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箱庭のなかで  作者: 仙崎愁
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第二章 中学生時代

 中学に入学した私は、すっかり内向的で根暗な人間になってしまった。

以前のような快活さや陽気さは影すら見せず、ただ黙って座っていた。

話しかけられても二、三の言葉を交わす程度で、それも暗い表情と暗い声のトーンで話していた。


人によってはそれが私流の不快感の示し方だと捉え、嫌悪さえする人もいた。

しかし次第に私がこういう人間だということが浸透すると、彼らは私に見向きもしなくなった。


頭の中ではいつも、泣かせた彼の事で霧がかかってしまったようだった。

そのときにはもう後悔というよりはむしろ憎しみの方が強かった。


私の方がもっと多く、そして長い間苦しんできたのに、どうして彼はあれくらいの羞恥心で泣いてしまったのだろうと思考を巡らせていた。

彼も私の道化を見て皆と同じように笑っていたくせに、笑いものにされた途端に泣くのはおかしいだろう、素直に苦しみを享受してきた私が馬鹿みたいではないか、と思った。


しかし、当時は彼の思考が理解できないまま時間が過ぎ、いつしか私は、他人を微塵も理解することができないという錯覚に陥った。

他人は自分と同じように複雑で、合理性も整合性もない生物なのだ、と。



とりわけ、他人の複雑性は私と他人を隔てる壁となった。


同じだけ人生を歩んできて、その人なりの苦悩があり、幸福がある。嫌悪すべきものがあり、愛すべきものがある。

そんなものを私が一から十まで理解できるはずはない、ならば私は他人と関わることをいっそやめてしまおう。

彼のように人を傷つけ幸福を奪ってしまわないように、と帰結したのだ。


さすがにこんな言葉で思考していたわけではないが、おそらく聞き苦しいものなので少し手直しを加えてある。



そんな考えがおおよそ固まった頃に、私は人から遠ざかるようになった。

あんな考えを繰り返ししていたせいで、他人との会話ですら罪を感じるようになった。

また罪を犯してしまわないか、人を苦しめていまわないかと。

そして私は自我に過度の抑制をかけることにより、自らの罪から逃れようとした。

無意識の階層にまで潜り込んでいた私の罪の元凶、その恥ずべき性格を必ずや表出させないために。


意識的にやったにせよ無意識的にやったにせよ、私の唯一の取り柄と呼ぶべき道化を自ら剥奪したために、皆私に魅力を感じなくなったようだった。

当然だ。

誰が仏頂面の道化に魅力を感じるだろうか。

シェイクスピアならあるいは、それを魅力的に、より道化らしく仕上げてくれたのかもしれないが、あいにく私を魅力的な道化に仕立て直してくれる人はいなかった。


そして、皆が自然と私から離れていった。

話しかけてくれる物好きもいくらかいた。


だが彼らは上ずった声で

「なんでそんなに大人しくなっちまったんだ。小学校の頃は、もっと面白いヤツだったじゃないか」

と私の肩を叩いた。


彼らにとっては、過去に犯したあの事件はさほど重要ではなかったのだろう。

しかし、私にとっては性格を捻じ曲げるほどに重要だったのだ。


それを理解してくれない彼らに、私は理不尽ながらも軽蔑や憎しみを抱かずにはいられなかった。


その一部始終に立ち会っていたものもいたのに、どうしてそのことを忘れてしまっているのだ、恨めしいなあ、というわけだ。


しかしそんな思考が一巡したあとに、私は自分の矮小さに自省するばかりだった。


しかもややあってから少々かすれた声で

「いろいろあったんだよ」

と張り付けたような笑顔で返答する私もまた、ひどく腹立たしかった。


しかし一年かそこらが経つと、声をかけてくれる人もかなり減ってしまった。

私が大人になってしまったのだと噂する人もいたが、こんなに抑圧されているのが大人だというのが馬鹿らしかった。


私の中では、大人らしさというものはもっと、余裕と包容力のあるものだというイデアがあった。

しかし今になってみると、大人も対して変わらないということが理解できる。

特に男性は、童心を常に心の中に持ち、それを巧妙に隠しながら生きているものである。




そのときの私には、好意を寄せる同級生がいた。

といっても、それほど激しく恋をしていたわけではなかった。


どんな人だったかはよく覚えていないが、クラス内でも明るく中心的な人だったと思う。

始まりは、彼女が話しかけてくれたことだった。


