その13
獣人たちは、人質になっている敬太の周りに集まっています。吊るし責めになった敬太を見ながら、獣人たちは右手に竹の棒を握っています。
「さあ、おめえのかわいい友達もいなくなったようだな」
「これから、わしらの手でおめえにお仕置きを行うとするかな。ふはははは!」
獣人たちは、敬太へのお仕置きを行うのを今から楽しみでたまりません。この様子に、敬太は黙っているわけではありません。
「獣人め、ぼくにお仕置きってどういうことだ!」
「さっきも言っただろ! おめえは獣人の子供ということをな!」
「獣人の子供はなあ、男女の獣人がそれぞれ人間に変身した姿のままで出産した場合にしか生まれないんだよ!」
獣人たちは、身動きができない敬太の前で勝ち誇る口ぶりで次々と言い放ちました。それは、今まで敬太に負け続けた屈辱を一気に晴らそうという獣人たちの本音が見え隠れしています。
「ふはははは! おめえのかわいい顔を見れば見るほど、たっぷりとお仕置きのしがいがあるわなあ」
「まずは、おれが最初だ」「次はわしが」
「そして、最後にわしがこれでお仕置きをするってことさ。おめえがこの場で死ぬまでずっとな!」
獣人たちは不気味な声を出しながら、これから始まる過酷なお仕置きを行うことを敬太の前で言い放ちました。人質になっている敬太は、吊るし責めで抵抗できないままじっと耐えるしか他はありませんでした。
そのころ、お寺の庭では男の子たちとおせいが集まっています。ワンべえも、みんなが集まっているところにいっしょにいます。
男の子たちは、大事な友達が人質の身代わりになっていることを悲痛な面持ちで話し始めました。
「おっかあ、ごめんなさい……。敬太くんが、ぼくたちの身代わりになって……」
「身代わりで獣人たちの人質になったの……。うえええ~んっ、うええええ~んっ!」
「敬太くん、本当に死んでほしくないワン……。うえええええええ~んっ!」
突然泣き出した男の子たちやワンべえの様子を見て、おせいはやさしい顔つきで接しています。
「そんなに泣かなくても……。あれだけ恐ろしい獣人に捕まれば、心配しなくても大丈夫とは言えないわ」
おせいは、敬太がマムシに噛まれてこの寺に運ばれたときのことを思い返しました。あのときのことを思えば、おせいが敬太のことを心配するのも無理ありません。
すると、男の子たちとワンべえは涙を流していた顔を手でぬぐいました。こんなことで泣いていたら、敬太に示しがつきません。
そして、菜八たちはおせいに敬太くんのことを伝えようと口を開きました。
「敬太くんが獣人の子供であっても、ぼくたちにとっては大切な友達なんだもん」
「敬太くんがそばにいないとさびしいよ……。うええええ~ん!」
おせいは敬太が獣人の子供という事実をまだ知りません。その事実を言うのは、男の子たちにとってつらいことです。
けれども、男の子たちは勇気を出して言うことにしました。男の子たちにとって、敬太が獣人であるか否かは関係ありません。いつも自分たちのそばにいて、元気な笑顔を見せる敬太のことが大好きだからです。
その思いが通じたのか、おせいは菜八たちの頭をやさしくなでています。
「あれだけマムシに噛まれた敬太くんが、みるみるうちに大ケガが治ったのを見て感じたわ。もしかして、敬太くんは普通の人間ではないのでは」
おせいは、温和な顔つきで敬太のことをみんなの前で話し始めました。どうやら、敬太が獣人の子供であることをおせいも感じていたそうです。
おせいも男の子たちも、自分たちの前で村人たちを皆殺しにした獣人は到底許せる相手ではありません。
しかし、敬太は獣人であるとはいえ、外見は人間と全く変わりありません。何よりも、みんなのために畑仕事や薪割りなどのお手伝いをする心のやさしい男の子です。
