死神の約束【3】
どのくらいの時間歩いただろう。辺りはすっかり暗くなり、小春の足は棒のようになっていた。
「すまないねぇ。こんな森の奥まで着いてきてもらってぇ。もう少しで僕の家に着くからねぇ」
男が振り向き様にそう言った。それから10分も経たずに古びた洋館の様な建物が現れた。
小春は玄関にたどり着くなりその場で寝てしまった。
目が覚めると知らない天井だ。小春はゆっくり辺りを見回す。
豪勢な部屋だ。昔話に出てくるお姫様の部屋の様だった。
部屋を見ていると扉にノックがかかる。そちらに顔を向けるとそこにはあの男がいた。
「カラは?」
「クックック。隣の部屋で寝ているよぉ。クックッあいつはほんとに愛されてるなぁ。嫉妬してしまいそうだぁ。クックッ」
男は小馬鹿にする様にそう言いうと小春を隣の部屋に招いた。そこには寝ているカラの姿があった。
初めて見るカラの寝顔は、思った以上に子供っぽくて小春は自分を恥じた。
『約束、自分から提案したのに…………カラは私のことたくさん知ろうとしてくれてたのに私はカラの事知ろうとしてなかった』
頭の中にそんなことがよぎったからだ。何も言えずに黙っていると、男は小春に近づいて言った。
「過去を恥じるのは別に悪いことじゃないよぉ?でもねぇ……お嬢さんが《今》すべきことはそんな事じゃあないと僕は思うねぇ。クックック」
そう笑うと男は部屋を後にした。小春は男の言葉の意味を考えて何かを思いつくとベットの横に置いてあった椅子に座った。
小春はカラの手を握るとそっと離して部屋を出た。小春は男の後を追った。
あれから小春は、男の手伝いをした。カラは一向に目覚めない。それでも小春は必死に看病した。
気づけば小春が男の家に来てからもう一週間が経っていた。
小春は今日も目が覚めるとカラの部屋に行く。部屋に入るなり、カラの横にある椅子に座る。
いつもの様にそっとカラの手を握る。すると、カラの手がピクッと動いた。小春はカラに「カラっ! カラ起きたの?! ねぇ?」と必死で問いかける。
カラの瞼はピクッと動きゆっくりと開いた。
「ん、んぅ……んぁ? …………こ、こは?」
「カラっ!」
カラは小春を見つめた。小春の瞳からは雫が流れ落ちていた。
「こ……はる?」
カラは寝起きの目を擦って優しく微笑んだ。小春は勢いよくカラの胸元に飛び込んだ。
「心配……したんだから!」
「痛っっっ!!」
「あ、ごめん…………」
小春はカラから離れてまた座った。
「でも、ほんとに心配したんだから!」
「うん、ごめんな……」
そう言ってからカラは少し考えてまた口を開く。
「た、ただいま…………!」
小春はゆっくりと笑って答えた。
「おかえり!」
男は静かに見つめる。
視線の先には血だらけの親友とそれを見て絶句する少女の姿があった。
『あーあ、アイツまた無茶しやがったなぁ? 一体、誰が治療すると思ってんだか…………あれ? あのお嬢さんは誰だろう? アイツが死神だって分からないのかぁ? うぅん? まぁいいやぁ。どぉしよっかなぁ? あのお嬢さんに姿を見られるのは厄介だよなぁ。でもアイツの名前呼んでるし知り合いなんだろぉなぁ。何かあってもアイツにどぉにかして貰えばいいっかぁ』
男は泣いてる少女に近寄って声を掛けた。
男はいつものようにカラの部屋に入ろうとすると小春がカラの名前を呼ぶ声が聞こえた。
『おやぁ?カラが起きたのかなぁ?』
男は音を殺して部屋に入った。カラも小春も話していて気づかない。
男は最初はウッキウキで話を聞いていたが段々と話を聞いているのも退屈になっていく。
小春が泣き笑いのような声でゆっくりと「おかえり」と言った後に男は口を開く。
