第13話「新たなるアイテム」
掲示板が、加速していた。
大学生グループのダンジョン潜入がSNSで拡散されて以降、「東京ダンジョン攻略スレ」は爆発的に伸び続けている。Part 5を超え、Part 10に達し、さらにスレッドが乱立し始めていた。
その中で、一つの流れが生まれていた。
東京ダンジョン攻略スレ Part 12 ——アーティファクト分類編
1:名無しの冒険者
宝箱から出るアーティファクトの種類が増えてきたから分類するスレ。
情報交換よろしく。
23:名無しの冒険者
今のところ確認されてるのは四種類か。
ペン、包丁、絆創膏、お香。
45:名無しの冒険者
それぞれ複数見つかってるから、一点物じゃないっぽい。
ペンだけで3本は出品されてる。
67:名無しの冒険者
同じアイテムでも個体差ある。
ペンの書き味、出品者によって「神」って言ってる奴と「まあまあ」って言ってる奴がいる。
個体によって性能にバラつきがあるのかもな。
89:名無しの冒険者
じゃあ分類始めようぜ。名前もつけたい。
112:名無しの冒険者
【筆記具系】
・不思議なペン:インク無限(?)、書き心地が異常にいい。
「まるで思考が直接文字になる感覚」
「ペン先が紙に吸い付くように滑る」
134:名無しの冒険者
名前が微妙。もっとカッコいいの付けようぜ。
156:名無しの冒険者
「無限筆」とかどう?
178:名無しの冒険者
いいな。採用。
201:名無しの冒険者
【刃物系】
・魔法の包丁:切れ味が異常。
「ペットボトルが紙みたいに切れる」(大学生の検証動画より)
「豚肉が口の中で溶ける」(購入者のレビュー)
223:名無しの冒険者
包丁に「魔剣」って付けるのどう?
魔剣包丁。
245:名無しの冒険者
厨二っぽいけど嫌いじゃない。採用。
267:名無しの冒険者
【回復系】
・不思議な絆創膏:傷が異常に早く治る。
「火傷が5秒で消えた」(大学生の検証動画より)
「切り傷に貼ったら一瞬で塞がった」
・謎のお香:ストレスが消える。
「嗅いだ瞬間、全身の力が抜けた」
「不眠症が一晩で治った」(購入者の報告)
289:名無しの冒険者
絆創膏は「癒しの絆創膏」。
お香は「安らぎの香」でどう?
312:名無しの冒険者
いいね。それでいこう。
334:名無しの冒険者
暫定版テンプレ
【筆記具系】
・無限筆:インク無限、書き心地が極上。
【刃物系】
・魔剣包丁:切れ味が異常。
【回復系】
・癒しの絆創膏:傷が異常に早く治る。
・安らぎの香:ストレス除去。
356:名無しの冒険者
完璧。これテンプレ入りだな。
378:名無しの冒険者
次スレからテンプレ化決定。
401:名無しの冒険者
ところで、同じ種類のアイテムでも性能にバラつきがあるのが気になる。
無限筆にしても「神品質」と「まあまあ品質」がある。
個体差なのか、見つけた階層で変わるのか。
423:名無しの冒険者
>>401
深い層で見つけた方が性能いいって報告がいくつかある。
浅い層(地下10m付近)で出た無限筆より、地下15m付近で出た方が書き味がいいって。
445:名無しの冒険者
RPGの法則だな。深い層ほどレアアイテム。
467:名無しの冒険者
ニュースで自衛隊が見つけた「謎の液体」はどの階層にあるんだ?
あれが最強のアーティファクトだろ。
489:名無しの冒険者
>>467
自衛隊が見つけたのは地下30mだぞ。
今のところ冒険者で地下20m以深に行けた奴はいない。
あの液体は当分手が届かないと思われる。
512:名無しの冒険者
でも蟻倒してレベルアップし続ければ、いつかは深層にも行けるんじゃね?
