まずは叙勲式
いよいよ結婚式にも関わらず、エリーゼとジェイクは浮かれた気分になりきれずにいた。三ヶ月でイチから結婚式の準備をしたのだから当然である。
オマケにジェイクは昨日は一日かかって王太子からの試験を受けた。任せる領地と爵位を決定する大事な試験だった。叙勲式に王都からやって来たのは王太子と側近たちで、次の日の結婚式には国王が来るという。
王族がこぞってやって来ると思っていた二人は驚いたが、抗議など出来る訳もなく流れに身を任せている。
「王と王太子が王都を離れるという意味が分かっているのかい?まぁアークも来る予定だったんだが、コレットの調子が悪くてね。長旅は厳しいそうだから断念したよ。」
南の特産の茶を飲みながらひょうひょうと話す王太子を、母とジェイクと応対していたエリーゼは思わず唇を噛み締めた。
「きっと仮病です。私の幸せを祝いたくなくて。」
そうエリーゼが恨みがましく呟くと、母の扇子が鳴った。
「王族は自分が嫌だからと言って、陛下の命令に背けません。」
「そうそう。私も明日は王子妃と孤児院に行く予定だったんだ。陛下の命令でもなければそちらを優先させていたよ。」
王太子に暗に来たくなかったと言われたのが分かれば、エリーゼは思わず席を立った。
「では王妃様は何故来ないのです。嫌だからでしょう?」
「貴女がライルと結婚していれば参加だったのです。陛下の優しさに気づかないの?」
母の言葉に困惑を隠せないエリーゼに、王太子はため息をついた。
「当たり前だろう。今回の王妃の立場は夫の娘よりも、相手の都合で婚約を解消された甥を気遣う叔母だ。ライルを可愛がっていたのに、甥を傷つけた二人を祝いに来るなんておかしいだろう。」
「あ。」
王妃は王妃だと思っていたが、生家はライルの公爵家であったことをエリーゼはようやく思い出した。ジェイクにいたっては知らなかったかもしれない。
「あなたもジェイクもライルに謝罪をしてないのでしょう?王妃の甥に側妃の娘が嫁ぐなんて普通は有り得ないのに、ウィンダム公爵家に無理を聞いてもらった縁だったのに。おまけに真実の愛だとかで勝手に断るなんて、刺客を送られてもしょうがない話です。」
「それは王家が勝手に。」
ジェイクがエリーゼを庇おうと口を出すと、またエヴァの扇が音を立てた。
「その王家に産まれた王女です。明日までは。」
「申し訳ございませんが、爵位の発表をさせていただいても。」
揉め事を無表情で聞いていた補佐官が声を上げた。
「あぁ、悪いねジョン。叙勲式で間違えたらいけないからね。」
王太子がケラケラと笑って場の空気を変え、隣に手招きすると術なく補佐官は座った。
侯爵か、悪くて伯爵だろうと話し合ったジェイクとエリーゼは、補佐官に目配せした。領地からの報酬を今後個人的に与えると補佐官には伝えてある。エヴァと同じ歳にも関わらず独身の補佐官に、好きな女を与えてやるとも言った。もしかしたら公爵にしてくれるかも知れないとエリーゼは思っている。
「ジェイク様には男爵が王女の嫁ぎ先と忖度しても相当かと判断します。」
補佐官のあっさりした発表にエリーゼとジェイクは固まり、王太子とエヴァは妥当だと何度も頷いた。
「じゃあ港町は荷が重いな。」
「小麦が穫れる農地も領民が可哀想です。外してください。」
机に広げられた南の地図を王太子とエヴァ、補佐官が言った通りに事務官が次々と黒く塗り潰していく。
「まぁこれが順当では。」
納得し合う三人の目の前の地図で、唯一白く残った場所は川が流れて森がある穏やかな農村を中心とした部分だった。
「主産業は酪農で、民も穏やかだわ。」
「港は荒くれ者もいるし、商人とも駆け引きがね。」
「他の領地はエヴァ様とジョンで頼むよ。王家への報告と要請をお願いね。」