そのことを知っているからこそ、他の獣人のような悪事を一切しない敬太への信頼が揺らぐことはありません。それは、おさいが発した言葉にも表れています。
「あれだけやさしい男の子だもの。獣人の子供であっても、私は敬太くんのことを信じるわ」
この言葉を聞いて、菜八たちは一安心しました。男の子たちは、獣人たちと戦う敬太の負けん気を知っています。
「敬太くんは、獣人たちをやっつけるために立ち向かって行くんだもん!」
「敬太くんが例え獣人であっても、ぼくたちはこれからも応援するからね!」
ここにいるのは、おせいと津根吉を除けば全員血がつながっていません。それでも、おせいと男の子たちは、同じ屋根の下で暮らす大家族の一員である敬太への気持ちが変わらないことを再確認しました。
すると、貫吉と扇助が何かを思い出したように泣き声で言い出しました。
「ぼくたちのせいで、敬太くんが……。うえええええ~んっ!」「うええええ~んっ!」
「ぼくたちが獣人の人質にならなかったら、敬太くんが身代わりになることはなかったのに……」
敬太にもし何かあったら……。小さい子供たちは、それが心の中に浮かぶと再び大泣きし始めました。菜八たちは、自分たちのために敬太が人質になったことに対する責任を感じています。
「敬太くんを助けたいと言っても、あれだけ恐い獣人たちがいるし……」
「でも、ここで逃げたら敬太くんが……」
「だからこそ、ぼくたちが勇気を出さないと」
「みんなでいっしょに立ち向かえば、獣人なんか恐くないぞ!」
「敬太くんを助けるためなら、ぼくも体当たりで獣人に立ち向かって行くワン!」
男の子たちとワンべえは、自分が思っていることを次々と口にしました。あれだけ恐ろしい獣人たちがいる以上、自分たちの力で敬太を助け出すのは非常に困難です。
しかし、男の子たちとワンべえにもう迷うことはありません。菜八たちは、敬太を助けるために力を合わせることを誓いました。
そのころ、山奥では人質になっている敬太の周りを獣人たちが取り囲んでいます。両腕を後ろ手にしばられて吊るされた敬太の姿に、獣人は不気味な笑いを浮かべています。
「ふはははは! これから、おめえのかわいいお尻へのお仕置きを行うとするかな」
「獣人め、どんなにお仕置きを受けたって……」
「それっ! バシンッ! バシンッ! バシンバシンッ!」
獣人は間髪を入れずに、敬太のお尻を強く叩き始めました。敬太に対するお仕置きということもあり、獣人の叩き方は尋常なものではありません。
「バシバシンッ! バシンッ! バシンッ! バシンバシンッ!」
「んぐぐぐっ……。どんなに叩かれても、決して音を上げないぞ……」
「その口ぶりがいつまで続くかな? バシンッ! バシンバシンッ!」
何度も叩かれるうちに、敬太のお尻は赤く腫れあがりました。それでも、敬太は決して弱音を吐くことはありません。
これを見た獣人は、手を緩めることなく敬太へのお仕置きを続けています。竹の棒で叩き続ける獣人は、憎しみに満ちた目つきで敬太をにらみつけています。
「さて、おめえが獣人の子供なら、その親の名前ぐらい知っているだろ」
「獣人なんかに、おっとうとおっかあの名前なんか言うもんか!」
獣人からは、肉親の名前を言えと脅すような口調で迫ってきました。しかし、敬太はそれに屈することはありません。
すると、獣人は一旦やめていた敬太へのお仕置きを再開しました。竹の棒を振り下ろしながら、敬太のお尻を何度も叩き続けています。
「バシ~ンッ! バシンバシンッ! バシバシンッ! バシンバシ~ンッ!」
「んぐぐぐぐっ……。んぐぐぐぐっ……」
「おめえを産んだ獣人の名前を言え! 獣人の名前を言え! バシンッ! バシンバシンッ!」
獣人は、両親の名前を言わない敬太に対するいらだちを隠せません。すると、そばにいた別の獣人が声をかけました。
「お前のやり方はまだ甘いんじゃないのか?」
