おや、これは本当に正しかったのでしょうか。(葵誕生日記念回、前編)
三日遅れの。
こんにちは、蓮華です。
今年もこの日が来ましたね。
部屋の向こう、エレベーターの扉に目を移します。
今でも、ふと思います。あのドアが開いて、いつもと変わらぬ様子の彼女が入ってくるのではないかと。
どうも、どうもーってあの屈託のない笑顔で。
後ろには円さんがいて。
姉御、姉御って五月蝿いんです。
思い出しますねぇ。
彼女に初めて会った時。
彼女の本性を初めて知った時。
そして、初めて、彼女の力を借りたとき。
あれは、忘れもしない数年前の事。
まだ、ドールコレクターという通り名が浸透する、そして私が深緑深層のマーダーマーダーと呼ばれる前のお話。
お腹を裂かれ、世の中が真っ黒だと知った。
友を失い、この世が醜悪なものと悟った。
裁く側か、排除する側か。
選んだのは後者。
機関の下っ端としてスタート。
勿論、権限など何もない。
だけど、特殊な部署での採用となった。
それはある功績が認められたから。
54件の殺人、その死体のパーツで人形を作っていた少女。
地上最悪の殺人鬼。
通称ドールコレクター(私が勝手にそう呼んでます)。
私は彼女を捕らえる事に成功したのだ。
色々な偶然と、最後に彼女が自暴自棄になった事、それにより辿り着けた。
じゃなきゃ、無理だった。
彼女は人の皮をかぶった何か。
知能が恐ろしく高く、常人にはおよそ理解できない思考、精神。
とても手が届かない。
でも、もしこれが対岸ではなく、隣にいたのであればこれほど頼もしい事はない。
新人研修も終えぬ、そんな時。
ある凶悪な事件が起こった。
この近辺で死体が複数見つかる。
死体は一部を除けばとても綺麗なもので。
異常な部分といえば、被害者はどこかしら一部分抜き取られていたのだ。
そんな事件は数十件続いた。
「殺人犯の中には、勲章のように被害者の肉体の一部を持ち去る者もいますが・・・・・・」
死体発見現場、その近辺において、指紋、足跡など犯人に繋がるような有力な手がかりも無し。
監視カメラや目撃証言も乏しい。
全体をカバーするうちと、管轄が決まっている警察とは連携がうまくいかない。
それは、この事件が複数の地区を跨いでいたからです。
モタモタしているうちに、犯人は確実に次の犯行に及ぶ。
数日後、また別の死体があがりました。
「お手上げですねぇ~」
なんせ物的証拠が無い等しい。
この犯人は完全に秩序型。
衝動的な行動ではなく、完璧な犯行計画を練り、どの死体発見現場も綺麗なもの、いや綺麗すぎるくらいで。
司法解剖の結果では、被害者達の肉体の一部分は生きたまま取り除かれています。
ですが、それ以外オーバーキルになる要素は見当たらない。
目的を達すれば即座に殺しています。
「死体から・・・・・・パーツ」
ここで私に一つの考えが浮かびました。
それはとても魅力的な反面、破滅的な恐怖がわき起こります。
電子制御の扉をいくつも抜けて。
ここは掃きだめ。
潜るほど闇は深く、そして濃くなっていく。
地下最下層。
このフロアに収監されているのはレベルブレイカーと呼ばれる凶悪犯罪者達。
心なしか空気が重い。
まるでこの世界から隔絶された空間。
さらに奥へと進む。
ここに地上の常識、倫理は通用しない。
罪人は一切身動きが取れない状態で拘束されている。
未成年以外は、食事も点滴、排尿排便も垂れ流し。
彼女はまだ少女。それでも他の罪人達と扱いが異なった。
夕暮れのような薄い明かり。
鉄格子の中、真ん中に一本のポールが打つ付けられていて。
目隠し、口への拘束具、体はそのポールに雁字搦め。
「お久しぶりです」
声をかける。
二度と会いたくなかった。
俯いていた彼女が顔を上げた。
金輪際関わりたくなかった。
「うふふ、これは久しぶりだよぉ」
金の髪が靡く。口角が上がる。こんな劣悪な環境にいてなお彼女の笑顔は以前と変わらない。
この声をまた聞くことになるなんて。
この子こそ、あの54件の殺人、死体のパーツで人形を製作していた殺人鬼。
レベル25認定のレベルブレイカーの葵さん。
「こんな場所へ、なにか用かな? 蓮華ちゃん」
数年ぶりにあった彼女は、かなり痩せていた。
監視員に聞いた話ではろくに食事も取ってないとか。
