なんか、なんだかんだで尊敬できるみたい。
レアなお千代回。
こんにちは、リョナ子です。
今日は、後輩のましろちゃんと買い物しております。
「・・・・・・これで大体済んだかな?」
「そうですね・・・・・・あ、そういえば仕事道具が一つ駄目になったんでした」
喋りながら、二人町並を歩く。
「ふむ、なら、お千代さんとこ寄ってこうか、すぐそこだし」
「あ、そうですね、そうして頂けると・・・・・・」
お千代さんとは、元特級拷問士で、今は拷問士のための様々な道具を売ってるお店を経営してるの。表向きは雑貨屋なんだけど、それは地下にあった。
「今日は目黒ちゃんいるかなぁ」
「・・・・・・あのおかっぱの店員さんですか、あの人、今だに慣れないんですよねぇ」
地下にいくには、特別な店員からその日その日で変わるパスワードを教えてもらう必要がある。そして、それを教えてもらえるのは、拷問士だけ。それもお千代さんのお眼鏡にかなった者だけという。
店に近くまで来ると。
「ん・・・・・・」
全身ピンクの服で着飾った人が丁度店から出てくる所だった。
腰にはいくつもサイリュームを装備。帽子や身体中になんかのキャラのバッチを無数につけていた。
「・・・・・・わぁお」
あれは間違いなくお千代さんだ。ここからでもわかる。
「お? リョナ子じゃないか」
あっちも気付いたみたい。
「いえ、人違いです」
僕はそういい顔を俯かせそのまま通り過ぎようとしたんだけど。
「おいっ! 白髪眼鏡の貧乳なんてお前以外中々いないよっ!」
「ひ、貧乳は関係ないんじゃないかなぁああああああああ?」
あ、しまった。思わず言い返してしまった。
「やっぱりリョナ子じゃないかっ。で、そっちは、あぁ、たしか、お前の直属後輩、ましろだったか」
「あ、お久しぶりですっ! ご無沙汰しておりました」
ましろちゃんが丁寧にお辞儀をする。ピンクババアに。
「ていうか、お千代さん、なんですか、いい歳して、またどっかに遠征ですか」
「おー、今回は北だわさ、幽ちゃんのために今回もドームに馳せ参じるしだい」
「にしたって、なにも現地で着替えればいいのでは? なんでここからそんな格好なんですか、悪目立ちしてますよ」
「ばっかっ! もう戦争は始まってるんだよっ! このばっかっ!」
あぁ、そうですか。ならなにも言うまい。
「てなわけで、今日から数日は店じまいだよっ! また出直してきなっ! じゃあな、ユーソローっ!」
こうして、お千代さんは僕達の前から去っていった。
小さくなるピンク色の背中を二人で見送って。
僕は小さく呟く。
「・・・・・・今はあれだけど、昔はあの人凄かったんだよ。拷問士としては超一流で。いまや伝説と称えられるような偉業も果たした」
「・・・・・・偉業ですか?」
まだ若いましろちゃんには分からないか。
僕も先輩から聞いたんだけど。
ここは、お千代さんの名誉のためにも掻い摘まんで話しておこうと思った。
「あれは、お千代さんがまだ現役バリバリだった頃・・・・・・」
時は数十年前。
拷問士の数も今より少なく、それは特級拷問士の数も同様。
当時5人しかいなかった特級拷問士の一人がお千代だった。
「おい、早く次、連れてきなっ! 後がつかえてんだよっ!」
怒声をあげる一人の女性。
長身で艶やかな黒い髪は腰まで伸び、きっちり着こなしたグレーのシャツ、黒のタイトスカート、そしてそこに羽織る白衣。それらが一層彼女の威厳を高めていた。
「でかい図体して、ピーピー騒ぐんじゃないよっ!」
彼女の拷問は、確実、正確、スピード重視。その卓越した技術は同僚達からも一目置かれていた。
拷問時は眉一つ動かさず、ただ淡々と人の身体を壊す。
レベルに見合った罰を確実に与えていく。
その様子がまるで機械のようだと。
当時、ついたあだ名が拷問マシーン。
彼女は今日も顔色一つ変えず執行していた。
その頃、今は無き一つの法律があった。
尊属殺人罪。
つまり、普通の人殺しよりも、肉親を殺した方が罪は重くなるというもの。
そして、この日、お千代の所へ連れてこられた罪人は。
「入りなっ!」
職員が罪人を部屋へと運んできた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
手錠をされ入ってきたのは。
まだ年端もいかぬ少女。
「・・・・・・おいおい、随分若い子が来たね・・・・・・」
普段なら罪人に声はかけない。書類も見ない。レベルの確認だけですぐに執行を始めるお千代が。
少女の顔を見て、少しだけ表情をかえた。
「レベルは5かい。一体、こんな子がなにを・・・・・・」
初めてといっていい、お千代は机の上から書類を手に取った。
少女のレベルは5。それは死を意味する。
「書類には親を殺したとしか書いてないね。裁判は終わったんだろうけど・・・・・・」
お千代は、テーブルに腰をかけた。