「甘いだと? それじゃあ、あんたは何かいい方法があるのか?」
「まあ見てな。今度は、おれがこのチビをたっぷりとかわいがってやると……」
獣人の部下は、別の獣人からお仕置き役を引き継ぐために敬太の後方へ回りました。しかし、獣人2人が背後へ回ったそのときのことです。
「んぐぐぐぐっ……。あっ! プウウ~ッ! プウウウ~ッ、ブウウウウウウ~ッ!」
「うわっ! いきなりくさいおならを……」
「よくも、おれたちの前で……。本当にくさい……」
人質になっている敬太ですが、すべての攻撃を封じられているわけではありません。究極の飛び道具であるおならの3連発は、獣人たちの顔面に直接命中しました。
獣人たちは、敬太のくさいおならに耐え切れずにそのまま地面に倒れ込みました。この様子に、頭領格の獣人は敬太を見ながら怒りで体が震えています。
「よくも、わしの仲間にくさいおならを3回も続けて発射しやがって……」
「獣人め、どうだ! ぼくのでっかいおならは、こんなに元気いっぱいだぞ!」
敬太は、頭領格の獣人に対しても物おじすることはありません。でっかいおならを獣人たちに食らわせたことで、敬太の元気さを改めて見せつけることになりました。
「どうやら、おめえには今まで以上のお仕置きをしないといけないようだな」
「どんなお仕置きを受けたって、ぼくはへっちゃらだぞ!」
頭領格の獣人は、竹の棒を振り下ろすしぐさを何度も見せながら威嚇しています。しかし、敬太はどんなに恐ろしい獣人が相手であってもひるむことはありません。
そのとき、敬太の後方で倒れ込んでいた他の獣人たちが再び立ち上がりました。
「よくも……。おれたちの前で思い切りおならをしやがって……」
「今からこの場でおめえを始末するから、覚悟しとけよ……」
敬太の前方へ出てきた獣人の部下は、怒りをにじませながら拳を握りしめています。そして、その後ろで待ち構えているのは頭領格の獣人です。
「いよいよ、このわしが敬太を徹底的に始末する出番がやってきたようだな。大事な部下にくさいおならをしたお返しはたっぷりと行うからな、ふはははは!」
「両手がしばられても、ぼくは絶対に負けないぞ!」
「そんな口が言えるのも今のうちだぜ! どりゃあ! どりゃあ! うりゃああっ!」
頭領格の獣人は、木の枝に吊るされた敬太へ強烈な飛び蹴りを何度も食らわせています。しかし、敬太はそれにくじけずに反撃の機会をうかがっています。
「よ~し! 振り子のようになってきたぞ!」
頭領格の獣人の強い蹴りが命中したはずみで、敬太は振り子みたいに大きく揺れるようになりました。
「そんなことしたって、両腕がしばられている状態で攻撃することなんか……」
「獣人め、ぼくはどんなことがあっても絶対にあきらめないぞ!」
頭領格の獣人は敬太への攻撃を緩めることなく、再び飛び蹴りをしようと試みます。しかし、敬太はその動きを見逃しません。
「行くぞ! え~いっ! ええ~いっ!」
「グエグエッ……。よくもやってくれたな……」
敬太は、振り子のような動きで頭領格の獣人を強く蹴り上げました。そして、後ろ手でしばり上げた縄を自分の腕力で引きちぎりました。
「え~いっ! とりゃあっ! とりゃあっ! とりゃあっ! とりゃとりゃあっ!」
敬太はそのまま着地すると、獣人の部下2人に何度も飛び蹴りを加えています。いきなり不意を突かれた獣人たちは、敬太の強烈な蹴りを食らって地面へ倒れ込みました。
身軽になった敬太は、獣人たちの前で堂々とした表情を見せています。すると、頭領格の獣人は怒りで体を震わせながら立ち上がりました。その表情は、獣人たちの裏切り者である敬太への憎しみがにじみ出ています。
「おのれ……。よくもわしの部下を痛めつけやがって……」
「ぼくの力はこんなものじゃないぞ! えいえいっ! とりゃあ! とりゃああっ!」
