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第133話:変わり始めた街は、もう昔の流れには戻らない

梅雨。


昭和五十六年。


朝。


雨音。


屋根を叩く水の音が、静かに部屋へ響いている。


畳の湿った匂い。


味噌汁の湯気。


居間ではテレビが小さく流れていた。


「大型ショッピングセンター建設予定――」


ニュースキャスターの声。


(増えたな)


恒一は新聞をめくる。


地方欄。


郊外型店舗。

幹線道路整備。

住宅地拡張。


以前より、“駅前以外”の記事が増えている。


母が呆れたように言う。


「中学生になってから余計に新聞読むようになったわね」


「面白いから」


短く返す。


机の上。


大学ノート。


地図。


ロードサイド開発資料。


第一都市。


第二都市。


第三都市。


さらに工場都市。


以前より分類が増えている。


・駅前回遊型

・郊外流出型

・幹線道路吸収型


(だいぶ整理できてきた)


地方ごとに崩れ方が違う。


だが、“流れ”には共通点がある。


学校へ向かう。


雨の通学路。


以前は朝に人がいた乾物屋。


今日は車が何台か素通りしていく。


駅前より、道路沿いへ人が流れ始めている。


(速いな)


昭和五十六年。


まだ地方の人間は“駅前が消える”なんて思っていない。


だが、流れはもう変わり始めている。


教室。


「おはよう」


「おはよう」


クラスにも慣れてきた。


中学校の空気。


教師。


部活。


小学校より、少しだけ世界が広い。


昼休み。


男子が騒いでいる。


「駅前の本屋また潰れるらしい」


「マジ?」


「郊外のデカい店できたからだって」


(始まったな)


子供でも分かるくらいには、変化が見え始めている。


だが。


第一都市だけは違った。


放課後。


恒一は第一都市へ向かう。


雨の駅前。


以前なら人が消えていた時間。


だが今日は違う。


喫茶店に客がいる。


惣菜屋にも灯り。


入口側には傘を差した人の流れ。


(定着してきた)


まだ完璧ではない。


だが、“戻る流れ”が出来始めている。


会館へ向かう。


中へ入る。


湿った煙草の匂い。


商工会。


地主。


地方銀行。


見慣れた顔。


会長が笑う。


「最近、駅前見に来る奴増えたぞ」


「どこも“なんで戻ったんだ”って聞いてくる」


(当然だ)


普通は戻らない。


だから異常。


銀行の男が資料を広げる。


「最近、ロードサイド店の出店速度が上がってます」


地図。


幹線道路。


大型駐車場予定地。


全部繋がっている。


(来てるな)


本格的に。


地方の車社会化が。


第二都市の男がため息を吐く。


「駅前だけ守ってもダメかもしれんな」


(その通り)


未来では、それで大量に失敗する。


“駅前だけ直す”。


それでは止まらない。


「流れ変わってる」


恒一が言う。


「駅前だけじゃ弱い」


会館が静かになる。


銀行の男が頷く。


「……やっぱりそうですか」


「人の生活そのものが変わり始めてる」


(見え始めたか)


以前より理解が早い。


会長が煙草を灰皿へ押し付ける。


「最近、郊外店の駐車場見てると怖くなるぞ」


「土日は人全部持ってかれる」


(まだ序盤だけどな)


本当に恐ろしいのは数年後。


だが、今ならまだ調整できる。


第三都市の男が地図を指差す。


「港町側も、最近は車前提の流れになってきてる」


(やっぱりか)


港。


工場。


道路。


全部繋がる。


地方都市は、少しずつ“車中心”へ変わっている。


その時。


地方銀行の男が、少し低い声で言った。


「最近、本部が“郊外開発”に興味持ち始めてます」


(早い)


だが自然だ。


銀行は流れに敏感だ。


人が動く場所へ、金も動く。


「ただ」


男が続ける。


「駅前再生も捨てたくないらしい」


(当然だ)


まだ駅前は死んでいない。


今なら、まだ間に合う。


夕方。


雨が少し弱くなる。


恒一は駅前を歩く。


昔ながらの商店。


新しく出来た喫茶店。


その奥では閉まったままの店。


全部が混ざっている。


(これが現実だ)


復活だけじゃない。


衰退も続いている。


だから見続ける必要がある。


夜。


家に帰る。


制服を脱ぐ。


机へ向かう。


ノートを開く。


新しいページ。


・昭和56年梅雨

・ロードサイド加速

・駅前二極化開始

・車中心導線化


さらに下。


・駅前単独再生は危険


書き足していく。


(次の段階だな)


未来では。


地方はもっと車中心になる。


大型店。


幹線道路。


郊外住宅。


全部加速する。


だから、“駅前だけ”では守れない。


流れそのものを変える必要がある。


布団へ入る。


雨音。


静かな夜。


目を閉じる。


第一都市。


第二都市。


第三都市。


さらに工場都市。


全部浮かぶ。


変わり始めている。


少しずつ。


だが確実に。


そして恒一だけが知っている。


この静かな変化が、数年後、日本の景色そのものを変えてしまうことを。

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