第16話 囚人の責任
――チリン。
銀の音が落ちた直後、監査室の床に男が現れた。
囚人服。
手首の鉄枷。
足首をつなぐ短い鎖。
そして、青ざめた顔。
すでに爵位は剥奪されているモーントがそこにいた。
「な、なぜいきなり!?」
床に膝をついたまま、モーントは周囲を見回した。
王妃、財務卿、リゼット。
片頬だけ髭の残ったバルナード。
丸いパンを握りしめたトマス、薬瓶を抱えたミラ。
前に立つセドリック。
そして、銀の鈴を持つレイベルナ。
モーントの顔が引きつった。
「また、お前かぁあ……!?」
「はい。レイベルナ・ファリスでございます」
「私はもう牢にいるのだぞ! ……まさか、拘留を解いてくれるということか!?」
「いいえ。もっと悪いです」
レイベルナは静かに答えた。
「拘留は解けておりません。身柄の扱いは牢のまま、『責任』だけが王妃陛下の御前へ呼ばれました」
財務卿が猫を抱え直す。
「逃げるどころか、一番逃げにくい場所ですな」
「財務卿。王妃陛下の御前を、逃げにくい場所扱いしないでくださいませ」
セドリックが一歩出る。
「この後、私がお前を牢へ戻します」
「では本当に、責任だけが増えたではないか!」
「はい。そこを確認するためにお呼びしました」
モーントの声が裏返った。
レイベルナは手配保証書へ目を向ける。
「白百合慈善院への支援物資の代金を受け取った責任は、牢にいても消えませんわ」
財務卿が手配保証書を示した。
「帳面上、白百合慈善院への当月分支援は、すでにモーント商会を通して手配済みのようですな」
「そ、そんな支援など知らん! 私は子どもたちの薬など知らんぞ!」
「薬、ですか」
財務卿が猫を撫でる手を止めた。
「まだ品目も金額も申し上げておりませんが、話が早いですな」
モーントの口が、ぴたりと止まった。
王妃が静かに問う。
「私の基金の名を使い、子どもたちへの支援を受け取ったのですか」
「王妃陛下、誤解です! 私はただ、商会の口座を貸しただけで――」
「口座を貸した?」
レイベルナが聞き返す。
「つまり、使われることはご存じだったのですね」
「な、中身までは知らん!」
「何のお金か知らずに、商会の口座だけ貸したのですか?」
「そこまでは知らん!」
「便利な無知ですわね」
モーントの額に汗が浮かんだ。
リゼットが手配保証書の二行目を押さえる。
「この文書では、帳面上、食料や薬などの手配代がモーント商会へ渡ったことになっています」
「私は知らん! バルナードが、文書は通ると言っただけで――」
「――それ以上は! 私は言っておらん!」
バルナードが叫ぶ。
だが、遅かった。
「責任まで、しっかりつながりましたわ」
レイベルナは静かに言った。
「偽の手配保証書を通した方。そして、支援物資の代金を受け取る口座を用意した方」
財務卿が低く続ける。
「分かりやすい流れですな。国庫にも慈善院にも、まったく優しくありませんが」
モーントは床の上で後ずさろうとした。
セドリックがすぐに視線を向ける。
「そのままで。動かないでください」
「私は囚人だぞ!」
「囚人であることを誇るように言われましても」
「誇ってはおらん! 逃げられるわけがないのだ!」
「では、静かに座っていてください」
王妃は手配保証書を見下ろした。
「王妃基金の名を使い、慈善院への支援に見せかけて金を流す。許されるものではありません」
バルナードの顔から血の気が引いた。
「私は……命じられただけで……」
「脅されていたのですか? もしそうであったとしても、なかったとしても命じられたことを実行した責任は残りますわ」
「っ……!」
バルナードは言葉に詰まって顔を歪めると、そのまま俯いた。
それを見たトマスの手の中で、丸いパンがさらに潰れた。
財務卿がちらりと見る。
「トマス殿。そのパン、そろそろ別の食べ物になっておりますぞ」
「終わったらちゃんと食べます!」
「では、パンの原形が残っているうちに、早めに終わらせたいところですな」
「財務卿」
「失礼しました」
王妃は保証書の文書を眺めたまま言う。
「この偽の手配保証書で止まった可能性のある支援を、正規の手配に戻します。すでに流れた分があれば、それも追わせます」
そこで、王妃はレイベルナへ視線を移した。
「レイベルナ嬢。正式な辞令は後ほど出します。国王の裁可とファリス公爵家への通達が必要ですから」
「はい」
「正式な形は後ほど整えますが、今この場ではあなたを監査室付の特別顧問として動かします。この件の責任を調べ、証拠を記録し、守る者が必要です」
「承知いたしました」
セドリックが手配した部下の近衛騎士たちが、バルナードとモーントを連れていった。
モーントは鉄枷を鳴らしながら、何度も床を振り返る。
「牢に戻すなら最初から呼ぶな!」
「呼ばれた理由を忘れるのが早すぎますなぁ」
財務卿の言葉に、レイベルナが静かに返した。
「責任を忘れたまま牢に戻るなら、またそれを呼び戻して問うだけですわ」
モーントの顔がさらに青くなった。
バルナードの片頬にだけ残った髭も、最後まで情けなく揺れていた。




