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裏アカ彼女は、クラスの地味男子  作者: あしゅ太郎


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19. 反転する証明、ざらつく境界

 週の半ば。昼休みの教室は、いつもより少しだけ騒がしかった。

 窓際の席を囲むように人だかりができている。笑い声と驚き、そして野次馬めいた好奇のざわめき。

 時任はなるべくそちらを見ないよう、机のノートに視線を落とす。けれど、次の瞬間に飛び込んできた言葉に、指先が凍りついた。

「これ、マジで琉生じゃん。普段の時の顔と違うわ」

「遊園地だろ、これ。うわ、彼女といる時の琉生、こんな顔すんの?」

 喉の奥がひやりと冷える。

 見たくないのに、反射で顔を上げてしまった。人垣の隙間、誰かのスマホ画面に、見覚えのある景色が映っている。観覧車の下、離れた位置から撮られた写真。

 そこに写っているのは、間違いなく琉生だった。仕事の時のような作り物ではない、少しだけ柔らかな表情をした彼。そしてその隣には、彼に寄り添う黒髪の女子の姿があった。

「琉生に彼女いたのは確定として、この子……」

「黒髪清楚系? どっかで見たことあるような……」

 その輪の中に、今村の声が混ざる。

「……いや。琉生なのは間違いないけど。この子、なんか似てない?」

 少し低くなった声。軽いノリのままなのに、妙な圧を孕んで耳に残る。

「何が?」「誰に?」

 クラスメイトの問いに、今村は画面を覗き込んだまま、事も無げに言った。

「時任」

 その名前が出た瞬間、教室の空気の向きが変わった。

「は? いやいや、さすがにないだろ。時任は男だし」

「でも髪型とか全体のシルエット、ちょっと似てね? 遠目だし、時任が女装したらこんな感じになりそうっていうか」

 冗談だと笑う声。否定する声。そのどれもが、時任には遠い世界のノイズのように聞こえた。

 逃げたい。けれど、ここで不自然に席を立てば、それこそ「正解」を教えてしまうようなものだ。

 どう振る舞うべきか、指先を震わせていたその時。

 ガタッ、と椅子を引く音が響いた。琉生だった。

 彼はいつも通りの無表情で人垣へと歩いていく。

「何それ」

「あ、琉生! 見てよ、これお前だろ? 隠し撮りされてんぞ」

 スマホを掲げていた男子がニヤニヤしながら画面を見せる。琉生はそれを一瞥し、短く「ああ、俺だけど」と認めた。教室がわっと沸く。

「やっぱり! で、隣の彼女は?」

 今村があえて軽く、逃がさない目で聞く。

「誰でもいいだろ。……時任に似てるとか言ってるやつ、眼科行けよ。全然違うわ」

 琉生は鼻で笑うように肩をすくめた。さらっと流す。顔色ひとつ変えない。

 けれど、時任には分かった。あれは余裕で流している顔じゃない。かなり無理やり、自分を律して「平熱」を演じている顔だ。

 今村はまだスマホを見つめたまま、小さく零した。

「ふーん……。でも、やっぱり似てるんだよな」

 その言葉が、時任の胸をぎゅっと締めつけた。

 女装した自分は、姉に似ている。もし今村がそこまで直感しているとしたら。冷や汗が背中を伝う。

「時任」

 不意に今村に名前を呼ばれ、顔を上げるしかなかった。

「これ、お前じゃないよな?」

 明るい調子のまま。けれど、あまりにも真っ直ぐな問い。

「……俺じゃないけど」

 口が勝手に動いた。否定はできた。けれど、自分の声がわずかに硬かった気がして、奥歯を噛みしめる。

「だよなあ」

 今村は笑う。けれど、その瞳の奥はまだ笑いきっていなかった。

「でも、雰囲気ちょっと似てね? って思っただけ。ほら、シルエットとか」

「……似てないでしょ」

