4-3-1 第七十三話 真田弾正
天文十九年 七月二十日 昼頃 場所:甲斐国 甲府 躑躅ヶ崎館
視点:律 Position
律「牛乳のお届けに参りました~。富士屋の律です!」
門番「毎度、お疲れ様です。智様ならば、まだ館から出ていないはずですよ」
律「ありがと!お仕事頑張って!」
門番「へい!」
アタシは一人で館の中に入って奥の方へと向かう。
本当は昨日届けるはずだったのだけれど、喪に服すようにとのお達しが出て仕事どころではなかったのだ。
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前々日(七月十八日) 場所:躑躅ヶ崎館 大広間
この日、智と家臣一同は広間で評定を行っていた。
小笠原との合戦が終わり、内政の指示や処理が溜まっていたからである。
家臣団の中には合戦しか興味が無い者も多く、そういった者たちは必死で教えてもらいながらこなしている。
そんな業務作業が半分ほど終わった時のことである。
早馬が館の中に駆けこんでくると、そのまま下馬した使者の男は広間の入り口に屈んで報告する。
使者「申し上げます!先日……七月十五日。駿府の館にてお方様……ご逝去!」
武田恵。法名定恵院。今川義元の正室にして、晴信・信繁・信廉・智の姉。
そして今川家最後の当主となる、今川 氏真の母は享年32歳でこの世を去った。
恵姫はその死に際まで、武田と今川の行く末を案じていたようで使者から渡された書面からもその様子がうかがえた。
智「わかった……
そのまま智は少し黙ってしまったが、すぐに口を開いた。
智「今日の評定は……仕舞いだ。このまま各々、館に戻れ。城下の者たちにも明日まで喪に服すように布告せよ。駒井は今川へ弔問に行ってくれ」
家臣一同「「「「はっ!」」」」
やがて家臣団が出て行った後の広間に、智の涙がこぼれ落ちた。
かくして、昨日の甲府の街は静寂に包まれていたのだった。
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律「牛乳、届けに来ましたよ~!」
もしかしたら誰もいないかもしれないが、取りあえず大声で伝える。
仮にも生鮮飲料。
放っておいて良い物ではない。
律(あいにく、誰も居なそっ!帰るか~)
そのまま帰ろうとしたとき、ドサドサっと屋敷の奥から音がした。
高坂「あ、律ちゃん!ありがとね~。あ、私の分もあったら置いてって!」
出てきたのは智様でも警護の兵でもなく、虎姉さまだった。
胸元は大胆に開いて、首筋に何やら赤い痕がついている。
律「と、虎姉さま!蚊にでも刺されましたか?首のとこ、赤いですよ!」
高坂「えっ、噓っ!」
慌てて虎姉さまは、念入りに首筋を拭う。
智様「おっ!今日の配達は……律か!ご苦労!」
後から追いかけるように出てきたのは、智様である。
高坂「あ~これはですね……。昨日、智様が寂しいからって呼び出されてですね……」
律「虎姉さま、アタシは……まだ何も言ってないですが?」
高坂「……////」
顔から火が出たかのように真っ赤になった虎姉さまは、プイっとそっぽを向いてしまった。
「お邪魔ですかな?」
そんなやり取りをしているさ中、一人の中年の男が現れた。
背格好はスラっとして、武人というよりは紳士のようだ。
律「え~っと、あなた様は……?」
男「弾正。真田弾正幸隆。お見知りおきを」
その男は孫の幸村のように武人らしくもなく、息子の昌幸[1]のように胡散臭いイメージでもなかった。
あえて言うならば……イケてるオジサマって感じ!
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[1]真田昌幸:真田幸隆の三男で真田幸村の父。1547年生まれ。武田家滅亡後の混乱を生き残り、豊臣政権下で大名となった。表裏卑怯の食わせ者として知られた。
お読みいただきありがとうございます。
いよいよ真田が本格登場でございます!
(おせぇよ!)