すんなりまとまった意見に、王太子は既に式の台詞の練習を始め、エヴァは侍女に使用人に広めるよう、補佐官は事務官と共に告知の手配を考え始めた。
「承服できかねます。」
怒りに震える声でジェイクが訴えた。今まで侯爵家嫡男だった男だ。エリーゼを手に入れるためならと投げ捨てたが、男爵家などと役不足である。
「では聞くが、港町の商会を五個言ってみろ。」
王太子の冷水のような声に、体がビクリと震える。
「ラウザー商会、ミハエル商会、あとは。」
覚えたはずなのに、出て来ない。あと三つ。焦れば焦るほど混乱したジェイクにはとても浮かんではこなかった。こういう時、ローズはいつも助け舟を出してくれる。隣のエリーゼを見るが、当てにならないことは明白だった。
「ミハエルではなく、ミカエルです。ミハエルは途中で寄った宿屋の名前ですかね。」
補佐官の言葉に更にジェイクの目は回る。もう出ないとジェイクががっくりとソファに座れば、エリーゼが寄り添い王太子を睨んだ。
「商会の名前が言えなきゃ何なの?こちらは貴族よ。偉いじゃない。」
その言葉に事務官も入れた四人が眉を顰める。
「私なら領地を移動しますね。そんな貴族にお金を渡したくありませんので。」
壁に立っていたメイドがポツリと言えば、王太子が両手を広げて大袈裟に首を竦めた。こちらで雇った平民らしきメイドは、この場に居る時点でエヴァのお気に入りだろう。簡潔で的確な物言いにエリーゼはぐうの音も出ない。
「王の直轄地だから居てくれるというのもあるからね。名前も言えない若造では、利用してやろうとも思えない。」
「最初から賄賂で交渉する貴族は、すぐに賄賂を要求してくるでしょうしね。」
『賄賂』という言葉にエリーゼとジェイクが反応すると、王太子は爆笑し始めた。
「確かに。金で誤魔化す奴は信用出来ないな。そんな奴に爵位なんて渡したくない。で、異議があるんだったかい?」
王太子が笑いすぎて目に涙を浮かべながら問いかければ、ジェイクは首を横に振るしかなかった。
叙勲式は恙無く終わった。『男爵』という爵位にも周囲から驚きも反対も出ず、サミュエル侯爵夫妻も深く頷いていた。手紙を公開した新聞社が来ていたため、すぐに王女殿下の嫁ぎ先として国民には知れ渡ることだろう。
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もちろんジェイクの領地となった村の長とは既に話がついている。領主となる男の実力が低いこと、また領地経営のなんたるかを知らずに無理を言う可能性が高いこと、覚悟を持ってないこと。
補佐官とエヴァが包み隠さずに村長に話すと、長はほほほと笑って頷いた。
「陛下の心のままに、おまかせいたします。エヴァ様にもジョン様にも世話になっておりますからな。領主様にはひれ伏して、顔も見せずに済ませましょう。」
悠然と面倒な話を受け入れてくれるのは、エヴァと補佐官が今まで村に貢献したことへの信頼からだ。
「助かります。さすがに王女が平民に嫁ぐというのは聞こえが悪く、だからといって領民を危険に晒すわけにもいかず。エリーゼもジェイクもこちらには来ないように誘導します。ですから、一度だけ邸に挨拶に来てくださいね。」
エヴァは申し訳なさそうに頭を下げると、長はお茶を勧める。
「助けていただいた恩は忘れておりません。来たくなくなるくらいに嫌われてやりますわ。」
楽しげに続ける長に補佐官も頭を下げた。
「これからも援助は続けると陛下が申しております。どうか何卒宜しくお願い致します。」
こうした根回しも知らずに男爵となったジェイクは一度だけ領地を訪問し、それ以降来ることはなかった。