「そろそろイチャイチャするのお終いでいいかぁい? クックッ」
2人が振り向き真っ赤になる。カラが口を開いた。
「おい! いたなら声かけろよっ!」
「クックックッそんなに恥ずかしいならイチャイチャしないでおくれよぉ。嫉妬してしまうじゃないかぁ。クッックヒャックックヒャヒャッ」
男は爆笑する。少しすると男はまた口を開いた。
「クックッヒャッヒャッいやぁ、笑った笑ったぁ。ここまで笑うのはいつぶりだろぅ? クヒャッそれにしても、真面目で人と関わろうとしないあのカラがこんなにも仲良くするなんてお嬢さんは凄いねぇ。一体どんな手を使ったんだぁ?」
男は不適な笑みで小春に問う。するとカラが男を睨んで言った。
「小春は何もしてない。死神の俺に迫害せずに人間と同じように接してくれただけだ」
それを聞くと男はまた笑い出した。
「お前にそこまで言わせるとは、なかなかなお嬢さんだぁ。クックッ」
そんな会話を交わしてると小春の頭にふと疑問が浮かんだ。
「そういえば……私あなたの名前知らない…………」
男はキョトンとしてからまた笑う。
「クックッ死神になってから初めてだよぉ。人間に名前なんて聞かれるのはぁ。確かに名乗っていなかったねぇ」
男は姿勢を直して小春に向き直ると一礼した。
「僕はルカス・オルガフ。死神専門の医者だよぉ。死神の回収時に時々戦うから戦闘はできるけど、争いは嫌いだからねぇ。比較的遠方支援が多いかなぁ? 改めて、よろしくねぇ。お嬢さん」
そう言うとルカスは小春の手の甲にキスをした。小春が唖然としているとカラが小春の手の甲を拭う。ルカスはその様子を見てまた笑った。
カラが起きてから二週間が経った。カラはもうすっかり元気になっていた。
ルカスから聞いた話によると小春が入院している病院には小春は親戚の家で引き取られたことになっているらしい。
ルカスが「いっそここで暮らせばいいんじゃないかい? そしたらカラといる時間はもっと増えるし機材はあるから君の治療だってできるよぉ?」と提案してきたので小春はその意見を呑んだのだ。
小春的には、カラと居れるのは嬉しいし、病院での陰口も多少は減ったが無いわけではでは無いので、それから逃れられるのは嬉しいことだった。
カラは少し雰囲気が変わった。カッコつけていないと言うのか、吹っ切れたと言うのか。とにかく子供っぽくなった。
普段は変わらないが端々に見せる行動や、ルカスに対しての反応がなんとも幼さを感じさせる。
コレが本当のカラなのだと思うと小春は嬉しくなる。
「カラ、もう身体は大丈夫なの?」
小春が聞くとカラは小春の頭をポンポンと軽く叩いてから優しく微笑んだ。
「あぁ、もう大丈夫だ。心配してくれてありがとな」
ルカスはその光景を見てフッと静かに安堵するような笑みを溢した。
『流石に、カラのあんな幸せそうな顔は見たことがないねぇ…………。今だけはそっとしておいてやるかぁ。さてと……それより今、気になるのは………………』
ルカスはその場を音を立てずに離れて外に出る。
そしてゆっくりと上を見上げるとそこには白い翼を持ち、純白のチョーカーを付けた全身真っ白の少年がいた。
ルカスの顔にはいつもの不敵な笑みはなかった。ルカスは少年に真顔で聞く。
「何のようだい? 天使が自ら死神の領域に入るとは珍しいじゃないかぁ。それに君のような大天使ともなれば尚更だよぉ。ガブ、いつもの下っ端はどうしたぁ?」
ガブは笑って答えた。
「いやぁ、アイツらが死神に《天使の噛み跡》を付けたとか言ってたから見に来てみりゃさぁ、もう驚いたよ! 流石だね! ルカスは人間時代から腕が鈍っていないやぁ! いや……? もしかすると上がったまであるぞ? 噛み跡自体珍しいのに良くあんな元気になったなぁ!」