敬太は、頭領格の獣人へ強い拳と蹴りによる攻撃を加えて行きました。度重なる敬太の攻撃に、頭領格の獣人はそのまま後方に倒れ込みました。
これを見た敬太は、すぐさまに頭領格の獣人を両腕で持ち上げました。
「んぐぐぐっ、んぐぐぐぐっ! 獣人め、これでどうだ!」
「何をするんだ! 早く下ろせ! 早く下ろして……」
頭領格の獣人は、これ以上攻撃を食らうのはたまったものではありません。しかし、今まで何度も仕打ちを受けてきた敬太は、獣人たちを絶対に許すわけにはいきません。
「行くぞ! え~いっ! どりゃあっ!」
「うわああああっ! うわああああああ~っ!」
敬太が思い切り投げ飛ばすと、頭領格の獣人は近くにある大きな木に強くぶつかりました。これを見た獣人の部下は、敬太に恐れをなしてその場から逃げ出しました。
「敬太め、覚えてやがれよ……。おめえをこの手で始末するからな!」
頭領格の獣人は、あまりの強烈な痛みに耐えながら何とか立ち上がりました。そして、敬太に対する強い憎しみを残すとそのまま山奥のほうへ去って行きました。
敬太の耳には、いつも聞き覚えのあるかわいい声が聞こえてきました。自分の存在を知らせようと、敬太は大きな声で叫びました。
「みんな、早くこっちへきてきて! ぼくはここにいるよ!」
「敬太くん、無事だったんだワン!」「敬太くん、敬太くん!」
山の中を上ってきたのは、敬太を助けるためにやってきた男の子たちとワンべえです。男の子たちは、敬太の声が聞こえると急ぐように駆け上がりました。
「みんな、ここへきてくれたんだね! 本当にありがとう!」
「ぼくたちだって、敬太くんがいないと寂しいんだもん」
「敬太くん、これからもずっといっしょだよね」「敬太くん、会いたかったよ!」
男の子たちは、獣人の子供であっても敬太のことが大好きです。扇助や貫吉といった小さい男の子は、敬太と離れたくないとへばりついています。同じように、ワンべえも敬太の顔に飛びついてペロペロとなめています。
「みんな、心配をかけてほんとうにごめんね」
「そんなことを気にしなくても大丈夫だよ。だって、敬太くんはずっとぼくたちの友達だもん!」
いつもそばにいるはずの敬太がいないので、男の子たちはとても寂しい思いをしていました。敬太の明るい笑顔を見て、男の子たちはとてもうれしそうです。
そのとき、菜八が敬太のお尻のほうをじろじろと見ています。
「敬太くん、お尻が赤く腫れあがっているけど大丈夫?」
「獣人たちから思い切り叩かれたけど、これくらい全然平気だぞ!」
敬太は何十回ものお仕置きを受けながらも、形勢をひっくり返して獣人たちを撃退させることができました。獣人からの拷問でお尻が腫れ上がっても、敬太は決して音を上げない芯の強さを持っています。
「わあっ、敬太くんのお尻が赤くなっているね」
「おちり(お尻)、赤い! 赤い!」「どうして赤くなっているの?」
紺次郎や貫吉、扇助といった小さい男の子たちは、かわいい表情で敬太のお尻をさわろうとしています。しかし、赤く腫れあがったお尻をさわり始めたその瞬間のことです。
「いててっ! いてててててっ! いててててててててっ!」
敬太は、あまりの強烈な痛みに思わず飛び上がりました。そして、そのまま急降下すると地面に尻餅をついてしまいました。
「でへへ、みんなの前で尻餅をついちゃった」
獣人には凄まじい強さを見せつける敬太ですが、いつも無邪気な小さい男の子にはかないません。それでも、敬太はみんなの笑顔に囲まれるのが大好きです。
こうして、男の子たちのにぎやかな笑い声が山の中に響き渡っています。
しかし、木々の茂みの中に新たな刺客がいることを敬太たちはまだ知りません。その刺客は拳を握りしめると、敬太たちを見ながら怒りで身震いしています。
「よくもおれたちの仲間に泥を塗りやがって……。絶対に許さないからな……」