、足音を響かせながら走り去った。
「ライル様、やり過ぎです。」
後ろから聞こえる侍従の苦言に、公爵令息は声を潜めて笑いだした。