第18話 白百合の門
王妃の許可を受け、レイベルナはセドリックとともに王宮を出た。
白百合慈善院は、王宮の北門から馬車で半刻ほどの場所にあった。
王都の大通りから三本ほど外れた先。
石畳は少し欠け、店先の看板も古く、華やかな馬車が何台も通るような道ではない。
その奥に、白い石壁で囲まれた建物が見えた。
門には、名の通り白百合の飾りが彫られている。
何度も磨かれ、雨風にさらされ、それでも大切に残されてきた白百合だった。
「ここが、白百合慈善院ですのね」
「はい」
セドリックは周囲へ視線を走らせた。
「表通りからは少し離れています。支援が止まっても、外からは分かりにくいでしょう」
「だからこそ、帳面だけで済まされては困りますわね」
門をくぐると、小さな中庭に出た。
庭の隅では、子どもたちが古い木箱を机代わりにして、紙に絵を描いていた。
そのうちの一人が、レイベルナに気づいて目を丸くする。
「お客さん?」
「はい。少しだけ、お邪魔しますわ」
レイベルナが膝を少し折って目線を合わせると、女の子は人形を抱いたまま、ぱちぱちと瞬きをした。
「お姉ちゃん、きれい」
「ありがとう」
「人形みたい」
「それは、もう一度ありがとうと言うべきですわね」
「でも、ちょっとこわい」
「ありがとうのすぐ後に、正反対の言葉が来ましたわ」
女の子は人形を抱いたまま、真剣な顔でレイベルナを見つめた。
「お花みたい。きれいで、さわったら怒られそう」
「それは……褒めてくださっているのですよね?」
女の子はこくりと頷いた。
「うん。すごくきれい」
「では、ありがたく受け取りますわ」
近くにいた男の子が、今度はセドリックを見上げた。
「騎士のお兄ちゃん、強い?」
「職務上、弱いとは言えません」
「じゃあ強いんだ!」
「そう受け取っていただいて構いません」
「かっこいい!」
男の子は目を輝かせた。
セドリックは少し困ったように、けれど真面目に頷く。
「ありがとうございます」
レイベルナは思わず口元をゆるめた。
「セドリック卿。子ども相手にも、ずいぶん堅いですわね」
「嘘はつけませんので」
「真面目すぎますわ」
そう言いながらも、レイベルナの胸の奥には小さな温かさが残った。
相手が子どもでも、軽く流さない。
きちんと目を向けて、きちんと答える。
その堅さは少し不器用で、けれどセドリックらしい優しさでもあった。
そのとき、奥の建物から年配の女性が急いで出てきた。
質素な服。
きつく結んだ髪。
疲れた顔をしているが、背筋だけは折れていない。
「申し訳ありません。王宮からの方でしょうか」
「レイベルナ・ファリスです。王妃陛下のご命令で、白百合慈善院への当月分支援について確認に参りました」
「院長のエリナ・ベイルでございます」
挨拶と同時に、深く頭を下げた。
「お待ちしておりました。こちらからは、もう何度も確認をお願いしていたのですが」
「支援物資は届いていないのですね」
「はい。三日前までには届くはずだった大口の支援が止まっています。食料は切り詰めていますが、薬と薪がもう厳しくて」
エリナ院長は手にしていた一枚の写しを、レイベルナへ差し出した。
「ですが、返ってくる答えはいつも同じです。当月分はそちらは受領済みです、と」
レイベルナはその写しを見た。
食料。
薬。
薪。
衣類。
その横には、確かに受領済みと書かれている。
だが、受取場所の欄にはこうあった。
白百合東口保管所。
「エリナ院長。白百合慈善院に、東口はありますか?」
「ありません。門はここ一つだけです」
「では、ここではない場所で、白百合慈善院の支援を受け取った者がいるということですわね」
セドリックの目が鋭くなる。
「名前を似せた別の場所ですか」
「ええ。白百合慈善院ではなく、白百合東口保管所。かなり悪い似せ方ですわ」
エリナ院長の手が、写しの端を強く握った。
「最近は、白百合慈善後援会の方が何度も来るようになりました。支援を受け取れないなら、院の管理を見直すべきだと」
「後援会?」
「はい。寄付者を集めてくださる方々です。以前は助かっていたのですが、最近は……」
エリナ院長が言葉を切ったところで、門の外から馬車の音が近づいてきた。
白い華やかな外套をまとった若い女性が、馬車から降りてくると、供を連れて中庭へ入ってくる。
香水の匂いが、薄い薬湯の匂いに重なった。
女性はレイベルナとセドリックを見るなり、すぐに足を止めた。
エリナ院長の顔がこわばる。
「⋯⋯マルヴィナ様」
その名を聞いた瞬間、エリナ院長の指が写しの端をさらに強く握った。
レイベルナは、白百合の門へ視線を向ける。
支援が届かない理由が、向こうから歩いてきたように見えた。