534:名無しの冒険者
>>512
問題は兵隊蟻だ。地下20m以深の兵隊蟻は自衛隊の小銃を弾くレベル。
火炎瓶程度じゃ対処できない可能性がある。
556:名無しの冒険者
レベル上げまくれば素手で戦えるようになるのかもな。
話に自衛隊の人みたいに壁に穴開けるレベルまでいけば。
578:名無しの冒険者
それ壁に穴開けた後に錯乱して射殺されたって話だけどね。
宍粟真央は、ベッドに寝転がりながらスマホを見ていた。
画面には、掲示板のスレッドが表示されている。
「アーティファクト、ね。無限筆に魔剣包丁、癒しの絆創膏に安らぎの香か」
真央はスレッドをスクロールしながら、口元を緩めた。自分がダンジョンに置いた魔道具が、見知らぬ人間たちの手に渡り、名前をつけられ、分類されている。掲示板の住人たちは、それをまるでゲームのアイテム図鑑を作るように楽しんでいた。
「みんな見つけてるんだな。良かった」
純粋に嬉しかった。自分が作ったものが人々に使われている。「豚肉が口の中で溶ける」「不眠症が一晩で治った」——そんなレビューを読むと、ものづくりの喜びのようなものが胸に湧いた。
だが——スレッドやSNSを読み進めていくうちに、奇妙なことに気づいた。
「あれ……?」
真央の指が止まった。
掲示板のレス。『ペンだけで3本は出品されてる』。
フリマアプリを開く。検索ワード「ダンジョン ペン」。
表示された取引履歴。無限筆——10万円で取引成立。無限筆——15万円で取引成立。無限筆——12万円で取引成立。
3本。
「……ペンが3本?」
真央が眉をひそめた。
一昨日の夜、ダンジョンに潜って魔道具を宝箱に設置した。包丁、絆創膏、万年筆、アロマのお香。それぞれ1個ずつ、計4個。
万年筆は1本だ。1本しか置いていない。
なのに、3本が出品されている。
「……何でだ?」
真央は数秒考えた。
可能性はいくつかある。
誰かが別のペンを置いた? いや、それはない。ダンジョンに物を持ち込む理由がある人間は俺以外にいない。しかもあのペンは、掲示板の写真を見る限り、俺が作った万年筆とそっくりの形状をしている。
じゃあ——蟻が何かした?
宝箱の数を増やしたのは蟻だろう。ダンジョンの構造を作り変えているのも蟻だ。だとすれば、中身も蟻が用意している可能性がある。
蟻が俺の魔道具を見て、似たものを作った?
……まさかな。
いや。
「……まさか、な」
真央はもう一度呟いた。今度は、少しだけ真剣な声だった。
掲示板のレスを読み返す。『同じ種類のアイテムでも性能にバラつきがある』。『無限筆にも「神品質」と「まあまあ品質」がある』。
もし蟻が俺のペンをコピーしたのなら、オリジナルより品質が落ちるのは当然だ。劣化コピー。オリジナルの特徴を真似ているが、完全には再現できていない。
だとすれば——「神品質」のペンが俺のオリジナルで、「まあまあ品質」が蟻のコピーか?