「なんだか、窶れましたね。駄目ですよぉ、ちゃんと食べなきゃ」
「うふふ、もうどうでもいいの。結局完成しなかったから。この世に私が求める最後のパーツが見当たらない」
彼女の造った人形はほとんどが完成していた。
残りは二つの瞳だけ。
本人曰く、それがどうしても見つからなかったらしい。
「早く死にたいなぁ。でも殺してもくれない」
「そりゃそうですよ、貴方はまだ未成年、あと数年は死刑に出来ません」
「どうせ、殺すのにねぇ」
「ですが、あれです、執行だけは受けられますよ」
執行。この国の拷問士による罰です。
貴方の場合は、レベル25ですから、少なくとも数回執行されるでしょう。
「そういえば、何人か、私を下見にきたの。多分、誰がやるか決めようとしてるんだね。ほとんどが私を前に強ばってたけど、一人だけ違う、気になる人がいたよぉ。ここに来ても何も喋らない。多分、じっと私を見てるだけ。でも何故か話しているような気になる、とても不思議な人」
ほう、彼女の執行ですから、その担当は特級の誰かでしょうけど。
葵さんとはこうして対峙しているだけで息が詰まる、下見の相手には多分色々な角度からアプローチを仕掛けているでしょう。その人は一目で彼女の本質に気付いたのですね。
こちらから歩み寄れば一瞬で呑み込まれると分かっているのです。
「で、何の用かな?」
「あぁ、そうでした。貴方にお願いがあるんです」
「お願い?」
こうして、私は彼女に事の成り行きを話しました。
凶悪な殺人犯が潜んでいること。現状何も手がかりがなくお手上げ状態だということ。
「つまり、蓮華ちゃんはこの犯人が私と同じように何かしらの理由で人の体の一部を抜き取っていると考えて、私に意見を聞こうと思ったんだね」
「その通りです」
「そんなの、お断りだよぉ」
即答で断られました。
その後、数時間説得を続けましたが、無駄でした。
彼女の興味を惹くことが出来なかったのです。
数日後、また死体が発見されました。
今度は両手の指、その第1関節が全て切り取られておりました。
手がかりがなければ何も行動を起こせません。
参った、参ったと二の足を踏んでいる私の元に連絡が入ります。
収監中のドールコレクターから協力の申し出があったとの事、です。
どういう心境の変化でしょう。
再び、あの地獄へと舞い戻ります。
数週間ぶりにあった彼女はこの前とは様変わりしておりました。
「どうも、どうもー」
拘束は同様。軽快な挨拶さえも。ですが、彼女の体から、片腕、片足、そして片目が無くなっていました。
「聞いて、聞いて、蓮華ちゃん、私、この前執行を受けたんだけどっ!」
そう話す彼女はとても興奮していて、まるで別人のように見えました。
「凄いの、本当っ! 無表情、無感情でね、私の体を破壊していくの、それも迅速に、でもとても丁寧にっ」
このドールコレクターにここまで言わしめるとは、一体誰なのでしょうか。
「あぁ、早く、死にたい、でも駄目、私あの子に殺されるの。生きる希望が死ぬ事だよぉ。うふふ、とても素敵」
「あぁ、なるほど、そのための協力の申し出ですか」
彼女は最速でもあと数年は最終執行を受ける事はない。それも最高執行レベルの7まで下がらなければ不可能。彼女のレベルは25ですからね、例え年齢でパスしてもその時点では無理でしょう。
「そうだよぉ、私は死ぬためになんでもする事にしたの。だから利用させてね」
はっきり言いますね。
でも。
「いいでしょう、利用させてあげますよ」
司法取引。一時的ではありますが、こうして私達は初めて協力する事になったのです。
「私の現時点での犯人像は、秩序型、精神年齢は高め、犯人は土地勘がある人物。そんな位です」
「ふむふむ、なるほどねぇ」
「この犯人、死体から体の一部を抜き取ってるんですよ。似たような事してた貴方なら何か気付くかと思いましてね」
「その一部がなんなのか分かるかな? それと被害者の写真とかあれば見せて欲しいよぉ」
参考資料は全て持って来ています。
拘束されて身動きが取れないドールコレクターに代わって資料を見せました。
「私もね、犯人が秩序型ってのは合ってると思うよぉ。それならこの犯人には拘りがあるはず。それは被害者を見れば自ずと見えてくる。そしてこの犯人、抜き取るパーツがバラバラ、決して一つに絞ってない。となるとあながちこれで何か造ってるってのも当たってるかも」
