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【future if……】

「ですから今月の予定はもう埋まっておりますので来月以降でお願いします。……ええ、はい」


 忙しない話声に私はうとうとしていた意識を浮上させる。随分イライラしている声だ。付き合いが長いとよく分かる。


 ひとつ伸びをして、肩を鳴らす。完全に眠ってしまうと声が掠れてしまうから、本番前の仮眠は浅い眠りを心掛けている。早朝からのリハーサルは色々揉めたがようやく終わり、夕方からの本番に備えて少しでも体力を温存しなければならない。


 喉を守るためのマスクをずらして、私は苛立つ声の主に話しかける。


「どうしたの土井ちゃん?」


「聞いてよ凛夏、雑誌の取材ねじ込んで来ようとしたから怒っちゃった! 全国ツアー中だって分かってんのかな!?」


 相変わらずぷりぷり怒る土井ちゃんに苦笑して、一口水を飲む。


 喉の調子は悪くない。ツアーで酷使している自覚はあるが、毎日のケアでなんとかなっている。


 他の仕事を控えてくれるマネージャーのおかげだ。


「スケジュールは敏腕マネージャー様にお任せします」


「そうやって丸投げするんだからもー!」


 そう言って土井ちゃんはグレーのビジネススーツの内ポケットから手帳を取り出してちゃきちゃきとメモを始める。


 気心が知れた親友のサポートを受けながら仕事ができる充実感。


 私は幸せ者だ。歌を本業とできるだけでも嬉しいのに。


「【haru.】はなにしてるの?」


 土井ちゃんの質問に首を傾げる。うとうとする前までは側にいたはずだ。


「散歩とか?」


「えー、すぐいなくなるんだから!」


 沢里は全国ツアーが始まってからどうも落ち着きがない。


 デビューからの目標だった全国ツアーに手が届き浮かれていたかと思えば、次の目標を聞かれるとそわそわしていたり。


 こっそりなにかを調べているとバレているのに内容は教えてくれなかったり。


 要は行動が怪しいのだ。


「まさか……浮気?」


「それだけはないと思う」


 名探偵土井ちゃんの言うことを信じるとしても最近の沢里がおかしいことは事実だった。


 歌に影響が出ないといいのだけれど。プロとして歌うことになったのだから。


 ライブ本番には沢里は戻ってきた。どこに行っていたかは教えてくれない。普段隠し事はしないタイプなのでなんだかもやもやする。


 予定通りステージに立ち、ともに歌う。ツアーで何度も歌ってきた曲だ。いつもどおりに全力で歌い、最高のパフォーマンスを観客に見せるのが私たちの仕事。


 しかし今日は少し予定が狂った。


 曲と曲の間で不意に照明が消える。機材トラブルだろうか。一旦はけたほうがいいかもしれない。


 沢里と話し合おう。そう思った時、舞台上でなぜか私だけスポットライトで照らされた。


「ハッピーバースデーディアリンカー!!」


「ハッピーバースデートゥーユー!!」


 沢里の歌に観客が乗って大合唱が巻き起こる。私はただ呆然として、ライトの陰から登場した沢里を見やる。


 ケーキを持った沢里が得意げな表情でこちらに近づいてくる。


「ドッキリ大成功〜!!」


「……もう!」


 聞くと私の誕生日をステージ上で祝うための準備をしていたらしい。


 ライブ開始直前に顔を出してお客さんたちとも示し合わせて。


 なんて手間のかかることをするのだろう。


 今年の誕生日は忙しいからお祝いは無理だねと言ったばかりだった。


「びっくりした?」


「当たり前だよ!」


 最近沢里がそわそわしていたのはこれのせいだったのだ。


 観客の前だというのに泣かされてしまう。渡されたケーキにかぶりつくと拍手が起こる。


「俺からもうひとつ、渡したいものがあります」


 沢里が改まって姿勢を正すと、二人分のスポットライトが重なった。いつになく真面目な表情にこちらまで緊張してしまう。


「リンカ、俺と結婚してください!」


 がばりと頭を下げられて、小さな四角い箱を差し出される。マイクを通した大音量のプロポーズに息を飲んだ。


 いつの間にこんなものを用意していたのか。全く気付かなかった。震える指で差し出されたそれを沢里の手ごと包む。


「こちらこそよろしくお願いします」


 大喝采の中、沢里に抱きしめられる。明日のトップニュースになってしまうかもしれない。もしかしたら速報で家族の耳にも入る可能性もある。


 でもそんなことはどうでもいい。今はこの幸せに浸っていたい。


 あなたと一緒ならどんな未来でも生きていける。


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