3 彼女の役割・彼の願い
魔法とは天賦の才能である。
だから、魔法使いも、もとはただの人であった。
魔法使いは、魔法の国で修行しなければ、魔法を使うことはできません。
魔力があったとしても、魔法を使うことには訓練が必要なのです。
だから、全ての魔法を使う者にはその人生の中に「学び」と「修行」をする期間が必ずありました。
その期間を得て、彼らは魔法使いであると自覚し認められるのです。
その後の彼らの人生が、どんなものであろうとも、その期間だけは彼らは魔法学校の生徒として魔法の全てを学ぶのです。
それが、魔法使いという生き物の正しい作り方。
だけど、彼女は、違いました。
神さまに選ばれた番人。ゲートと呼ばれる、この世の理の一つを守る役割。
それを与えられた「氷の魔法使い」でした。だから、彼女は生まれた時から魔法が使えました。
息をするように、彼女は魔法を使えました。氷の魔法を、この世界の誰よりも完璧に扱うことができました。
その才能がワールズに知らされたのは、彼女が6歳の時。
薄々感じていた娘の異変に耐えきれなくなった両親の通告でした。
そして、彼女は「氷の魔法使い」の後継者になりました。
前任の氷の魔法使いは、その時にはもう高齢だったため、彼女はすぐ北の国へ連れてこられました。
そうして彼女は、北の国で王として育てられるようになりました。
だから、魔法の国の高位者のほとんどは、女王を正式な魔法使いとは認めていません。
人の世界では「化け物」と恐れられ、魔法の世界でも完全な魔法使いとして認められない。
彼女に与えられたのは「氷の魔女」という名と、「北の国」の守る役割だけ。
なりたくてなったわけではない。
最初から決まっていたかのように、彼女は北の国の女王となったのです。
全ては神の定めた理の通りに。
「だから、さぁ。その役割から彼女を助けてあげたいと思わない? 」
東の湖で、ぼんやりを空を見上げる子どもに向かって、少年は氷のような美しさを惜しげもなく魅せて笑った。しかし、子どもの表情は変わらない。
「へいかは、へいかでいるのが、いやなの? 」
屈託のない瞳で問われて、困惑するのは少年の方だった。
昔、呪いをかけた悪魔は、己の魔法がよく効きすぎていることに少し後悔した。
どうして、頭まで退化しているんだ。そこまで効かなくたって良かったじゃないか。
自分勝手にブツブツと呟く少年をじっと見つめる子ども。
美しくも恐ろしい、純粋な魔力の結晶である生き物。
たとえ、子どもであろうとも、ファイアドラゴンという稀有な価値は変わらない。
それでも、成体か幼体かでそれの存在的価値は変わるのだ。この子どもが、成体へと成長すれば、世界の勢力図が変わってしまうようなことが起こるのは必然だろう。
個があり、集団があるならば、そのうちに国だってできてしまうのは、いつだって必然。
だからこそ、その可能性を秘めた存在と才能を消すことにしたのだ。
美しく、力も備えた、誇り高い存在。
周囲をひれ伏し、支配し、導く才能。
それは、今までのドラゴンたちにはなかったもの。
そして、これからも決して必要のないものだ。
「まぁ、君の才能をしっかりと損なうことができているのだから、良いのだけどね 」
「そうか、だから、おまえは、おれを、ふうじたのだな 」
幼い瞳が冷たく光るのを見て少年は一瞬、呆気にとられてから面白そうに笑った。
嘘つきドラゴンだねぇ、と呟く少年に、子どもは満面の笑みを向けた。
「へいかが、のぞむのは、いまの、おれだから。まえの、おれは、いらない 」
ふぅん、とさらに笑みを深くする少年に対して、子どもは笑みを消した。
瞬間、少年が立っていた場所は炎に巻かれて燃え上がった。
「そして、おまえも、いらない 」
「こわいなぁ、そんな君の才能。別なところで使わなきゃって思わない? 」
少年の言葉に、子どもは「べつに 」としか答えず、次々と炎をぶつけてゆく。
その正確さと炎の大きさに、少年は溜息をつく。これで、力の一割しか出していないのだ。
つくづく、恐ろしい生き物だ。
「じゃあ、彼女に会いたくないかい? 」
「おれのことは、おれが、きめている。 だから、おまえはいらないんだ 」
子どもが気だるげに右手を上げれば、子どもの周囲全てが炎に包まれた。
しかし、木や草には焦げ目は一切ついていない。ただ、少年だけを狙った炎。
邪魔な存在の気配が消えたことを察して、子どもは炎を収めた。
息をするように魔法が使える生き物は、小さなため息をついて湖を後にして歩き出した。
「おれは、きめているんだよ、へいか 」
いつだって、君が泣かないようにって、ただそれだけを。