そう、ガブは楽しそうに話した後にゆっくり遠くを見てまた話し始めた。
「それにあの死神くん凄いねぇ…………下っ端つっても弱いわけじゃないんだぜ? 普通はアイツら一体に死神が三人だろ? なのにさぁ一人で三十六体も殺しやがったぞ? 流石、お前が気にいるわけだぁ……良いなぁ。欲しいなぁ! バラバラに解剖して何が他の死神と違うのか調べ尽くしたい……!」
そう語るガブの顔は興奮に満ちていた。
「本当に君は気色悪いねぇ。見てるこっちが胸糞悪いよぉ」
ルカスは冷たく吐き捨てた。そしてまた、言葉を続ける。
「後、カラはお前なんかには渡さないよぉ。お前なんかに渡すには勿体なさ過ぎるからねぇ。というか、さっさと帰ってくれないかなぁ。僕は、なるべく戦闘は避けたいんだぁ。……それに大天使なんかとやり合ったらこちらも無傷とはいかないからねぇ」
その言葉を聞くとガブは笑いながら言う。
「ははっ! お前がそれを言うのか! お前だって俺らの下っ端の死体回収して解剖してんじゃん! 何が違うんだよぉ〜! ってか、下っ端天使相手じゃ無傷で勝てるってか! やっぱり強いんだなぁ。ハァ……まぁ良いや! 僕も今日は争うために来たわけではないから帰るね!」
そう言うとガブはルカスに背を向けるそして何かを思い出したかのように振り向きルカスに告げる。
「でも、君とはまたいつかやり合う事になると思うよ? その時は是非、お互い本気でやり合おうね! バイバァーイ」
ガブはルカスに手を振ると呟いた。
「Στον Παράδεισο」
その瞬間、ガブのチョーカーが眩い光を放ちガブは光の中に消えていった。
ルカスはガブが居なくなるとふぅとため息を吐いた。そして部屋に戻ろうと玄関を振り向くとそこにはカラがいた。
『うわぁ見られてたかぁ? めんどくさい事になったなぁ。ガブのことどう説明しようかなぁ』
そんなことをルカスが考えているとカラが口を開いた。
「今のは何だ? アイツは誰だ? 天使……のように見えたんだが、見間違いか?」
ルカスは少し困ったような表情を浮かべてから口を開く。
「わかったよぉアイツのこと話すから取り敢えず中入ろうかぁ。そろそろ外も暑くなってきたみたいだからさぁ。ねぇ?」
そう言いながらルカスはカラに室内に入るよう促した。
ルカスの書斎に着くとカラはソファの上にどかっと座る。先に口を開いたのはルカスだった。
「あれぇ? お嬢さんは?」
「部屋で寝ている。たくさん心配かけたからな、疲れているんだろう。爆睡だよ」
「改めて聞く。さっきのは何だ。あの少年は天使…………だよな? 何であんなに親しそうだったんだ? それにお前の生前の頃の話までしてたけどどんな関係だ?」
ルカスはわざとらしく首を竦めて見せた。
「そう捲し立てないでおくれよぉ。僕は逃げたりしないからさぁ」
カラは表情ひとつ変えずにルカスを見つめる。ルカスはやれやれと首を振り、話し始めた。
「アイツは大天使ガブリエルだよぉ。僕とガブは生前からの知り合いでねぇ。ただ、仲がいいわけじゃないから親しげだなんて言わないでおくれ。吐き気がする…………ガブは、天使の噛み跡なんて珍しいからあわよくば解剖できないかと見物にきたそうだよぉ? クックックッ」
言い終わるとルカスは「これで答えになったかい?」と首を傾げる。
カラはため息を吐いた。
「何を隠しているんだ?」
カラが聞くとルカスは一瞬表情を曇らせまた元の笑みに戻る。
「………………何のことかなぁ?」
ルカスは首を傾げる。
「話す気は無いようだな。何を隠してるかは知らないが…………もし、小春を傷つけるようなことだったら殺す」
