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裏アカ彼女は、クラスの地味男子  作者: あしゅ太郎


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12. 焦点のズレ、熱の在処

 放課後の裏庭は、校舎の影が長く伸びて、静寂が支配していた。

 西日が植え込みをオレンジ色に染め、地面に映る鴎の影を細長く引き伸ばしている。

 先に着いた鴎は、落ち着かない手つきで鞄のストラップを握りしめていた。

(……『俺の担当』って。何なんだよ、あいつ)

 昼休み、クラスメイトたちの前で琉生が言い放った言葉が、頭の中で何度もリピートされる。秘密を守るための「偽装」だったはずなのに、あの瞬間の琉生の目は、演技にしてはあまりに鋭すぎた。

「待った?」

 背後からの声に肩が跳ねる。

 琉生が片手をポケットに入れたまま、ゆっくりと歩み寄ってきた。

「別に。……それより、さっきの何」

 振り向きざま、鴎は詰め寄った。

「『俺の担当』とか……。あんなの、余計に怪しまれるだけでしょ。今村にカマかけられて、なんであんなにムキになってんの」

 琉生は数歩手前で止まり、少しだけバツが悪そうに視線を逸らした。

「……悪かった。でも、彰人がお前に当たり前みたいに頼み事してくるのが、どうしても嫌だった」

「服のことでしょ? そんなの、適当に流せばいいのに」

「最初は、そう思ってた。でも、たぶんそれだけじゃないんだよ」

 琉生が再び、真っ直ぐに鴎を見た。

「最初はただ、服を見てもらえるのが助かるってだけだった。配置も構図も、お前のこだわりを聞くのが楽しかった。でも、気づいたらお前に写真を送るのも、返事を待つのも、俺にとっては代わりのいない日常になってて。そこに彰人がズカズカ入ってきて、『自分もその特別枠に入れろ』って顔してるのが、思った以上に面白くなかった」

 琉生は自嘲気味に、少しだけ笑った。

「我ながら、あんなところで『俺の担当』なんて、だいぶ子供じみた独占欲だなって思うわ」

 心臓が、内側から激しく叩かれる。

 これはもう、単なるプロデュースの関係ではない。琉生は、鴎が作り上げた「早見琉生」という作品だけでなく、その作り手である「時任鴎」そのものを、自分の独占的な領域に置きたがっている。

「……何それ。ずるいよ」

「ごめん。……でも、整理がつく前に言いたかった。お前を困らせる原因が俺にあるなら、ちゃんと謝っておきたくて。……でも、彰人をプロデュースするお前は、やっぱり見たくない」

 真面目すぎる。その不器用な誠実さに、鴎の肩からふっと力が抜けた。

「……次から、気をつけてよね。噂を作るのはいいけど、自爆するのは勘弁して」

「はい。善処します」

 ***

 少しだけ空気が和らいだところで、琉生が何気なくスマホを取り出した。

「……今日、裏アカ上げる?」

「えっ、あ……まだ決めてない」

 通知音が鳴る。琉生から送られてきたのは、メリーゴーラウンドの前で、鴎が不意に、けれど心底楽しそうに笑ってしまった瞬間の一枚だった。

「……何、これ。送ってこないでよ、恥ずかしい」

「俺、これが一番好きだわ」

「……っ!」

「裏アカで千人に『可愛い』って言われるより、俺が撮ったこの顔の方が、何倍も価値あると思わない?」

 図星だった。

 最近、裏アカの通知を見ても、かつてのような純粋な充足感が得られない理由。それは、画面越しの見知らぬ誰かの称賛よりも、目の前のこの男が「いい」と言う一枚の方が、重くなってしまったからだ。

「……知らない。勝手にしなよ」

 鴎はスマホを握りしめ、逃げるように背を向けた。

 ***

 その日の夜、裏アカに一枚だけ写真を上げた。

 いつも通り、背景とコーデが完璧な、プロデューサーとしての自信作。

 けれど、指が止まるのは、琉生から送られてきた「笑いすぎている自分」の写真だった。

 数日後、今村は懲りずにまた話しかけてきたが、琉生は再び“俺が嫌だから”とはねのけた。

 

 今村が去った後の静かな教室で、琉生が少しだけ声を低くした。

「学校の外で、話さない? 作戦とか今村のことじゃなくて、もっと……気軽に」

 それは、偽装でも女装でもない。

「時任鴎」と「早見琉生」として過ごす時間の誘いだった。

 鴎は机の上のペンを見つめたまま、答えない。

 断る理由はいくらでもあった。けれど、トクトクと高鳴る心拍数が、もう次の答えを選んでしまっていた。

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