「一体、なんでしょうねぇ」
「それは分からないけど、確実なのはこの犯人、これだけ殺人を犯しているのに証拠がなさ過ぎる。犯行自体は車の中かなにかだよぉ」
車ですか。確かに死体発見現場の間隔は離れています。
「そして、被害者達を見て一つ気がついた事があるよぉ」
◇
小さな世界。
子供の頃住んでいた町を再現。
池には血を。車は指。学校、家は骨。森、林は髪の毛。
よく落とされていた池。まるで血のように見えた。
家でも、車の中でも怒鳴られ殴られた。
学校も、思い出したくも無いほどの酷い仕打ち。
トイレに顔を突っこまれ、制服を脱がされ、女子の前で卑猥な事をさせられた。
金、万引き強要、罵声、暴力。
最悪な世界。
造って、壊す。
最終的にグチャグチャに破壊してやろう。
◇
私は急いで外に出ました。
葵さんの言葉を受けて資料を洗い出します。
「被害者にめぼしい共通点はない。パーツが目的ならそれ自体に影響がないんだよ。つまり誰でもいいの。でも、一つだけ母と娘という少し違ったパターンがある」
被害者の視点にたって考えます。
なぜ、犯行が行われたのか。
なぜ、この人が被害者になったのか。
「たまにこういう異常者は家族を手にかける。自分が捕まった時のためにあらかじめ殺すんだよぉ。それは家族だけじゃない大事なペットの場合もある」
殺された母娘。その数日前に飼っていたペットが何者かによって殺されておりました。
当初、ただの器物損壊事件として処理、その後起こるこちらの事件との関連は無視されてましたが。
「男が最近購入した車は大きな車。納車されたのが母娘が死ぬ数日前」
つまり準備が整ったから精算したんです。
大事だから迷惑をかけないように殺したのか、それとも単純に邪魔だったのか。
いづれにせよ、犯人は・・・・・・。
「早くしないと、この犯人もっと殺すよぉ」
葵さんの助言を受け、機関が動きます。
容疑者の自宅へ突入。
踏み込んだ先。
私達が見たものは。
リビングの中央で、首を吊って死んでいた容疑者でした。
部屋には作りかけの箱庭のようなものが。
それは人の体で造られていた。
赤い池は血液で。森は髪の毛、家は骨、車は指。
そして、容疑者の車の中から、また別の死体が。
5体も見つかりました。
車の中は血で真っ赤に染まり。
首が無い、足が無い、顔が溶けている、これまでとは打って変わって遺体はひどい有様。
容疑者の部屋を隈無く調べました。
ですが、これ以上死体は出てこなかった、それがまだ救いでしょうか。
なにはともあれ容疑者死亡のまま、事件は一応の解決を見せたのでした。
その後の捜査で、車にあった5体の遺体、その犯行を裏付けるような凶器も自宅から発見され、当初発見された死体と作りかけの箱庭の材料を照合、それも一致しました。
これで一連の事件の犯人はこの容疑者で間違いないはず。
はずなのですが。
私はどうしても疑問が残ったのです。
今一度、彼女に会いに行きます。
この違和感の正体が知りたい。
彼女ならきっと教えてくれるはず。
「ん、蓮華ちゃん、また来たんだ。どうしたの、事件は解決したんでしょ?」
「葵さん、これを見て下さい」
私は車から出てきた死体の写真を見せました。
「これがどうしたのかな?」
「これは、今回の事件の容疑者の車から最後にでてきた遺体です」
「・・・・・・それはおかしいねぇ。これは最初に見せてもらった死体とは手口が違う。やったのは別人だよぉ」
やはり。
「最初の数件の遺体は、とても綺麗に扱ってた。だけど、この遺体は人権を剥奪してる」
「でも、犯行を裏付ける証拠が容疑者の自宅から出てきたんです」
「じゃあ、そっちが間違ってるんだよぉ」
事実より自分の考えが正しいと確信しますか。
「実は、証拠の凶器なんですがおかしいんです。鑑識が来る少しの間だけですが部屋は私も見ています。でも、凶器が見つかったという場所には私の記憶では何も無かった」
私は一度見たものは忘れず記憶しています。
でも、現場の写真ではたしかに映っているんです。
「なら、証拠が改竄されたんだよ。で、そんな事ができるのは現場に最初に入った人達だけ。つまり・・・・・・」
「・・・・・・機関の人間」