「この後、他の罪人が山のようにここに来る。だから、私には時間がない。いいか、ちゃんと正直にありのまま話せ。一体、お前になにがあった?」
黒髪の少女はゆっくり顔を上げる。
「・・・・・・顔が腫れてるな。ちょっと脱がすぞ」
お千代は罪人の手術衣のような規定服に手をかける。
左右に開き、素肌を曝すと。
「・・・・・・なんだ、お前・・・・・・もう誰かに拷問されてきたか」
「・・・・・・う、うぅ」
泣き出す少女。
身体は痣だらけで、骨が浮き出るほどひどくやせ細っていた。
「もう一度いう、なにがあったのか私に話してみろ」
肩を揺らして泣く少女に、お千代は今度は優しく問いかける。
少し経ち、少女の口から少しずつ言葉が出てきた。
少女は、父親から酷い虐待を受けていた。
日頃から激しい暴力、食事も満足に与えられず。
学校にも行かせてもらえず、家に軟禁されていた。
熱湯をかけられたことも、骨が折れるほど蹴られることも。
歯が飛ぶほど殴られ、鼻血は止まらず。
暴力は日々エスカレート。
その日も、同じように。
少女はこの日悟った。私は今日死ぬのだと。
いつも以上の苛烈な仕打ち。
でも、どうせ殺されるなら・・・・・・。
それは生への執念か。無意識の行動。
少女は、近くにあった鉛筆を手にして。
首を絞める父親の目にそれを突き刺した。
怯んだ父親を、後は無我夢中で力の限り滅多刺しにした。
皮肉にも、警察が踏み込んだのは父親の悲鳴を聞いた近所の通報から。
娘は声を上げると暴力が増すのを恐れ、いつも押し殺していたのだ。
「・・・・・・そうかい、それでお前は、親殺し。尊属殺人の罪を背負ったわけだ」
お千代は、道具箱からお千代棒(ただの鉄の棒)を取り出した。
それを見た少女の身体が強ばる。
腕を振り上げる。
だが、振り下ろされたのは少女ではなく、書類がおいてあった机であった。
激しい音と共に、表面がひしゃげる。
「こんな馬鹿な話があるかいっ! なんでこの子が死刑にならなきゃならないっ!」
お千代は憤慨して、机を何度も叩いた。
「・・・・・・私は、好きで人をいたぶってるんじゃない。自分の信念に基づいて罰を与えているんだっ、これはその信念に反する!」
棒を投げ捨てると。
開いた両手で、少女を抱き寄せる。
「こんなの無効だよ、大丈夫だ、こんな判決はおかしい、お前は私が守ってやるっ、誰がなんといようがだっ」
この日からお千代の戦いが始まる。
特級とはいえ、いち拷問士が現法に意を唱えるなど前代未聞。
ここに来る時点で裁判は終わっているのだ。
拷問士の仕事は、判決通りに刑を執行すること。
「もう一回、裁判をやり直すしかない。しかしこのままじゃ結果は同じ」
子が親を殺した場合、レベル5、もしくは4は確定。それが尊属殺人罪。
たしかに、子は親を敬うべき、慈しむべき。
「だけど、それはまともな親の場合だけだよっ」
正当防衛で攻められないか、いやあれは武器対等の原則やらで過剰防衛にされる、そもそもこの罪自体がおかしいのだ。
そこでお千代は考えた、憲法では国民は法の下に平等であって差別されないと。
しかし、この尊属殺人は親が特別とみなし平等ではないのでは。
お千代は知り合いの弁護士に相談。
その間、お千代は少女の執行を頑なに拒否。
「この子は私の担当だっ! 他の者には指一本触れさせないよっ!」
拷問士の少なかった時代。その最高峰であるお千代にはそれなりの発言権があった。
そうでなくても、他の拷問士から尊敬されていたお千代だったから、例え上からの命でも他の拷問士も同じく執行を拒否したのだ。
その後、再審は認められたものの、合憲派との論争が数年続き。
そして、〇〇年〇月〇日。
最高裁判所、判事全員が出廷する大法廷で。
尊属殺人罪の規定が合憲であるという判例を多数をもって変更。
それはつまり尊属殺人罪は憲法違反であるとしたのである。
この国で法律の規定が違憲であるとした初の判例。
現法の法律規定が司法の最高峰によって違憲とされた瞬間であった。
少女のレベルはこれにより1まで引き下げられた。
無罪にならなかったのは、今後このような事例が発生した場合、量刑が拷問士まで目が通るようにと淡い期待があったとかないとか。
判決の後、少女は涙を流しお千代の胸で泣いたという。
そして現在。
「そんなこんなで今僕達が、罪に対して一定の異論を挟めるようになったのも、元はといえばお千代さんがあの時動いてくれたからだね」
「やっぱり凄い人だったんですね・・・・・・」
「そうだね、なんたって法律を変えちゃうんだから」
ちなみにお千代さんの直属後輩が、僕の先輩で、その先輩の直属後輩が僕だから。
「ましろちゃんはお千代さんの曾孫みないなものだね」
「え、どういう事ですか?」
「まぁ、あれだよ、僕達も頑張らなきゃねって話」
今はあんなだけど。
お千代さんは間違いなく今も僕達拷問士の指針になっている。
彼女の信念は後を続く僕達に着実と受け継がれていく。