カラはルカスのことを睨んだ。
「おぉ、おっかないねぇ」
ルカスがおどけて見せるとカラは何も言わずに部屋から出ていった。
『あーあ、怒らせちゃったかなぁ。でも…………僕にも言いたくない事の一つや二つはあるんでねぇ。今はまだ、言えないんだ。今は、ね。』
さっきまでカラと話していたはずだがいつの間にか寝てしまっていたようだ。
小春は起き上がる。隣には仏頂面のカラが座っている。小春はカラが何に怒っているのかわからない。
ただカラが自分の前で素顔でいてくれるのが嬉しい。今までだったら嬉しい時は表情を変えてくれたが、不機嫌な時はずっと無表情だった。最初の頃は嬉しくても無表情だった。
小春はカラが心が開いてくれている事に嬉しさを覚える。
「カラ、どうしたの? 眉間の皺凄いよ?」
小春が聞くとカラは苦しげな笑みを浮かべて答えた。
「あ、あぁ、大丈夫だ。問題ない。小春は何にも心配しなくていいよ。」
『カラ……無理やり笑ってる…………。やっぱり私がいたらカラも大変なのかなぁ。私じゃカラの役に立てないのかなぁ』
そんな事を考えているうちに小春の目には涙が浮かんできていた。
「こ、小春?! な、なんで……?」
カラは小春を見て驚いていた。
だが、カラも今にも泣きそうな顔をしている。
カラは今にも泣き出しそうな震えた声で小春に縋る。
「小春、お願いだから泣かないで…………俺なんかしちゃった? 謝るから泣かないで。小春? 何で泣いてるの? 教えて………………」
小春の涙を拭うカラの手が暖かくて、優しくて、カラの声が子供っぽくて、守りたくなった。
小春はそっとカラを抱いて静かに頭を撫でた。
「カラ、大丈夫だよ。何でもない。だから、カラも泣かないで……? カラ、私ってそんなに頼りないかなぁ。もっと私を頼って欲しい。全部一人で抱えないで欲しい。何があったの? 教えて…………カラ……」
カラはゆっくりと顔を上げると小さく「ありがとう」と言い、話し始めた。
カラは一通り説明し終わると息を吐き、そっと話し始めた。
「俺はルカスを信用して、信頼していた。俺はルカスを……親友だと思っていたんだ…………だけど、ルカスは違ったのかもな……」
小春は首を傾げる。
「違ったって? どうしてそう思ったの?」
「ルカスは俺と話している時より、あの天使と話している時の方がずっと素の表情をしてたし……言葉も砕けてたから。少なくとも、あの天使はルカスにとって俺より内面を晒してる相手って事だろ…………?」
そう呟くカラの表情は宝物を奪われた子供のようなとても幼い顔だった。
その顔を見て小春は思わず失笑してしまう。
「おい。何がおかしい」
カラがむすっとしたまま効いてくる。小春はくすくすと笑いながら答えた。
「いやぁ? カラがあまりにも子供っぽく見えたからかなぁ? ふふっそんな心配する事ないと思うよ?」
カラは小春の返答を聞くなり首を傾げる。
「何で心配要らないんだ? どういう意味が説明しろ。」
「そんな事本人じゃなきゃ推測しかできないじゃん。今度聞いてみれば?」
「はぁ、わったよ。今度自分で聞いてみる。お前に効いたのが間違いだったわ。あーあ、ついさっきまで感動モードだったのが嘘みたいだな。」
カラがニっと笑うと小春もつられてくすくす笑う。
ふと、扉が静かに閉じた。
『平和だねぇ。』
どうもどうも!こんばんにちは!(こんにちは+こんばんは)烏蛙です。謎の男の名前が判明しましたね。いやぁ、ルカスは個人的に一番好きかもしれない!ルカスはまだ沢山闇がありそうですなぁ。僕もまだ決めてないこといっぱいなので楽しみです!それでは次回も楽しみに!