第1話「始まりの一本」
不定期ですが、こんな作品も書いています。
よろしくお願いします。
職業選択画面を見て、正直ほっとした。
ちゃんとある。「料理師」って、ちゃんとリストに入ってる。戦士とか騎士とか、他のやつは一秒も見なかった。見る必要がなかった。こういうのは最初から決まってる。なんか体でわかってる感じ。
クリック。
キャラクター作成完了。
読み込み画面が出て、白い光に包まれて——。
目が開いた瞬間、草の匂いがした気がした。当然、実際には匂いなんてしない。でも、なんかする気がした。
それがARCADIA ONLINEの「始まりの丘」だった。
初心者エリアの最初のフィールドで、ARCADIA ONLINEを始めたプレイヤーは全員ここから出発する。緩やかな起伏のある広い草原で、南側の斜面は日当たりが良く、北のほうは疎らに木が生えていて日陰になっている。東に目を向けると遠くに農村の煙突が三本見えて、西は草原がそのまま地平線まで続いている。フィールドの中央には古めかしい石碑が立っていて、その周りを初心者プレイヤーたちが忙しそうに走り回っていた。装備も職業もバラバラな人たちが、みんな同じように東の農村を目指して歩いていく。
俺は逆方向に歩いた。
とりあえず、何かを採取したかった。
足元に草が生えていた。当たり前のことだけど、なんか感動した。
食材鑑定スキルを起動して、しゃがんで草を一つ見る。
『野草ハーブ:HP小回復料理の素材。産地不明。品質:B』
採取する。手の中に緑色の草が出てきた。インベントリに入る。次の株を鑑定する。
『野草ハーブ:品質:B』
もう一株。
『野草ハーブ:品質:B』
もう一株——
『野草ハーブ:品質:A』
俺の手が止まった。
えっ、なんで?
今のハーブだけ「A」だった。場所は三つ前のやつのすぐ隣だ。ほぼ同じ場所に生えてたのに、品質が違う。採取スキルのランダム補正かとも思ったけど……なんか引っかかる。嫌な引っかかりじゃない。むしろ逆で、もっと調べたい側の引っかかりだ。
仕事でも同じことがある。朝採れと昼採れで食材の香りが微妙に違うって気づいたとき、先輩に話したら「そうだね」って流された。でも俺にとっては全然「そうだね」じゃなかった。なんでそうなのかが知りたくて、それから三週間、毎朝同じ市場で同じ野菜を買って比べた。
同じ感覚がした。
その株が「A」だった場所を、覚えておく。少し南側の斜面、日当たりの良いほう。
移動して試す。
『野草ハーブ:品質:A』
日陰の北側に移動して試す。
『野草ハーブ:品質:B』
もう一回、日向に戻る。
『野草ハーブ:品質:A』
……あ、これ法則あるじゃん。
その場に座り込んだ。
他のプレイヤーが横を走り抜けていった。全員、農村のほうに向かってる。メインクエスト直行組だ。普通はそうする。でも今の俺には、そっちよりこっちの方が圧倒的に面白かった。
ゲーム内のメモ機能を開く。フィールドに持ち込めるメモ帳みたいなやつで、他のプレイヤーはほぼ使ってないと思う。
列を四つ作った。「時刻」「天候」「日当たり」「品質」。
それから採取を始めた。黙々と。記録して、移動して、採取して、記録する。
三十分経った。メモには三十二行。
一時間経った。六十四行。
傾向が見え始めてきた。朝六時から八時の間、南斜面の日当たりの良い場所で採取したハーブの品質Aが出る確率が、明らかに高い。日陰や昼以降だと、ぐっと下がる。
攻略サイトには「品質はランダム」って書いてあった。
ランダムじゃない。
これ、ちゃんと法則がある。このゲームの設計の中に、誰も掘り起こしてない仕様が眠ってる——そう気づいた瞬間、なんか胸がじわっとした。変な表現だけど、本当にそうとしか言えない。嬉しいともちょっと違う。もっと静かな、でも確かな感覚。
このゲーム、もしかしたら面白いかもしれない。
いや、絶対に面白い。
農村のほうからNPCの声が聞こえてきた。「旅人よ、ギルドに登録してみてはいかがですか」。メインクエストの誘導だ。分かってる。後でやる。今じゃない。
ウィンドウを閉じる。
次の変数を追加したかった。時間帯はデータが取れてきた。次は天候だ。雨の日に同じ斜面で採取したら、品質がどう変わるか。あと、ゲーム内の時刻を細かく刻んで一時間単位のデータも欲しい。それが揃えば「最適採取時間帯」がもっとはっきり見えてくる。
あと、白きのこも気になる。
採取する前に食材鑑定で「産地不明」って表示されたのが引っかかってた。同じフィールドでも産地が変わることがあるのか、それともこのゲームは産地という概念をそもそも持っているのか。調べたい。
やりたいことが、多すぎる。
悪くない状況だと思う。
ログアウトする前に、メモのファイル名を変えた。
「第一回 採取記録 草原帯・始まりの丘 野草ハーブ」
「第一回」って付けたのは、続く予定だからだ。明日また来る。雨が降ってたら天候データが取れる。晴れでも昨日と比較できる。このデータが積み上がるほど、このゲームの素材の全体像が見えてくる。
ゲームを始めた理由を思い出す。
ゲームでも料理の研究がしたかった。ただ、それだけだ。別に最強になりたいとか、有名になりたいとか、そういうのは全然なくて、ただ素材を理解して、美味しいものを作りたかっただけで。
このゲームなら、できそうな気がする。
電源を落とす前に、もう一回だけメモを開いて、六十四行のデータを眺めた。
どう見ても、ランダムじゃない。
ちょっとだけ誇らしかった。




