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22.本当に美味しいですか?

 シシーとニコがこの塔に来て、十日が経った。


「シシー、私にお料理を教えてくれない?」


 その日の夕方。私はライナー様の目を盗んでシシーのもとを訪ねた。

 シシーが来て以来、お料理は彼女が担当してくれるようになっている。


 食材調達にはニコとライナー様が行くけれど、シシーはライナー様よりも家事に慣れていて、お料理の腕がいい。


「もちろんです! それでは今日の夕食は一緒に作りましょう!」

「よろしくお願いします!」


 シシーとニコが料理や掃除などの家事をやってくれるようになったのはとても助かっているけれど、私も少しは役に立ちたい。


 私だけ、みんなの役に立つようなことは何もしていない。

 ライナー様は〝あなたはもしものときに備えて回復薬を作ってくれている〟と言ってくれるけど、回復薬を作っていると思われている時間のほとんどは、立派な魔女になるための秘薬作りに使っている。


 正直、とても後ろめたい。

 その事実を知っている人はいないし、これからも隠さなければいけないのだけれど……。

 あんなにいい人たちを騙しているみたいで、とても心苦しい。

 だから私も何か実用的に力にならなければ……!!


 そう思った。




「――そうです、野菜はなるべく均等の大きさになるよう切ってください」

「はい……!」

「指は切らないように……そうです、その調子です」

「……はい!」


 シシーの優しく的確な指導のもと、なんとか私も料理らしいことができている。


「そんなに混ぜすぎなくても大丈夫ですよ」

「そうなのね……!」


 回復薬なら簡単に作れるのに。材料をレシピ通りに混ぜて、ちょちょいと魔力を注ぐだけ。

 ……でも、当たり前だけど、薬品作りとお料理は全然違う。


「ちなみにライナー様は薄味がお好みです」

「なるほど……薄味……」

「それから、ああ見えて甘いものもお好きなので、次は一緒にお菓子を作りましょう」

「お菓子!?」

「あ……その顔は、ソアラ様も甘いものがお好きのようですね」

「ええ、大好き! ぜひ作りましょう!!」


 実を言うと、ここに来てからお菓子を食べる機会がなくて少し寂しかった。


 貧乏貴族だった私には甘いお菓子は贅沢品で、もともとそんなに食べる機会はなかったけれど、時々お母様がベリーパイを焼いてくれていた。

 王宮ではお茶の時間になると当たり前のように高級な焼き菓子が用意されていたけれど、がっつくのは下品だと教えられていたし、上品に食べなきゃいけないのが結構大変だったので、満足に食べられた記憶はない。


 でも今は、いつも四人で楽しく食事をしている。

 ライナー様も貴族だと思うけど、テーブルマナーにはうるさくない。

 まぁ、ご本人はとても美しい所作で食事をするから、やっぱり高位な家の生まれだと思うけど。



「――さぁ、できましたね! ライナー様はきっと喜んでくださるわ!」

「そうだといいのだけど……」

「大丈夫です! ソアラ様が一生懸命作ったのですから!」


 シシーにそう言われて、ここへ来たばかりのときに私が食事を作った日のことを思い出す。


 あのときは失敗してしまったというのに、ライナー様は喜んで食べてくれた。

 自分でも美味しくなかったから、たぶん無理をしてくれていたのだと思うけど。


 ……そう考えると、ライナー様は本当に優しい方だわ。

 顔が怖いから、冷たい印象を受けてしまうけど。




「――ライナー様、いかがですか? 本日の夕食は」

「うん? 普通に美味いが?」


 いつものように四人でテーブルを囲って、いつものように料理を口に運ぶライナー様を、私は少し緊張しながら見つめた。

 けれど特に反応を示さないライナー様に、痺れを切らしたようにシシーが問いかけた。


「今日の夕食はいつもと違うと思いませんか?」

「いや? 特に変わらないが……うぐっ」


 不思議そうな顔をしつつ、平然と答えたライナー様だけど、なんだろう……? 今、ライナー様から変な声が聞こえたような……?


「何をする、ニコ!」

「本当だ! 今日の料理はいつもより美味しいですね! どうしてだろう? ね、ライナー様!」

「え? あ、ああ……?」


 ライナー様が隣に座っているニコに何か言ったけど、その声に被せるようにして、ニコがいつも以上の笑顔で大きな声を出した。


「そうですよね! ライナー様もおわかりですか? そう、そうなんです! さすがライナー様! 今日の夕食はソアラ様と一緒に作ったのですよ!」

「なに……?」


 ニコに続くように、シシーもそう声を張ったけど……。

 なんだかニコとシシーが一方的に言っただけのような気がする。


 それでも、目を見開いて改めて料理を口にするライナー様を、私は再び緊張しながらじっと見つめた。


「……美味い……とても、美味い……!」

「……本当ですか?」

「ああ、なんて美味いんだ。これはいくらでも食べられる。おかわりはあるか?」

「ございますよ!」


 さっきはいつもと変わらないって言ってたような気がするけど……。

 でもそのお顔が本当に美味しそうに見えた。珍しく、嬉しそうに少し笑っている。

 だから私も嬉しくなってしまった。


「よかったですね! ソアラ様! ライナー様のために一生懸命作りましたものね!」

「俺のために?」


 満面の笑みでそう言ったシシーに、ライナー様が私に視線を向けた。


「えっと……その、いつもお世話になっているので、少しでも喜んでいただけたらと……」


 ああでも、やっぱりこれくらいのことでは喜んでもらえなかったかしら?

 シシーにも余計な手間をかけさせてしまっただけかもしれないし。


「ありがとう。その気持ちがとても嬉しい。本当にありがとう」

「……いいえ」


 今更そんな不安が頭をよぎったけれど、ライナー様は本当に嬉しそうにそう言って瞳を細めた。だから、私の不安は一瞬にしてどこかへ飛んでいってしまった。


 ライナー様のあんなに嬉しそうな顔は初めて見たわ。

 ライナー様は、あんなに可愛い顔で笑う方なのね――。



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