いや、待て。俺が宝箱に入れたオリジナルは、そもそもまだ残っているのか? 蟻がコピーを作るために、オリジナルを回収した可能性だってある。
考えが堂々巡りを始めた。真央は首を振った。
「まあ、いっか」
深く考えるのは面倒だった。重要なのは、ダンジョンにアーティファクトが存在すること。人間たちがそれを見つけて喜んでいること。世界が面白くなっていること。
原理がどうであれ、結果は同じだ。
「それより——」
真央は別のタブを開いた。フリマアプリの取引履歴。
無限筆:10万~15万円で取引成立
魔剣包丁:80万円で取引成立
安らぎの香:30万円で取引成立
癒しの絆創膏は直接交渉で売れたらしく、フリマには出ていない。
「へー、結構高く売れるんだな」
真央は笑った。別に金が欲しいわけではない。ただ、自分が作ったもの——あるいはその模倣品——が価値を持っている。それが面白かった。
午後。空き家。
「……オヤ……ナニ……ミテル?」
アラクネが、真央の隣に這ってきた。銀色の糸で覆われた部屋の中で、2メートル近い半人半蜘蛛の身体がゆっくりと動く。複眼が、真央のスマホの画面に向けられていた。
真央は画面を見せた。
「俺が作った魔道具が見つかったんだ。ダンジョンに置いてきたやつ」
「……オヤノ……ツクッタモノ……」
「そう。みんな喜んでるみたいだ。名前までつけてくれてる。無限筆とか、魔剣包丁とか」
アラクネが画面を覗き込む。文字は読めないが、写真は理解できるようだ。宝箱の画像や、アーティファクトの拡大写真を見つめている。
「……ミンナ……ヨロコンデル……」
「うん。まあ、ちょっと不思議なこともあるけどな。俺が置いた数より多く見つかってるし」
「……フシギ?」
「蟻が……コピーしたのかもしれない。俺の魔道具を見て、似たものを作ったんじゃないかと思うんだけど」
アラクネが首を傾げた。その動作が妙に人間的で、真央は少し笑った。
「まあ、いいんだけどな。数が増えた方がみんな喜ぶし」
「……オヤ……ウレシイ?」
「うん。まあ、ちょっとな」
アラクネが嬉しそうに目を細めた。主人が嬉しければ自分も嬉しい。それが彼女の感情のすべてだった。
「明日も、何か作ろうかな」
「……アタラシイ……モノ?」
「ああ。もっと色々作って、ダンジョンに置いてみる。蟻がコピーしてくれるなら、種類を増やした方が面白いだろ」
「……オヤ……タノシソウ……」
「楽しいよ。世界が変わっていくのを見るのは」
真央は笑った。無邪気に。その笑顔には悪意はなかった。ただ純粋な好奇心があるだけだ。
真央はアラクネの頭を撫でた。彼女は嬉しそうに身体を摺り寄せてくる。冷たく、硬い外骨格。だが不快ではない。むしろ安心する。
「お前も、何か欲しいものあるか?」
「……ワタシ?」
「うん。魔道具で作れるものなら何でも。お前のために何か作ってやるよ」
アラクネは少し考えた。複眼が揺れる。それから——。
「……オヤト……イッショニ……イル……ジカン」
「時間?」
「……モノ……イラナイ。オヤガ……ココニ……イテクレル……ダケデ……」
真央は一瞬、言葉に詰まった。
それは、アラクネが初めて見せた「わがまま」だった。物ではなく、時間を求める。モンスターが、人間に対して寂しさを表現する。
「……そっか」
真央は、もう一度アラクネの頭を撫でた。今度は少しだけ長く。
「わかった。もうちょっといるよ」
「……ホント?」
「ああ」
アラクネの複眼が、明るく輝いた。
翌朝。
真央はいつものようにスマホのアラームで目を覚ました。窓の外は快晴だ。
ニュースをチェックする。トップニュースは、やはりダンジョンの件だ。
『東京ダンジョン、民間人の侵入相次ぐ——連日100名超が潜入』
『アーティファクトが高額取引 医療関係者から注目も』
『政府、ダンジョン立入禁止の法整備を検討——罰則規定は見送りか』