 できるだけそっけなく返す。それ以上は踏み込むな、という拒絶を込めて。

 今村は少しだけ肩をすくめた。

「まあ、そうか。俺の勘違いならそれでいいや」

 その一言で話題は散ったが、完全には消えなかった。疑念の火種は、教室の雑音の中に確かに残り続けている。

 ***

 放課後。チャイムを待っていたかのように、スマホが震えた。

『俺に考えがあるんだけど、協力して』

 琉生からの短いメッセージ。時任は長い沈黙のあと、短く返した。

『何』

 既読はすぐについた。

『直接言う。今から少し時間ある?』

 向かったのは、住宅街のはずれにある小さな公園だった。

 先に来ていた琉生は、時任の姿を見つけるとすぐに立ち上がった。

「悪い」

「何……考えって」

 琉生は一瞬だけ口を閉じた。それから、少しだけ言い淀むように言葉を紡ぐ。

「今日のあの写真、俺なのは認めたけど、隣が時任に似てるって言われたのは結構まずい。……だから、逆の証拠を作ろうと思って」

「逆の証拠?」

「……お前じゃない、『本物の黒髪彼女』を彰人に見せる」

 

 時任は数秒、その意味を咀嚼できなかった。

「は?」

「お前に似てるやつに協力してもらう。……翼芽さん」

 

「ちょっと待って無理。何それ」

 時任は本気で顔をしかめた。

「なんで姉ちゃんを巻き込むの。意味分かんないでしょ」

「だってお前と似てるし。女装したお前と雰囲気が近い翼芽さんに、一回だけ彼女のフリをしてもらう。それが一番早い」

「だからって……!」

 時任は一歩詰め寄った。

「説明どうするの。学校の知り合いに誤解されてるから彼女のフリして、とか頼むわけ? 姉ちゃん、絶対面白がって余計なことまで勘ぐるに決まってるじゃん」

「そこは俺が頭下げる。……彰人の疑惑は、あいつの直感から来てる。だからこそ、本物の女子である翼芽さんを目の前に出せば、一気に崩れる」

 言いながらも、完全に突っぱねきれない自分がいた。確かにこれなら、今村の疑いを逸らせる。琉生の隣に「本物の女性」がいれば、時任=彼女説は瓦解する。

 けれど。

「……嫌」

「何が」

「いろいろ。巻き込むのも嫌だし……」

 その先の言葉を飲み込む。

 琉生の隣に立つ「彼女役」が、自分ではなく姉になること。それを想像した瞬間、胸の奥がひどくざらついた。

 琉生は時任の沈黙を見つめて、声を落とした。

「……俺は、お前がこれ以上その話の真ん中に置かれるのが嫌なんだよ」

 その一言に、時任は射抜かれた。

「今日の彰人、たぶんまだ疑惑消えてない。でも別の彼女を見せられれば、流せる。俺は、お前を守りたいだけだ」

 打算でも言い訳でもない、真っ直ぐな言葉。

「……なんで、そこまでするの」

「したいから」

 間を置かぬ返答。その素直さが、本当にずるいと思った。

「……一回だけだからね」

 時任はようやく小さく吐き出した。

「姉ちゃんに余計なこと言わないこと。絶対だから」

「分かった。助かる、ほんとに」

 帰り道、別れ際に琉生がぽつりと言った。

「たぶん大丈夫だと思うけど、翼芽さんに嫉妬とかすんなよ」

「は……っ?」

 時任は一瞬、耳を疑った。

「いや、だってお前、顔に出そうだし」

「出ないし! 意味分かんないこと言わないで」

「じゃあいいけど」

「よくない……何でそんなこと言うの」

 尖った自分の声に、自分で驚く。

 琉生は、全然申し訳なさそうにない顔で、微かに口元を上げた。

「ほら」

「……うるさい」

 面白くない。守るためだと分かっていても、どうしても胸のざらつきが消えない。

 そう思ってしまう時点で、もうただの「共犯者」という隠れ蓑は、自分を守ってくれないのだと。時任は認めざるを得なかった。

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