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【連載版】婚約破棄? 責任者をお呼びしますわ 〜スキル《呼び鈴》で大変なことになりました〜  作者: 桜めんと
第5章「空欄が紛れ込んだ王宮で、責任者をお呼びしますわ」
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第47話 白い手袋の女

  

 鈴の音が落ちた。

 次の瞬間、監査室の中央に一人の女性が現れた。


 目元に影を落とす、つばの深い帽子。

 両手には白い手袋。

 片手にはくすんだ革鞄を持っている。


 女性はちょうど手袋を外しかけていたらしい。

 白い布が指先に引っかかったまま、細く伸びていた。


 現れた瞬間、彼女は騒がなかった。

 ただ、監査室の床と並んだ顔を順に見た。


「……私まで届きましたか」


 小さな声で呟いた。

 ミレイユが息を呑む。


「こ、この方です。受付で止められていた白い手袋の方です」


 マルタンも硬い顔で頷いた。


「間違いありません。私が書類を止めた相手です」


 レイベルナは銀の鈴を下ろさず、女性を見据えた。


「お名前を」


 女性は少しだけ間を置いた。


「……リュシアと申します。紙類の配達や届け物の取り次ぎをしております」


「あなたは外門受付所へ書類を持ち込みましたね」


「……はい、持ち込みました。ですが、置けないと言われたので持ち帰りました」


 認めるところまでは早かった。

 レイベルナは、机の上の添え状付き封筒へ視線を落とす。


「その書類は外門受付所で止められた時点で、確認中の扱いになっていました」


 リュシアの目がわずかに細くなった。


「私は自分の持ち込んだ書類を、ただ持ち帰っただけです」


「いいえ。その書類は王宮側の正式な処理に一度乗った書類です。本来なら確認するにせよ、断って返すにせよ、受付で何らかの処理を終えてから外へ出るべきものです」


 レイベルナは静かに続けた。


「あなたはその処理が終わる前に、書類を外へ持ち出した。その責任でここへ呼ばれています」


 リュシアは答えなかった。

 財務卿が猫を撫でる手を止める。


「記録に残る前に引けば終わる。そう思ったのでしょうな」


「……そういう仕事でしたので」


 リュシアの声は低かった。

 セドリック卿がレイベルナの斜め前へ一歩出る。


「その書類はその後、正式な処理を通らず書類棚へ入った」


「私は棚には入れていません」


 リュシアの返事はすぐだった。

 レイベルナは頷く。


「ええ。あなたは直接棚に入れていないのでしょう。けれど、棚へ戻される場所を選んだ」


 リュシアの表情がほんの少しだけ止まった。


「……落としてしまっただけです」


「清掃係の報告では、書類は乱れていませんでした。落ちたものではなく、戻されるように置かれていた」


 財務卿が低く言う。


「直接置かず、誰かが自然に戻すようにしたわけですな」


「ええ。命じない。頼まない。けれど、人がそう動く場所を選ぶ。黒い紙側のやり方に似ています」


 リュシアは黙った。

 その沈黙は知らない者の沈黙ではなかった。

 セドリック卿の目が細くなる。


「あなたは黒い紙側の人間か?」


 リュシアは白い手袋の指先をゆっくり握った。


「私は……紙を運んだだけです。誰が何を考えていたかまでは知りません」


「誰に頼まれた」


「頼まれていません」


「では、誰に命じられた」


「命じられてもいません」


 セドリック卿が一歩詰める。

 リュシアは、少しだけ息を吐いた。


「……王都には名を聞かない仕事があります。受け取る場所に書類と前金、それから短い条件書きが置かれています」


「条件書き?」


「行き先とどう扱うかだけです。差出人名はもちろん、署名も印もありません。命じられたのではなく、受ける者が自分で読んで自分で持っていく形の紙です」


 監査室が静まり返った。

 財務卿が低く唸る。


「命令書も契約書も受領書もない。責任を結ばせず、条件だけが置いてあるわけですな」


「リュシアさん。あなたはそれが普通の仕事ではないと分かっていましたわね」


 リュシアは答えない。


「王宮の書類棚へ、正式な確認を通さず書類を紛れ込ませる仕事だと分かっていたはずです」


「……⋯⋯⋯はい」


 ようやく認めた返事は小さかった。


「ですが、名は聞いていません。顔も見ていません。命令書も、契約書も、受領書も受け取っていません」


「だから、あなたまでは届かないと思っていたのですね」


 リュシアの唇が、わずかに動いたが固まった。

 否定はなかった。

 ラウルが低く言う。


「でも、前金とか報酬があるなら、その金を置いた人を呼べないんすか?」


「お金を置いた方にはもちろん責任がありますわ」


 レイベルナは銀の鈴を握ったまま答えた。


「けれど、今見えているのは場所と合図だけです。誰がそこへお金を置いたのか、誰が受け取りを確かめたのか、まだ具体的な相手に結ばれていません」


 財務卿が重く頷いた。


「今鳴らせば、黒幕ではなく、場所を貸した者や箱を預かった者に届くかもしれませんな」


「はい。ですが、入口は見えました。ほどいていけば、誰かの責任に結ばれるはずですわ」


 リュシアの顔色が変わった。

 財務卿が猫を抱え直して問う。


「リュシア殿。同じ形の仕事を受けたことは?」


 リュシアは答えない。

 だが、その沈黙は長すぎた。


「一度だけでは⋯⋯なかったのですね」


 レイベルナが言うと、リュシアは白い手袋の指先を見下ろした。


「……同じ形の仕事は前にもありました」


 監査室の空気が締まった。


「受け取る場所はいくつもあります。仕事の合図も、残りの報酬を受け取る時の目印も。毎回、条件書きの中にありました」


「その白い手袋は⋯⋯」


 レイベルナが尋ねると、リュシアの視線が指先へ落ちた。


「受け取り場所に、書類と一緒に入っていました。外部業者らしく見せるため、と。⋯⋯あとは残りの報酬を受け取る時の合図だと」


 白い手袋。

 それは変装であり、目印でもあった。

 リュシアは報酬の受け取りにもその手袋を使っていた。

 そして呼ばれた今、彼女はその手袋を外しかけていたところだった。


 レイベルナの視線が、リュシアの革鞄へ落ちる。

 その中に、報酬があるかもしれない。

 何らかの証拠につながる何かが、まだ残っているかもしれない。


 名も顔もない仕事の入口が、もう目の前にある。

 あと少しで、次の責任に手が届くかもしれない。


 そのときだった。


 リュシアの白い手袋に、小さな黒い染みがにじんだ。

  

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― 新着の感想 ―
ただ、文章を書いた紙を置いてくるだけ。それでお金が貰えるから何度もしてきたのですね。慣れた手口になりますよ。 手袋に何やら不穏な気配が?……もしかして「黒い紙」の安全装置的なヤツが?!
>「あなたは黒い紙側の人間か?」 >「私は……紙を運んだだけです。誰が何を考えていたかまでは知りません」 ダウト! 「黒い紙とは何のことでしょう?」 という当然の疑問が挟まれないなら、黒い紙の知識多少…
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