そう思いたくなかったんですよ、自分では。
私の記憶違いだって。
「蓮華ちゃん、この犯人やっぱりなにか造ってたかな?」
「ええ、犯人の地元を模した箱庭を」
「それは完成していたかなぁ?」
「・・・・・・いえ、また途中のような感じでした」
「そうなんだ、じゃあ、この犯人の死は不本意。自殺に追い込まれたか、自殺に見せかけられたか、どっちにしてもこの犯人、殺されたんだよぉ」
ここまで拘り、慎重に行動して犯行を繰り返していたのに、まだ捜査の手が回る前に自ら死を選ぶのは確かにおかしいですね。
「蓮華ちゃん、過去の事件も洗ったほうがいいよぉ。これ擦り付けてる。後の犯人は自分の犯行をこうやって他の者のせいにして逃げてる。今回が初めてじゃない、多分ずっと続けてるんだよぉ」
機関の人間なら可能でしょう。なんせ、証拠はどうにでもでっち上げられる。
でも、それが可能なのは、機関でもある程度上の者。
そして、あの場にいた人間。
「沢森局長・・・・・・」
「もしかして、私への助言の提案はその人かな?」
「・・・・・・ええ」
じゃなきゃ貴方には二度と会いたくありませんでしたよ。
「私を使って誘導させたんだねぇ。異常者は異常者の事をよく理解できる。それを逆手にとってうまくタイミングを合わせたんだ」
その瞬間でした。
氷の世界が広がったのは。
「うふふ、私を利用したのかぁ」
全身からの悪寒。
やはり、会いたくなかった。
「その人の所有する物件を調べてみて。名義は親族、友人、その他、関連する全てをだよぉ。資料では五人の死亡推定時刻はほぼ時差程度。死体の状況からただ殺したんじゃない、遊んでるよ、この人」
命を弄ぶ。まるでそれは・・・・・・。
「慎重にねぇ。真っ向から相手するには少々厄介だよぉ」
そうですね、ドールコレクターの見立てがビンゴなら、私と違って相当の権限があります。下手な行動は逆にこっちの首を絞める。
極秘で私は局長の周囲を調査。
師匠から受け継いだ力をフル活用します。
それによって、局長の遠い親族名義で今は使われていない農場の土地に辿り着きました。 明らかに所有してるだけで金がかかる物件。
ここを調べれば何か出てくるかもです。
しかし、出てこなければそこでお終い。
相手は警察にも権限を行使できる。
なら、単独で動くしかない。
でも、一人で本当に大丈夫なのでしょうか。
どうしても踏ん切りがつかず。
今一度、あの場所に出向きます。
今、思えば、私はきっと。
「蓮華ちゃん、私をここから出しなよぉ」
悪魔の囁き。
「異常者に対抗できるのは、同じ異常者だけ。蓮華ちゃんもいい線いってるけど余計な混じり物が多すぎる」
失礼ですね、私は真っ当な人間で貴方と一緒にされちゃ困ります。
「犯罪者にとても優しい集まりがある。そこはとても強力な力、でもまだ足りない。私を出すには蓮華ちゃん、貴方の力も必要なんだよぉ」
私の力。それは紛れもなく私の師から受け継いだ力です。血管のように張り巡らせられた情報というパイプ。
「表向きは私の証言によって新しい遺棄現場が発覚、実況見分って事で一時的に出す事にしようか」
その理由でもこのレベルの犯罪者を外に出すのは難しい。
しかも、所属している機関にだけ感づかれないように動くには相当な根回しが必要。
組織とは一枚岩ではありませんので、情報で弱みを握れたとしても全ては無理でしょう。
そして葵さんを今拘束している執行局と私の機関はまた別物。
「大丈夫、こっちはうまくやるよぉ」
残りの半分を彼女が担う。
もしかしたらその力で局長自体を抑える事も可能かも。
しかし、ドールコレクターがそれを選択しません。
それには二つの理由があって、その一つ。
私には分かります。
彼女は内心面白くないんです。
自分が勝手に演者にされた事に。
「一日・・・・・・一日だけですよ」
それに相手はなかなか狡猾。何があってもいいように予防線を張っている可能性もある。
ならばやはり先手を打つべきでしょう。
限定解除。
「貴方を解放しましょう」
これはまだ深緑深層のマーダーマーダーと呼ばれる以前の私、そしてドールコレクターという名がまだ世間に浸透していない頃の葵さん、そんな二人が初めて協力をした時のお話です。
次回は葵視点の多分デスゲーム的なやつです。葵で終わり、葵で始めますー。




