挿話 仕組みを作る側の人間
編集部の空気は、いつもと同じだった。
紙の音。
ペンの走る音。
短いやり取り。
だが、その中で一人だけ、明らかに手が止まっている人間がいた。
中村宏太だった。
目の前にあるのは、例の投稿者の原稿。
ここ最近、毎回目を通しているもの。
だが――
「……変わったな」
小さく呟く。
それは、これまでの“良くなっている”というレベルではない。
明確に段階が変わっている。
紙の上の文章を、もう一度最初から読む。
短い。
無駄がない。
そして、明確に“結果”を語っている。
「迷わないと、速い」
最後の一文。
そこに至るまでの流れ。
「……完全に理解してるな」
そう思う。
書き方ではない。
構造。
それを、理解した上で書いている。
ここまでは、まだ想定内だった。
継続している。
修正している。
変化させている。
それは珍しいが、存在する。
だが、今回の問題はそこではない。
机の端に置かれた資料を手に取る。
別の編集者が持ってきたものだ。
「これ、ちょっと見てください」
そう言われて渡された紙。
コピーされた投稿。
だが、それは投稿されたものではない。
“別の場所で使われている形”だった。
「……これ、どこから?」
「読者の子供の学校です」
「学校?」
「ええ。作文の指導で使われてるみたいです」
中村は無言で紙を見る。
内容は、投稿そのものではない。
だが、明らかに元は同じ。
削られている。
整理されている。
そして――
「……回る形になってる」
思わずそう呟く。
これはただの文章ではない。
“使うための形”だ。
さらに別の紙を渡される。
「これも」
見る。
今度は別バージョン。
少しだけ違う。
だが、共通点がある。
・短い
・判断できる
・迷わない
「……増えてるな」
中村は低く言う。
「はい」
「しかも、全部似てる」
「元が同じなんでしょうね」
「いや」
中村は首を横に振る。
「似せてるんじゃない。揃ってる」
その違いは大きい。
ただの模倣ではない。
“基準がある”状態だ。
「……どう思います?」
隣の編集者が聞く。
中村は少しだけ考えてから答える。
「これ、本人がやってます」
「え?」
「ただ書いてるだけじゃない。回してる」
そう断言する。
「根拠は?」
「ズレ方が同じじゃない」
中村は紙を指で叩く。
「普通はバラバラにズレる。これは違う」
「……確かに」
「同じ方向にズレてる。つまり、元が管理されてる」
それが意味するもの。
「……仕組みですね」
「そう」
短く答える。
そこへ、足音が近づく。
遠藤梁だった。
「騒がしいな」
低い声。
中村は何も言わず、紙を差し出す。
遠藤は受け取り、目を通す。
数秒。
もう一枚。
さらにもう一枚。
そして――
「……何だこれ」
珍しく、明確な反応だった。
「読者投稿のやつです」
「いや、それはわかる」
遠藤は紙を机に置く。
「これは何だって聞いてる」
その問いの意味は明確だ。
“何をやっている人間か”
中村は答える。
「仕組み作ってます」
「……あ?」
遠藤の眉がわずかに動く。
「文章じゃないのか?」
「文章です。でも、それを回してる」
「説明しろ」
短く命じる。
中村は簡潔に話す。
・投稿がある
・それが簡略化される
・基準ができる
・コピーされる
・ズレる
・修正される
・また広がる
その流れ。
遠藤は黙って聞いている。
途中で一度も口を挟まない。
話し終わる。
数秒の沈黙。
「……マジか」
低く呟く。
それは否定ではない。
理解したときの反応だ。
「はい」
中村は短く答える。
遠藤はもう一度紙を見る。
今度は、文章ではなく構造として。
「……これ、一人でやってんのか?」
「おそらく」
「何歳だ」
「十です」
一瞬、空気が止まる。
「……ふざけてるな」
だが、その声に笑いはない。
完全に本気だ。
「これ、どこまで行ってる」
「クラスは超えてます」
「学校内か?」
「複数クラスです」
遠藤は机に指を当てる。
トン、と小さく音がする。
「……広がってるな」
「はい」
「しかも、止まってない」
「止まらない構造です」
その言葉に、遠藤はわずかに笑った。
「お前、わかってんな」
「見てますから」
短いやり取り。
だが、温度は明らかに変わっていた。
遠藤は背もたれに寄りかかる。
天井を見る。
数秒。
「……これ、どう見る」
問い。
だが、確認ではない。
判断を求めている。
中村は迷わず答える。
「取りに行けます」
「……ほう」
「書ける人間じゃないです」
「じゃあ何だ」
「作れる人間です」
その一言で、空気が変わる。
遠藤の目が細くなる。
「作れる、か」
「はい」
中村は続ける。
「文章を書けるやつは多い。でもこれは違う」
「何が違う」
「回る形にしてる」
それがすべてだった。
書いて終わりではない。
使われる前提。
広がる前提。
修正される前提。
「……確かにな」
遠藤は低く言う。
「これは書き手じゃねえな」
その認識が一致する。
「で」
遠藤が前に体を乗り出す。
「取りに行くか」
その一言。
ついに来た。
中村は一瞬だけ考える。
ここで間違えると、崩れる。
「……まだです」
そう答える。
遠藤は何も言わない。
「理由は」
「完成してないからです」
「何が」
「外で回したときの挙動」
中村は説明する。
「今は小さい範囲です。学校内」
「だから?」
「ここでは成立する。でも外では崩れる可能性がある」
遠藤は黙る。
「そこを見るべきです」
中村は続ける。
「このまま広がるか。止まるか」
「……試させるってことか」
「はい」
遠藤は数秒考える。
その間、誰も口を開かない。
「……いい」
短く言う。
「触るな」
「はい」
「ただし」
視線が鋭くなる。
「絶対に見失うな」
その言葉は重い。
「はい」
中村は即答する。
遠藤は立ち上がる。
そのまま歩き出す。
数歩進んで、止まる。
「中村」
「はい」
振り返らずに言う。
「これは当たりだ」
その一言。
それだけで十分だった。
足音が遠ざかる。
静寂が戻る。
中村は机の上の紙を見る。
投稿。
コピー。
構造。
(……ここまで来たか)
そう思う。
最初は、ただの違和感だった。
少し違う投稿。
それが、ここまで来た。
「……次だな」
小さく呟く。
ここから先。
外に出る。
広がる。
そして――
本当に通用するか。
そこが勝負だ。
ペンを手に取る。
次の原稿に目を落とす。
仕事は続く。
だが、頭の一部はずっとそこにある。
一人の少年。
まだ会っていない。
だが――
確実に、こちら側に来る。
その確信があった。
仕組みを作る人間は、必ず上に来る。
それが、この世界のルールだからだ。
私の2作目
「神様転生したはずが赤ん坊の自分に転生していた件」
この作品は一言で言うと神様に笑われた男が世界を笑えなくするです。(自分でも導入で笑ってしまいました)
良かったらどうぞよろしくお願いします
感想や評価をお願いします
体調不良のため明日はお休みします




