第九話
結局、ゼブルとトニアはサーストンの廃駅で一夜を過ごした。山小屋まで戻る元気が、ゼブルにもトニアにもなかったからだった。翌朝、アンソンが片手に帽子をぶらさげてゼブルを訪ねてきた。
「いや、今回はひでえ目に遭いました。ゼブルさんがいなかったらどうなったかと思うと冷や汗ものですよ」
放っておくと揉み手を始めそうなほどに、アンソンは愛想を振りまいていた。
「俺はここで見つけたのはトニアだけだ。お前はサーストンにコンピュータの調査に来たが、何も発見できなかった。ヘヴンズのゼブルとトリスアギオンのアンソンは、お互いに顔を見てもいない」
ゼブルが言うと、アンソンがさらにべたべたとした笑いを顔に張りつけた。
「さすがゼブルさんは話が早い。ご心配なく、馬鹿どもにもきつく言ってあります。ゼブルさんに迷惑をかけるような事は決してないと思いますよ」
トリスアギオンはザックを含めて三人は死人が出ているが、アンソンにとっては問題ではないらしかった。これについては、ゼブルも非難のしようがないところがあった。アンソンが死体を闇に葬ってくれるなら、死体を挟んで警察の相手をする必要がなくなる。何よりも、ザックというサーストン事件の犯人が死んだ今、トニアを警察に引き渡して取り調べなど受けさせたくなかった。トニアの能力を解明するよりは、彼女を犯人に仕立てあげる方が、カノンの警察にとっては簡単だからだ。もっとも、一番警察と関わりたくないのはアンソンだろう。サーストン事件がトリスアギオンとつながっているなどと警察に疑われるような事態になれば、トリスアギオンの幹部は、おそらくアンソンの首くらいは簡単に飛ばす。
「話も済んだし、俺はイノセントに帰ります。ゼブルさんと、お嬢さんもご達者で」
「アンソン」
片手を振って歩き出そうとしたアンソンを、ゼブルは呼び止めた。
「何ですかね?」
「トニアとサーストンの事が他人に知られたら、俺はお前が喋ったと確信する。覚えておいてくれ」
「お嬢さんの事は誰にも知られないように、せいぜい祈っていますよ」
アンソンは首をすくめると歩き去っていった。この件について、アンソンが自分から言いふらすような事はしないと思えたが、忘れる事も決してないだろう。アンソンというのは、自分の一方的な損は絶対に許さない男に見えるし、どこで損を取り戻そうとするかわからない。ゼブルは後々までの厄介事を背負いこんだのかもしれなかったが、当面は気にしない事にした。これで、トニアをこの死んだ町から連れだす事ができる。
ゼブルとトニアは、ヘヴンズからやってきたレイガと合流した。ゼブルが青い炎に焼かれた傷を検査しろと言ったのに、レイガは食料品と医薬品を車に積んで自分で救援に来たのだった。全てが終わった事にレイガはがっかりしていたが、トニアの能力の事を聞くと、あくの強い顔をほころばせて喜んだ。レイガがヘヴンズから転がしてきた車に乗りこみ、三人はサーストンを後にして、トニアの祖父母が住む家を目指した。
「どうして、ゼブルさんはあのとき、あの人の方に近づいたんですか。私の近くにいれば、あいつの能力はきかなかった」
後部座席に座っていたトニアが口を開いた。ゼブルがザックと戦ったときの事を聞いている。サーストンを出てから今まで、トニアは不安そうに押し黙っていた。
「彼が本当に俺を殺そうとするのか、確かめるためだった」
ゼブルは助手席から答えた。
「そんな事のために、わざわざあいつに近づいたの」
「彼が能力さえ使わなければ、叩きふせるだけで済ませる事もできた。俺たち能力者は、自分の能力を使うときはルールを守らなければいけないんだ」
「どんなルール?」
「人によって違う。能力も人によって違うからな。俺やレイガの力は闘争向きなんだ。能力を使うのは、戦うときでなければいけない。彼が能力を使わなかったなら、俺も自分の能力を使う事はできなかったよ。それを守らなければ、彼と同じになる」
「ゼブルさんやレイガさんは、あいつとは違うよ」
「違うと思っていたければ、能力者はルールを持たなければいけないんだ」
トニアは少しの間、考えてから言った。
「私もルールを持たないといけない?」
「君がやるべきなのは、休む事だ。他の事はまだ先の話だ。急いで決める必要はない」
「いつかは、決めなくてはいけないんだよね」
「能力者である事を捨てて生きるなら、ルールの必要もない。トニア、君はそういう生き方を選ぶ事もできる。ルールよりも先に、君は能力者として生きるかどうかを先に選ぶんだ。そして、それは今すぐに決める事じゃない。君が未来の目標に向かって歩くなら、勝手に定まるものだと思う」
「うん」
トニアは頷いたが、納得がいかないような顔をしていた。ゼブルは内心で苦笑した。気がついたら、言う事が中年臭くなってしまっている。トニアの方は、それが何であれ、まだ早いと言われるのが気に入らない年頃だ。しかし、ゼブルは、トニアには未来を自分でつかみとってほしかった。サーストンの死人に引きずられて生きてほしくなかった。そのために、ゼブルはザックを電撃で撃ちぬいたのだった。
運転しているレイガがラジオをつけた。軽快な音楽が車内に流れだした。ラジオの音楽に合わせて、レイガが鼻歌を鳴らした。何も言わないが、レイガは、ゼブルが言葉にしなかった事まで理解しているだろう。
ザックという能力者を救う事は不可能ではなかった。トニアがいれば、能力を抑えられるからだ。トニアの能力で青い炎の力を抑えながら、根気強く説得を続ければ、ザックにも別の人生があったのかもしれない。真にヘヴンズの理念を体現する者ならば、ザックの説得に賭けただろう。ただ、ゼブルはその道は選べなかった。ザックを、敵として滅ぼす事を選んだ。トニアをザックに張りつけたくないとか、どのみち警察はザックに絞首刑を要求するとか、そういう事は頭をちらっとよぎっただけだ。ザックを斃す事で全てを解決する。ゼブルは、結局、自分の得意な方法でサーストン事件を始末したのだった。
やがて、ゼブルたちの車はトニアに見覚えのある街路に到達した。トニアの案内に従って右往左往し、小さな庭のついた一軒家にたどりついた。白く塗られたドアを開けて、年配の男女が出てくると、男性は驚き、女性がトニアを見て涙を流した。
ゼブルとレイガは二人に簡単に事情を説明して、ヘヴンズの連絡先を伝え、その場を去った。トニアにはもう、ゼブルもレイガも必要がなかった。
「これで一件落着だ」
車を走らせながら、レイガが能天気に言った。