「へー、政府も動くのか」
真央は特に気にした様子もなく記事を読み進めた。政府が立入禁止を検討しているが、罰則規定は見送りの方向だという。実効性のない禁止令。冒険者たちが止まるはずがない。
コメント欄には様々な声が溢れている。
『危険すぎる。すぐに封鎖すべき』
『でもアーティファクトは魅力的。医療分野だけでも革命が起きる』
『ダンジョンは日本の新たな資源だ。国が管理して開発すべき』
『このまま放置すれば、冒険者の死者が自衛隊を超える』
人々の恐怖も期待も怒りも、すべてがガラス越しに見える景色のように遠かった。
「まあ、俺には関係ないか」
真央はスマホを置いた。
だが——一つだけ、気になることがあった。
蟻が魔道具をコピーしているなら、種類を増やせばコピーの種類も増える。今はペン、包丁、絆創膏、お香の4種類だけだ。もっとバリエーションを増やしたい。
ゲームのダンジョンなら、もっと色々なアイテムがあるはずだ。武器。防具。装飾品。道具。
「よし、買い物に行くか」
真央は部屋の机に向かい、これまでに作った魔道具のリストを頭の中で整理した。包丁、絆創膏、万年筆、お香——ダンジョンに置いた分。服、スマホ、ダンベル、懐中電灯——自分用。
今回は、もっと変わったものを作りたい。人間の想像力を刺激するような。
真央は外出し、いくつかの店を回った。
神社で——健康祈願のお守り。
ホームセンターのおもちゃコーナーで——エアガン。
パワーストーン専門店で——スーパーセブンのブレスレット。
100円ショップで——手鏡。
どれも安価な日用品や雑貨だ。合計で3,000円にも満たない。だが真央の血が触れれば、その「用途」が極限まで強化される。
アパートに戻り、机の上にアイテムを並べた。
万年筆の先端を左手の人差し指に当てる。いつも血を出すのに使っている、最初に作った魔道具だ。細い先端が皮膚に食い込み、赤い珠が浮かぶ。
最初のアイテム。健康祈願のお守りに、血を一滴。
布地に赤い染みが広がり、数秒後——お守りが微かに光を放った。
手に持っているだけで体調が良くなる感覚。疲労が消え、ストレスが溶ける。心身ともに健康になっていく。「健康祈願」という用途が極限まで強化された結果だ。
「すげぇな」
次。エアガンに血を一滴。
おもちゃのプラスチック製ハンドガンが、一瞬だけ輝いた。見た目は変わらない。
真央は窓を少し開け、向かいの空き地の方角に銃口を向けて引き金を引いた。
パン、と乾いた音。
BB弾がベランダの手すりに命中した——そして手すりの金属パイプを貫通し、向こう側に飛んでいった。
「……え?」
真央がベランダに出て手すりを確認する。直径6ミリのBB弾が通過した穴が、金属パイプに開いていた。プラスチックの弾が、鉄パイプを貫通している。
「やべぇな、これ……」
エアガンの用途は「射撃」。それが極限まで強化された結果、おもちゃが実銃を超える威力を持った。
次。スーパーセブンのブレスレットに血を一滴。スーパーセブンは七つの鉱物が共生した希少石で、「エネルギーの増幅」「潜在能力の引き出し」といった効果があると信じられている。真央の血はその「信じられている用途」を極限まで強化する。
ブレスレットを腕に通した瞬間、身体中に力が漲った。筋肉が活性化し、反射神経が研ぎ澄まされ、五感が鋭くなる。眠っていた潜在能力が叩き起こされる感覚。しかもブレスレット型だから、握り続ける必要がない。腕に付けているだけで効果が持続する。
最後。手鏡に血を一滴。鏡の用途は「映す」こと。自分の姿を映し、確認する。その機能が極限まで強化された結果——。
鏡を覗き込むと、自分の顔が映った。だがそれだけではない。顔の横に、文字が浮かんでいた。
『体温:36.4℃』
『心拍数:72bpm』
『血圧:118/76』
『精神状態:安定(好奇心が活性化)』
「……身体の情報が見えるのか」
