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箱庭のなかで  作者: 仙崎愁
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第五章 魂

 その後、人工知能の開発に関わる大手の会社に就職した。

私は脳の活動を補助するAIに焦点を当てて研究開発を進める部署に配属されることとなった。



そこで私は端的にいって、ヒトの魂を手に入れることができた。



ヒトの魂。それが個人の内部にのみ存在するものだと思う人も多いだろう。

しかし私はそうは思わない。


よく魂の話をするときに意識の話になるが、意識とは常にゆらぎ、定常的ではない。

それは変化し続け、濃くなったり、薄くなったりする。

例えば人が話しているのにぼーっとしてしまうときや、帰宅するとき、駅からの記憶がはっきりしない、そういうときには意識は薄れている。


さらに、意識とは氷山の一角である、というフロイトの言葉があるように、人間の行動や精神活動は無意識によるところが多い。

コップを掴み口に運ぶとき、


「おや、これはコップだ。私は理解したぞ。よし、それならこのくらい肘を伸ばして距離を合わせ、このくらいの角度で指を曲げてコップを握る。よし、次は肘をこれくらい曲げて口に運んで……おっと、手首も曲げなくては。……」

なんてことを考えている人がいるとは想像できない。

だから行動や精神活動などの生活における活動は、過去の学習や経験、もしくは生得的反応によってほとんど無意識的に規定されるのだと、私は思う。


動物と同じだ。


古典的条件づけやオペラント条件づけといった心理学的、生物学的なものが無意識の中に染み込んでいるからこそ、人間は意識を持つことができるのだ。



魂の話に戻そう。

意識がちっぽけな、出涸らしのようなものだとするならば、魂なんてほんのわずかなものに過ぎないはずだ。

そんなものが私達人間の身を焦がすほどの愛情や、自分の喉笛を掻っ切るような絶望を生み出すとは思えない。


まったく一人でいた場合にそんな激情に囚われることはありえない。

生まれたときから一人だった人間に(もっともそんなことはありえないが)自殺願望は芽生えないと思う。

残念ながらそんなことは現実では起こりえないし、実験することも倫理的に許されないだろう。



だがちっぽけな魂が集まればどうなるか。


複雑系、という言葉がある。

数式で表すことができない複雑な動きも、簡単な行動パターン数種類をプログラムすることにより再現することが可能になる。


例えば魚の群れだ。

三つの単純な動きをプログラムすることによって再現することが可能になる。

近くの魚に近付いていこうとする、近付きすぎたら離れる、同じ方向に泳ぐ、とこの三つだ。


人間だってそうだろう。


人体の科学は進歩しているのに、つまり、一人でのシュミレーティングはできるのに、二人、三人となればシュミレーションすることができなくなる。


他人の影響とはそういうものではないだろうか。


他者から感銘を受けたり、時に気分を害されたり、そういう他人の影響の中で私たちは生きているのだ。


影響から逃れることは誰にもできない。


私は、こうした複雑系の中の自分と他人の中にこそ、魂があるのだと思う。

自分と、自分と関わる全ての人の中に私の魂が存在するのだと思っている。

親密になればなるほどお互いの中の相手の魂は大きくなり、より大きな影響を与えるのだ。



しかし、私にはそれがない。

他人と関わることに恐怖心を抱き、事実ほとんど関わることをやめてしまった私にとっては、自分の持ったほんのちいさな魂しかなかった。

自分の魂をすべて自分で担うしかなかった。


ただでさえ希薄で、存在しているかすら疑うような自分の魂だが、それは私の喉を締め付けるには十分な苦しみを与えた。

小さな意識が、ちっぽけな魂が、私をどれだけ苦しめ悩ませたか、語ってくることができただろうか。

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