1-4-3 第二十五話 今が伸びる時なのか?
視点:律 Position
天文十八年七月下旬 午後 場所;甲斐 甲府 富士屋
シャキシャキシャキシャキシャキシャキ……。
さっき来店してからずっと、この来客は試作品のモヤシ[1]を食べている。
京四郎が留守のタイミングで、智様がまさかのご来訪。
特に出すお菓子の用意も無かったので、栽培していた物を出したのである。
作り方は簡単。大豆を洗った物を水に漬けて暗室に置く。
そしてその水を綺麗なものに取り換えるという工程のローテーションである。
大豆の加工品として手間がかからないのと、ウチの店で扱っている味噌との相性が良いので作ることにしたのだ。
律「モヤシって知っていましたか?」
智様「毛也之?何かの医学書で見たことがあるな。てっきり薬草かと思っていたが、このみずみずしさとシャキシャキの食感!クセになるなぁ……(シャキシャキシャキシャキ)」
律「お気に召したなら何よりです……」
令和でも家計の味方のモヤシ。
腐ったりしないようにしっかり管理していれば、そんなに作るのが大変なわけではない。
智様も出したモヤシをしっかり完食された。
智様「ところで、律」
律「はい」
智様「おぬし、京四郎とは一体どういう関係なのだ?まさか夫婦か?」
律「め、めめめめめm夫婦!?いや、そういった関係では……」
智様「では、恋仲か?もう契った仲なのか?」
律「ち、ちちち、契る!?そ、そういう訳でもなく……」
智様「ではなんじゃ……まさか異性には興味が無いのか?私が相手をしようか?」
どさくさに紛れて何を言っているんだ、この人ぉ!
律「アタシとアイツは……
京四郎「戻ったぞ!おや、来客ですか?」
言いかけたタイミングで、京四郎が店に戻って来た。
これは救われたのかと言っていいのかな
智様「お、京四郎!お邪魔してるぞ」
こっちはこっちで、のんびりし過ぎである。
智様の自宅じゃないんですよ、ここ!
京四郎「この前内藤様から奉書を渡されたんですけれど、どういうことなんですか?あくまで商人として支えたいって言ったじゃないですか!」
智様「なんだ、平蔵から説明を受けてないのか?」
京四郎「智様から直に説明が欲しかったのです」
智様「ふむ、モヤシの例だ。教えてやろう」
智様が真面目な声のトーンになった。
智様「蔵前衆というのは、武田の直轄領の代官のことなのだ。つまり武田の蔵を守り、金銀や年貢の徴収を行う役職なのだ」
律「武働きの役職ではないということですね」
智様「もちろん貯蓄品を狙う人などがいれば、その時は戦ってほしいがな」
京四郎「他にも蔵前衆に任じられている人がいるという認識で良いのですか?」
智様「そうだ。商人司の塩や魚を扱う坂田屋。布革や酒を扱う八田。京出身の金座の松木。今のところこの三つの商家だな。」
京四郎「どこも御用商人の家ですね」
智様「そうだ。そして武田に対する忠誠心が評価されることで、ゆくゆくは富士屋に商人司になってもらい、開発事業などにも助力・助言をして欲しかった……」
そこで智様は肩を落とす。
京四郎「い、いや……もちろん手伝わせていただきますよ!」
律「何か問題でもあるんですか?」
智様「じ、実は八田の連中が商人司の変更の願い届けを提議してきたのだ……」
京四郎「まさか、ウチの店が蔵前衆になったから……?」
智様「かもしれん。待っていても商人司の座が回ってこないと思ったのだろう。この事態は勘助も予期していなかったのだ」
律「でもそうしたら、富士屋も商人司になる可能性があるということですか!?」
智様「理屈で言えばな。今の商人司は信虎様から引き継がれた物だ……。変化の時なのかもしれん」
京四郎「商人司は、どうやって決めるんです?」
智様「重臣どもの合議制じゃ。私にも意見を押し通す権限はない」
申し訳なさそうに、智様が口に出す。
智様「どうだ、それでも商人司争いに名乗りをあげるか?」
京四郎「もちろん!」
律「やります!」
チャンスがあるならば、それを逃す手はない。
智様「そう、返事をもらえると思っていた。ありがとう」
まるで見計らったかのようなタイミングで、褐色肌の男が店先に現れた。
?「こちらにおられましたか。探しましたぞ」
智様「勘助、すまない。今、館に戻る」
智様はバタバタと帰り支度を始めて、つなぎ留めてある黒馬の方へ行ってしまった。
律「は、初めまして。あ、アタシ……」
勘助「名乗らずとも結構。松本京四郎殿と山本律殿ですな」
さすが、信玄の軍師。こちらのこともリサーチ済みか。
京四郎「そう言えば、名字が同じだけど関係あるのか?」
律「まあ……珍しい名前じゃないし、アタシの実家は会津とかって聞いたわ。たぶん違うわよ」
勘助「こんな美しい人が親戚にいたら、仕官はもっと楽だっただろうなぁ……」
アタシたちも今川家には落とされたのよね……。
キレイさよりもコネよ、コネ!
勘助「色々と無茶を言われているかもしれないが、智様は二人を信頼されている。しかと頼むぞ」
ペコリと首を垂れて勘助さんも立ち去った。
京四郎はモヤシの一部が無くなっていることに気付いた。
京四郎「あ、あれっ?モヤシ食べたの?」
律「あ~、智様が食べちゃったわよ」
それを聞いて、アイツは急にキメ顔になる。
久々に出るかな、これは。
京四郎「あのモヤシ、《《もやし》》たかったのに~」
律「炒めるならともかく、普通は燃やさないわね……」
京四郎「くっ……」
律「もう少し頑張りましょう」
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[1]モヤシ:意外にも食料品となったのは近代に入ってからで、それまでは医薬品として扱われていた。富山藩では贅沢品として売りさばきが禁止されていた。
お読みいただきありがとうございます。
武田家臣をどれくらいの頻度で増やせるか考え中です。