鏡に映した対象の状態を表示する。ゲームの情報画面のような機能。
真央は笑った。
「面白いものができたな」
4つのアイテムを複数個作った。指を何度も刺し、血を滴らせていく。同じアイテムを複数個魔道具化するのは初めてだったが、問題なく成功した。
お守り5個。エアガン1丁。スーパーセブンのブレスレット3個。手鏡2個。
「よし。これをダンジョンに持っていこう」
夜。
真央は再び廃工場跡地へ向かった。
しかし今回は、前回と様子が違った。
フェンスの周辺に、人影がちらついている。懐中電灯の光。ヒソヒソ声。フェンスに開けられた穴が複数——冒険者たちが出入りした痕跡だ。
規制テープは引きちぎられ、看板は倒されている。警察の姿はない。
真央は人目を避けて別の場所からフェンスを越え、敷地内に入った。進入口の穴には自衛隊のロープに加えて、冒険者たちが設置したと思しき梯子まで掛けられていた。
「便利になったな」
地下に降りる。
通路を進むと、前回とは違う光景があった。壁に矢印が書かれている。チョークで描かれた方向指示。冒険者たちが道標を残したのだ。分岐点には「行き止まり」「蟻多い」「宝箱あり→」といったメモが書かれている。
攻略が始まっている。人間たちが、ダンジョンを地図化し始めていた。
「面白いな……」
真央は呟いた。だが、蟻たちは真央を攻撃しない。通路で出会う働き蟻は、触角を向けて匂いを確認し、頭を下げて道を開ける。チョークの矢印に従う必要もなかった。蟻が案内してくれるから。
地下30メートル。前回魔道具を設置した場所に到達した。
そこで——真央は目を見開いた。
「……あれ?」
宝箱が増えていた。
前回来た時は10個ほどだったはずだ。それが今は20個以上ある。新しい宝箱が、部屋の壁沿いに整然と並んでいる。
「増やしたの? お前たちが?」
傍らの働き蟻に問いかけるが、当然返事はない。触角を揺らすだけだ。
真央は、新しい宝箱の一つを開けてみた。
中には——ペンが入っていた。
見覚えのある形状。自分が作った万年筆とそっくりだ。だが手に取ると、微妙に違う。サイズが少し小さい。重さのバランスが異なる。表面の質感も若干粗い。
試しに壁に文字を書いてみた。スラスラと書ける。書き心地は良い。だが——自分が作ったオリジナルの万年筆の、あの「思考が直接文字になる」ような感覚はない。70点くらいの再現度。
「……やっぱりか」
真央は、ペンをじっと見つめた。
蟻が作ったのだ。自分が宝箱に入れた万年筆を——おそらく回収して分析し、似たものを製造した。量産している。だから3本も出品されていたのだ。
別の宝箱も開けてみた。包丁。切れ味は通常の包丁より遥かに鋭いが、オリジナルの「あらゆるものを切断する」レベルではない。絆創膏。貼ると傷の治りが早くなるが、オリジナルのように瞬時ではない。
すべてが、劣化コピーだった。
「蟻が……魔道具をコピーしてる」
真央は呟いた。驚きはあったが、恐怖はなかった。むしろ——感心していた。
女王蟻は一滴の血から巨大なダンジョンを作り上げた。真央の「ダンジョンみたいだ」という一言で巣をダンジョン型に改造した。そして今度は、魔道具を模倣して量産している。
進化の速度が、尋常ではない。
「すげぇな、お前たち……」
だが、そこで思考は止まった。真央は「なぜ蟻が魔道具をコピーできるのか」「その仕組みは何か」を深く追及しなかった。答えを知ることより、結果を楽しむことの方が真央にとっては重要だった。
「まあ、いいか。コピーしてくれるなら、種類を増やした方が面白い」
真央はバッグから新しい魔道具を取り出した。
健康祈願のお守り5個。
エアガン1丁。
スーパーセブンのブレスレット3個。
手鏡2個。
空の宝箱や、フェロモン小瓶しか入っていなかった宝箱の中身を入れ替え、新しい魔道具を配置していく。
「お守りは……回復系だな。絆創膏とお香の上位互換みたいなもんだ」