勉強で教えてほしいことがあると言われ、私は少し嫌悪感を抱きながら丁寧に教えた。

私には弟がいたから、教えることは得意だった。


その雄弁ぶりに彼女は吃驚したのか、感嘆の声を上げながら聞いてくれていた。

その興味深そうな態度が、私には物珍しかった。


教え終わったあと彼女は、今日は楽しかった、また教えてほしいと言って帰っていった。

それだけで終わってしまった。他に個人的な会話は何もなかった。



しかしそのときの彼女の興味津々な態度に惹かれ、私は彼女に注意を払うことが多くなった。

だがこれといって特別な感情を持ったことはなかった。


熱烈な感情はなく、せいぜい他の人よりは心を許すことができた程度だった。


きっかけといえば、よく教室で座っていると周りから彼女ができただとか、誰と誰が付き合っているだのと噂話が聞こえてきていた。

それに影響されてか、私は恋人がほしい、自分を披瀝したいと思うようになった。


今更そんなことをしたって自分が元通りの人間に戻れるわけではないとわかっていたが、ただ一人だけでいいから心を許せる人がほしいと思っていた。


それは今でもそうだ。

複数人に自分をさらけ出すことは恐ろしく、特定の一人にしか自分をあらわにすることができないのだ。




 卒業が近づいてきたとき、周囲は浮き足立った雰囲気になっていた。

それに影響されてか、私も少し浮ついていた。


もう最後だからやり残したことはやっておこうと思っていた。


しかし恋愛に関してはまったくの無知で、どうすればいいのかてんで分からなかった。

彼女の連絡先のアカウントは知っていたが、突然メッセージを送るのも、直接話したのは一度きりだからどうかと思ったし、かといって他の手段も気が進まなかった。


手段を考え煩悶した結果、結局は直接伝えることにした。


たしか放課後、もう日が沈みかけていて金星が見えるくらいの時間だったと思う。

校庭の隅の人目がない場所で、私は無知ゆえの勇気を振り絞り自らの気持ちを伝えた。


今ではもう思い出すことができないが、かなり拙い言葉だったと思う。


彼女は困惑し、どう返答するか思慮を巡らせているような表情を浮かべていた。

すぐに視線は下を向いてしまった。


少しして彼女は言葉を選び終わったようで口を開いた。


「ごめんね。教えてもらったあの日は楽しかったけど、あんまり話したことないしね。

みんな、君のこと怖がったり不思議に思ったりしてたよ。

小学校のときはもっとよく喋る人だったのにって」


私はそのとき、頭に強い打撃を食らったような激しい衝撃を感じた。瞳孔は開き呼吸は早くなっていった。私の脳裏に「罪」の文字が浮かんだ。


「私は小学校違うけど、そのとき優しい人なんだなって思ったわ。

でも君にはもっと相応しい人がいるでしょう。

君が心を許せる人が、いると思うんだ。

君は、私には心を開けなかったんでしょう。なんとなくわかるよ。

私が最初に話しかけたとき、少し怖そうな顔していたもの。

話してるときも、ずっとそうだった。

だから私は君と付き合えないよ。でもありがとう。さようなら」

というのが彼女の言葉だった。

彼女は急ぎ足で帰っていった。


残された私は、地面に根がはったように動けなかった。根がはってもなお、私の感情は暴風に揺らいでいた。



彼女の言葉は私の心に、楔を深く根強く打ち込んだ。


ダメで元々とは思っていたが、まさかこんなことまで言われるとは思っていなかった。

彼女が一番心を許せる相手だから告白したのに、心を許していないと感じ取られてしまったのだ。


本心から心を許してもいいと感じられた人から、本心を見抜かれこの言葉を受けた私は、しばらく他人に心を許すことを考えなくなった。


その後家に帰るまでの間、小学校の頃の私ならどうなっていただろうと思いを巡らせた。

今は抑圧しているこの恥ずべき性を再び表面に表したなら、彼女は振り向いてくれただろうかと。

しかし到底戻れるものではないし、戻りたいとも思えなかった。


あの罪の中に、恥の中に戻るわけにはいかなかった。


畢竟、中学時代には苦い憎しみと無力感が残るのみだった。

そして私は、その感情の残滓と挫折を胸にして中学を卒業した。


彼女のことで私は苦しみ、憂いた。

私はどうすればよかったのだろうと考えた。


おそらく、どうしようもなかったのだろう。


しかし良い経験だったと思う。


彼女にいわれた、相応しい人がいるよという言葉は私に勇気を与えてくれた。


卒業式の日は、ひどい雪に見舞われて、都市部の交通網が麻痺していた。

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