表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【連載版】婚約破棄? 責任者をお呼びしますわ 〜スキル《呼び鈴》で大変なことになりました〜  作者: 桜めんと
第1章「婚約破棄されましたので、責任者をお呼びしますわ」
2/59

第2話 まだ一度しか鳴らしておりませんわ


「……なぜ私は祝宴の中央で寝間着なのだ」


 重い声だった。

 寝間着でも国王は国王だった。


 諸侯が一斉に膝を折る。

 レイベルナも深く礼をした。


「陛下。夜分に失礼いたします」


「レイベルナ嬢か。私は確か……祝宴の挨拶を終えて、執務室で西部砦の報告書を読んでいた」


 国王の視線が王子へ向く。


「エドガル。説明しろ」


「ち、父上、これは、その」


「なぜ私はここにいる」


 レイベルナは静かに答えた。


「殿下がこの場で、私との婚約破棄を宣言なさいました。王家と公爵家の婚約契約における最終承認者は陛下ですので、私のスキルが『責任者』としてお呼びしたものと思われます」


 国王の眉間に深いしわが刻まれた。


「婚約破棄だと」


 王子の喉が鳴った。


「父上、これは私の意思で」


「お前の意思だけで王家の婚約を破棄できると、誰に教わった」


 王子は答えられなかった。

 レイベルナは鈴をそっと持ち直した。


「殿下、落ち着いてくださいませ。まだ一度しか鳴らしておりません」


「な、鳴らすな!」


「では、婚約破棄もおやめになりますか?」


「それとこれは別だ!」


「では、別の責任者を確認いたします」


「やめろと言っている!」


 ――チリン。


 王子の声を追い越すように鈴が鳴った。


 今度は大広間の入口付近に王妃が現れた。


 深紫の夜会着に白い肩掛けをまとい、手にはまだ茶器を持っている。

 茶会の途中だったのだろう。湯気の立つ茶器を持ったまま、王妃は数秒だけ固まった。


「……まあ?」


 国王を見た。

 大広間を見た。

 膝をつく諸侯を見た。

 そして、王子の腕にすがるミレーヌを見た。


 王妃の目からすっと温度が消えた。


「エドガル」


 その声は静かだった。

 静かすぎて、広間の温度が一段下がった気がした。


「あなた、私がお茶を置いてまで来るようなことをしたのですね?」


「母上、これは誤解で……」


「誤解では済みません」


 王妃は茶器を近くの侍女へ渡した。

 侍女は震える手でそれを受け取る。


「レイベルナ嬢。私が呼ばれた理由を」


「王太子妃教育の監督責任者は王妃陛下でいらっしゃいますので」


「ええ。その通りです」


 王妃はゆっくり王子へ向き直った。


「私が長年見てきた婚約者をこの子は公衆の面前で侮辱したのですね」


 ミレーヌの肩がびくりと跳ねた。

 王妃の視線がそちらへ流れる。


「そちらのお嬢さんは?」


「ミレーヌ・モーント子爵令嬢でございます」


「エドガルの腕に触れてよい立場ではありませんね」


 ミレーヌが慌てて手を離した。

 王子は一歩前に出る。


「母上、ミレーヌを責めないでください。彼女は純粋で」


「純粋な方は他人の婚約者の腕にすがりません」


 扇がどこかでぱたりと落ちた。

 ミレーヌの顔が真っ赤になり、すぐ青ざめた。


「もういいだろう」


 王子は苦し紛れに声を上げた。


「父上と母上が来たなら十分だ」


「いいえ。殿下は私がミレーヌ様へ嫌がらせをしたとおっしゃいました。その告発にも責任者が必要です」


「必要ない!」


「ございます。公爵家令嬢への名誉毀損ですので」


 ――チリン。


 次に現れたのは――王子の教育係だった。


 白髪交じりの老学者で片手に分厚い本、もう片手に赤ペンを持っている。

 頬にはインクがつき、寝る前まで答案を直していたらしい。


「な、何ですかな。私は今、採点の途中で――」


 老学者は大広間を見回した。


 寝間着姿の国王。

 静かにこちらを見ている王妃。

 大広間の中央に立つ王子。

 その腕にいたミレーヌ。

 そして、銀の鈴を持つレイベルナ。


 老学者の顔からすっと血の気が引いた。


「……殿下」


「先生、これは違う!」


「違いません」


 老学者は即答した。


「この空気……この立ち位置、そしてこの顔ぶれ。王家の婚約解除手順を無視した時に起きる最悪の例として、私が授業で三度説明した状況そのものです」


 広間がざわめいた。

 老学者はその場で深々と頭を下げた。


「陛下。王妃陛下。申し訳ございません。これは間違いなく、私の教育不足でございます」


 国王が低く言った。


「まだ何も聞いておらん」


「王家の婚約解除手順や王太子権限、国庫予算、私的署名、公的告発の危険性。すべて三年前から教えております。ですが殿下は契約や署名に関する試験で、50点満点中4点でした」


「先生!」


 王子が叫ぶ。

 老学者は悲しそうに首を振った。


「殿下。今の叫び方で礼節点も失いました」


「今ここで採点するな!」


「採点せずに済む段階は婚約破棄を宣言する前に終わっております」


 老学者は分厚い本を抱え直し、王子をまっすぐ見た。


「私は何度も申し上げました。署名は剣より重いのです。婚約も借金保証も、王家の印も決して軽く扱ってよいものではございません」


「借金保証?」


 国王の声がさらに重くなる。

 王子の顔が引きつった。

 レイベルナは鈴を胸の前に持つ。


「その件につきましては財務上の責任者をお呼びした方が早いかと」


「待て、レイベルナ」


 王子の声が裏返った。


「はい」


「待てと言った」


「待っております」


「その鈴を下ろせ!」


「下ろしますと、責任者を呼べません」


「呼ぶなと言っている!」


「では、ミレーヌ様のご実家への支払い保証を殿下がこの場で取り消してくださいますか」


 王子は黙った。

 ミレーヌが彼の袖をつかむ。


「殿下……」


 その沈黙が答えだった。

 レイベルナは鈴を鳴らした。


 ――チリン。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