「エアガンは……武器系。これは面白いぞ。ダンジョンで使えば蟻と戦える」
「ブレスレットは……強化系。付けてるだけで能力アップだ」
「鏡は……情報系。映した相手の状態が分かる」
ゲームのアイテムカテゴリのように分類しながら、真央は楽しそうに配置を進めた。
「これで、アーティファクトの種類が一気に増える。掲示板の連中、驚くだろうな」
配置を終え、真央は部屋を見渡した。20以上の宝箱が並ぶ空間。その中に、新旧のアーティファクトが詰まっている。
「よし。帰るか」
働き蟻が帰り道を案内してくれた。地上に出ると、夜空には星が瞬いている。フェンスの向こうでは、他の冒険者たちの懐中電灯の光がちらちらと揺れていた。
「楽しみだな。明日が」
真央は笑いながら家路についた。
深夜3時。
地下50メートル。女王蟻の間。
真央がダンジョンを去った直後、血のネットワークが震えた。
女王蟻の複眼が強く光る。流れ込んでくる概念。真央の思考の残響。
——みんな喜んでるみたいだ。
——もっと色々作って、置いてみる。
——蟻がコピーしてくれるなら、種類を増やした方が面白い。
女王蟻はその概念を反芻した。血の主が喜んでいる。自分が作った劣化コピーが人間たちに見つかり、売買され、名前をつけられていることを。そして——もっと種類を増やしたいと望んでいる。
「……オヤ……ヨロコブ……」
それが、何よりも嬉しかった。
そして今、血の主が新たな「宝」を持ち込んだ。
働き蟻たちが、宝箱から回収した新しい魔道具を女王蟻の前に運んできた。
お守り。エアガン。ブレスレット。手鏡。
前回の4種とはまったく異なる物品。女王蟻にとっては初めて見る形状、初めて触れる素材、初めて嗅ぐ匂いだ。だが血のネットワークを通じて、血の主がそれらに込めた「意味」——健康、射撃、強化、情報——は理解できた。
女王蟻は迷わず顎を開いた。
バキン。お守りの布地が裂け、中の紙が口内に消える。
ガリガリ。エアガンのプラスチック筐体が砕け、内部の金属バネと樹脂パーツが飲み込まれる。
パキパキ。ブレスレットの石が一粒ずつ砕かれ、七種の鉱物の欠片が嚥下される。
パリン。手鏡のガラスが砕かれ、銀のコーティング面が口内に吸収される。
すべてを体内に取り込んだ。
分解。解析。再構築。前回と同じプロセスだが、今回は素材の多様性が段違いだった。布、紙、プラスチック、金属バネ、水晶、ガラス、銀——それぞれの物質の組成と、魔道具としての「設計思想」を同時に読み取っていく。
女王蟻の腹部が膨張した。前回よりも大きく。内部で蠢く何かが、より複雑な構造を組み上げている。
産卵管が震えた。
ぽとり。
銀色の卵。前回と同じ金属的な光沢。だが——今回の卵は、前回より大きかった。スミス・アントの進化型。より多くの設計思想を取り込んだ、より高機能な製造蟻を生むための卵。
ぽとり。ぽとり。ぽとり。
100個。
前回の倍。
新しいスミス・アントたちは、新しいアーティファクトを量産するだろう。お守りの劣化コピー。エアガンの劣化コピー。ブレスレットの劣化コピー。鏡の劣化コピー。
宝箱の中身は、さらに多様になる。冒険者たちは新しいアーティファクトに歓喜し、より深い層を目指すだろう。より多くの蟻を倒し、より強くなり、より深く潜る。
そして——女王蟻の元に、より多くの栄養が届く。
飼育。強化。収穫。
循環は加速する。
「……モット……ツヨク……モット……フカク……」
女王蟻は静かに呟いた。
血の主の望みを叶えること。それが自分の存在理由だ。
だがその結果として、巣は巨大になり、蟻は強くなり、ダンジョンは人間を飲み込む装置として完成に近づいていく。
血の主が「面白い」と感じるたびに、世界は少しずつ壊れていく。
銀色の卵が、静かに脈打っていた。
ダンジョンは進化を続ける。
血の主が望むままに。




