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【連載版】婚約破棄? 責任者をお呼びしますわ 〜スキル《呼び鈴》で大変なことになりました〜  作者: 桜めんと
第3章「白百合の門が閉ざされる前に、責任者をお呼びしますわ」
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第19話 偽物の白百合

  

 その華やかな格好の女性は中庭に入るなり、エリナ院長へ向けて優雅に礼をしようとした。


 年齢はレイベルナより少し上くらい。

 淡い栗色の髪をきれいに結い上げ、耳元には小さな真珠が揺れている。白い手袋も外套も汚れ一つなく、この古びた慈善院の中ではひどく浮いて見えた。


 その視線がレイベルナの顔で止まった。

 ほんの一瞬だけ、笑みも言葉も遅れる。


「……ファリス公爵令嬢でいらっしゃいますか」


 レイベルナは静かに礼を返した。


「レイベルナ・ファリスです。王妃陛下の命により、白百合慈善院への支援について確認に参りました」


 セドリックも一歩引いた位置で礼をする。


「近衛騎士のセドリックです。護衛として同行しております」


 女性はすぐに表情を整え、レイベルナとセドリック、そしてエリナ院長の前で改めて礼をした。


「ごきげんよう。白百合慈善後援会のマルヴィナ・ロイスでございます」


 横からエリナ院長が小さく補足する。


「ロイス男爵夫人でいらっしゃいます」


 ――男爵夫人。


 身分で言えば、ファリス公爵家のレイベルナより下にあたる。

 けれど、年齢は上で、すでに社交の場で人を動かす側に立ち慣れているように見えた。


 唇には柔らかな笑みを浮かべているのに、目だけは相手を値踏みするように静かに動く。

 言葉は丁寧だったが、エリナ院長の指は受領済み通知の端を強く握ったままだった。


「こちらの白百合慈善院を少しでも支えられるよう、後援会の者たちと動いておりますの」


「⋯⋯支えている、ですか」


 レイベルナは、エリナ院長が差し出した受領済み通知へ視線を戻した。


 支援物資は白百合慈善院には届いていない。

 けれど、帳面上は受領済みとなっている。

 受取場所は、白百合東口保管所――。


 この慈善院には東口などない。


「マルヴィナ様。白百合東口保管所という場所に、お心当たりはありますか?」


「……東口保管所ですか」


 マルヴィナは一瞬だけ間を置いた。

 だが、すぐに笑みを整える。


「ええ。最近、支援物資の流れを整えるために使われている保管所ですわ。慈善院の門前に荷を積み上げても、エリナ院長がお困りになりますでしょう?」


「エリナ院長は、その保管所に受け取りを頼みましたの?」


「いいえ。私は頼んでおりません」


 エリナ院長の声は小さかったが、はっきりしていた。

 それを受けて、マルヴィナは穏やかに微笑む。


「エリナ院長。すべてをお一人で抱え込む必要はございませんわ。だからこそ、後援会が手配を助けておりますの」


「助けているのですか?」


「もちろんですわ。支援が滞っているように見えてしまえば、寄付者の皆様も心配なさいます。後援会が間に入って、きちんと見せられる形に整える必要がございますのよ」


 きちんと見せられる形。

 その言葉に、エリナ院長の顔が曇った。


「食料や薬も、ですか?」


 レイベルナが問うと、マルヴィナは少し首を傾けた。


「食料や薬は慎重に扱うべきものですの。古い棚に置きっぱなしでは、見栄えもよくありませんでしょう?」


 エリナ院長の手が震えた。


「支援物資は、見栄えのためにあるものではありません」


「ええ、もちろんですわ。ですが、支える側にも印象というものがございます」


 セドリックの目が、静かに細くなった。


「食べ物や薬を必要とする者より、それを見る者の印象が先ということですか」


「近衛騎士様には、慈善の場の整え方はお分かりになりにくいかもしれませんね」


 マルヴィナはセドリックの方を少しも見ずに答える。


「支援物資は見せるためではなく、助けるためのものです」


 レイベルナは思わずセドリックの方を見る。

 少し怒っているように見えた。

 普段感情をあまりあらわにしないため、その姿は珍しかった。


 レイベルナは受領済み通知へ視線を戻した。

 マルヴィナの笑みが、ほんの少し薄くなる。


「ですが、現場には現場の事情がございますの。ファリス公爵令嬢のお立場は重々承知しておりますけれど、慈善活動は書類だけでは回りませんわ」


「では、書類に残っている方に聞きましょう」


 レイベルナは受領済み通知の受領欄を見た。


―――――

 受領担当者

 ラウル・デント

―――――


「このラウルという方は?」


「保管所の荷受け係ですわ。細かな作業を任せております」


「では、確認しましょう」


 レイベルナが右手を開いた。

 銀の鈴が現れる。


 その横で、マルヴィナの顔から色が引いた。

 礼儀正しく整えていた微笑みが、一瞬だけ崩れる。


「……まさか、ここで?」


 近くにいた子どもたちが、ぱっと目を丸くする。


「お姉ちゃん、それなに?」


「呼び鈴ですわ」


「鳴らすの?」


「必要なときは」


「鳴らしたら、おやつ出る?」


「残念ながら、今日は出ませんわ」


「じゃあ、何が出るの?」


「責任者ですわ」


「せきにんしゃ? こわい人?」


 セドリックが真面目な顔で答えた。


「呼ばれた方は、たいてい最初に『ここはどこだ』と言います」


「セドリック卿。子どもに呼ばれた方の傾向を教えないでくださいませ」


「事実ですので」


 エリナ院長が慌てて頭を下げる。


「レイベルナ様、申し訳ありません。この子たちが……」


「いいえ。おやつの話で済むなら、その方がよほど平和ですわ」


 子どもたちはよく分からないまま、銀の鈴をきらきらした目で見つめていた。

 少しだけ中庭の空気がゆるむ。

 マルヴィナは、その隙に口を挟んだ。


「こ、ここは子どもたちのいる場所ですわ。いきなり鈴など鳴らしては、驚かせてしまいます」


「子どもたちのための支援が、どこで止まっているのかを確かめるだけですわ」


 マルヴィナの笑みが、わずかに強ばった。


「お待ちください。それは、現場の細かな手続きで――」


「その手続きで支援が止まっているのですか?」


「そ、そういう意味ではございません」


「では、確認しても問題ありませんわね」


 マルヴィナが口を開きかけた。

 その声より早く、銀の音が中庭に落ちた。


 ――チリン。



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