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12/12

12〜後書き

 入口から廊下を抜けて入った礼拝堂は100人くらいなら余裕で入れる大きさだったが、すでにたくさんの人達が集まっており、縦に並んだ木造きづくりのチャーチベンチは7〜8割くらい埋まっていた。


 歌に参加する人達は奥の主祭壇のあたりに集まっていて10名くらいの人が受付と順番の確認をしている。


 そのグループの向かって左、下手しもて側には立派なグランドピアノが置いてあり、そこに座る一人の女性が譜面を追いながら最後のリハーサルをしていた。


 秋山みどりの母親であり、梶山の妻である梶山かじやま美知子みちこである。その懸命な彼女を見て、胸が熱くなったかのように、梶山の表情が更に引き締まったその時、近くで声がした。

 

「えっ?あれ?お父さん?今日仕事じゃなかったの?…って…えっ!えっ?白髪先生?な、なんで?どういうこと??」

 

 礼拝堂の入口に近いチャーチベンチに座っていたみどりは父親が来た事はもちろん、サトルが来た事、そして、その二人が並んで入って来たことに驚き、あわてて近づいてきた。

 

「白髪先生!あの、どうも、ご無沙汰しております!今日はまた一体どうして……、ちょっと!お父さん!どういうこと?なんで白髪先生と一緒に居るのよ!」

 

 何も知らされていないみどりは、自身の混乱を抑えられず、サトルと梶山に、交互に笑顔と睨みを振りまいた。まぁ、無理もない。小さい娘の駄々をあやすように、軽くみどりの肩を叩いて、梶山は何も言わずに主祭壇に向かって歩いていった。顔いっぱいにハテナマークがついているみどりは、助けを求めるようにサトルに目を向けたが、

 

「ふふ、素敵なお父様ですね」

 

「えっ!?い、いや、とんでもないです!いつも仕事で居ないし、すぐ威張るし、本当に大変なんですよ。お母さんは私には何も言わないですけど、昔からきっと苦労してたと思います…」

 

「まぁ、不器用な方なのは、間違いないでしょうけど…ふふ」

 

「あの…白髪先生?それで父とはどういう…」

 

「それはまた、いつかのお話しとしましょう!私は今日、任務完了を確かめに来てるだけなので。では!」

 

 サトルはやや芝居がかったようにニヤッと笑って、隅の方に空いていたチャーチベンチへと歩いていった。その様子を見て諦めたようにみどりも自身の席へ戻っていった。

 


「…妻とは学生時代からの付き合いでしてね、大学卒業と同時に結婚しましたので、かれこれもう40年以上になります。その間に娘や息子にも恵まれて、がむしゃらに働いてきたのでそれなりの家庭は築けたと思っていました。ただ、仕事で役職が上がるたびにせわしなくなって、妻に優しい言葉をかける事も少なくなっていったと思います。そんな時です、妻が病気になったのは。しかし、根がこんな性格なものですからなかなか素直になれなくて…。でも、進行が遅い病気だと聞いてたので、自分が引退したら色々なところへ連れてってやろうと思って、自分を改める事をしませんでした」

 

 すでに会は始まり、順調に進行していた。礼拝堂の隅にあるチャーチベンチに梶山とサトルは並んで座り、静かに順番を待っていたが、梶山の出番まであと2組となったところで、それまで妻を見守っていた梶山が、突然サトルに語り始めた。サトルはピアノの音色を感じながら、黙って梶山の話を聞いていた。

 

「でも、半年前くらいから、徐々に妻に異変が起きてきて、急速に身体が衰えていったんです。好きなピアノも来年には弾けなくなるだろうって診断されました。おそらくその先は旅行にも行きづらくなるのかもしれない。引退したら…なんて悠長な事を言っていた自分が情けなくて、腹立たしくなりました」

 

 不器用で傲岸不遜、クセも強く、きっとこれまでも敵が多かったであろう梶山の素直な独白に、サトルは返す言葉が見つからなかった。

 いや、正確には、返す言葉はあった。しかし、どの言葉も今の梶山にははばかられた。

 それほどに梶山の声音は、それまで聞いた事がないくらいのピュアな響きだった。サトルは慎重に言葉を選び、相槌のようにさりげなく、

 

「何故、SHEを?」

 

 と、尋ねた。

 

「…大学時代、彼女を初めて見た喫茶店でかかっていたのがその曲だったんです。コステロではなく、アズナバールの方のね。その曲に酔いしれるように身体を揺らしながら聞いていた彼女に、私は恋をしたんです。はは…なんだか、気恥ずかしい」

 

 40年以上前の妻と、その妻に見惚みとれる自分の姿を思い出して、梶山は静かに照れた。

 

「素敵ですね」

 

「今日歌い終わったら、私は仕事を引退して、彼女にもう一度プロポーズしようと思います」

 

「それはいいですね!是非、プロポーズだけではなく、これからは照れずに優しいお言葉も」

 

「ははは…こりゃまいった。本当に、白髪先生にお会いできて良かった。ありがとうございました」

 

 梶山の前の組の演奏が終わろうとしていた。

 

「まだ、任務は完了してませんよ。さぁ、梶山さん、そろそろです」

 

 サトルの言葉に、梶山は目に強い力を込めてゆっくりと立ち上がった。

 

「梶山さん。後悔の無い歌を、歌ってきてくださいね」

 

 サトルの穏やかな激励の言葉を背に、梶山は確かな足取りで主祭壇へと向かっていった。

 

 梶山の情熱的な歌声の後、美知子の終奏の一音が礼拝堂に鳴り響いた。サトルはその余韻が消えいるのを教会の扉の外で聞き、青空を見ながら軽く伸びをして、

 

「う〜ん…よし!任務完了!」

 

 と、晴れやかな顔で門に向かって歩き始めた。        


        

           完






✴︎この物語はフィクションです。実在する人物や団体などは関係ありません✴︎

【ボイストレーナー白髪サトルの日常 1】を最後までお読みくださり、誠にありがとうございました。皆様の貴重なお時間を白髪サトルの物語に費やしてくださった事、感謝が絶えません。

 音楽教室の関係者やプロのトレーナーの方々からすれば設定や世界観など、様々なご意見やご批判がある事は想像にかたくありませんが、温かくお付き合いくださった事にも重ねて感謝を申し上げます。

 図々しい事ですが、ご感想やメッセージなど賜われましたら、とても励みになりますので、よろしければ是非お願いします!

 現在執筆中の白髪サトル第二弾は8月中旬から投稿を予定しています。よろしくお願いします!

                       矢島与義

 

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