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第99話 甦れ、命 9

 アメリカ空軍横田エア・ベースの滑走路に、黒いプライベートジェットが静かに降りた。


 ロゴは小さい、だが、世界が知っている紋章だった。


 ペシュラ。


 ゲーレン・ダストは、機体のタラップを降りた。


 周囲に最小限の警護はいる。


 今夜の来日は、公式ではない。


 願いのための渡航、それ故秘密裏に軍用飛行場が使われていた。


 x3000の稼働している美多摩キャンパスにほどなく近いことも理由の一つだ。


 秒単位で体組織を失いつつある患者が、だった。


 その隣に、車椅子が降ろされる。


 ゴードン・ダスト。


 かつてはネバダの原子力エンジン試験場で笑っていた青年。

 今は、骨の浮き出た腕が、体躯を覆うブランケットから覗いている。


 荒廃しきった皮膚組織の斑状出血班。


 呼吸は浅い、ハイフローネーザルカニューラから供給される、毎分35リットルの酸素混合ガスで辛うじて体機能が維持されている。


 だが目は、まだ死んでいない。


 数時間後。


 埼京医大美多摩キャンパス、地下研究室。


 x3000の冷却音が、低く鳴っている。


 龍雅は、作業台の前に立っていた。


 阿羅業は無言で、機材を確認している。


 炎琳は、モニターを静かに睨んでいた。


 ドアが開く。


 ゲーレン・ダストが入ってくる。


 その歩き方は、いつもの世界王者のものではなかった。


「ダストだ」


 呼びかけに龍雅は振り向く。


「来たか」


 短い言葉。


 ダストは、周囲を見渡す。


 豪華ではない。

 地下の研究室。

 配線がむき出しの壁。


 だが、

 ここにあるのは、

 最後の可能性だった。


「息子だ」


 ダストは、車椅子を押す。


 ゴードンが、顔を上げる。


 龍雅と目が合う。


 数秒。


 世界が止まったようだった。


「……あなたが」


 ゴードンが、掠れた声で言う。


「私の救世主?」


「……だと、いいが」


 龍雅は答える。


「君が、ゴードンか」


 ゴードンは、弱く笑った。


「父から聞きました。"神を超えた、人神"だと」


 龍雅は、少しだけ目を細めた。


「神の所業に異を唱えているだけだ」


 x3000の操作パネルに手を翳す。


「あなたのゲノムの、壊れた遺伝子の設計図を、元に戻す。ただ、それだけだ」


 ゴードンの呼吸が乱れる。


「……治りますか」


 直球だった。


 ダストが、息を呑む。


 龍雅は、逃げなかった。


「分からない」


 静かな答え。


「x3000の遺伝子修復速度が、体内の遺伝子崩壊速度を凌ぐ必要がある。成功率は、低いかも」


「でも」


 ゴードンは、続ける。


「……可能性は、ある」


 龍雅は、頷いた。


「うん」


 その瞬間、ダストが一歩前に出た。


 そして――


 膝を折った。


 地下室の空気が凍る。


 世界最大級の企業帝国の長が、

 コンクリートの床に膝をついた。


「頼む」


 それだけだった。


「金は、いくらでも出す」


「金はいらない」


 龍雅は即座に言う。


 ダストは、顔を上げる。


「条件は、守った。ペシュラの全世界の全事業において、ペシュラ優先的契約の締結要求は全て取り下げた」


 龍雅は、しばらくダストを見つめた。


 そして言った。


「彼は患者として扱う」


 ダストは、ゆっくりと頷く。


「……ありがとう」


 ゴードンが、小さく笑う。


「ドクター、よろしく」


 ダストは、息を止めた。


 それが、すべてだった。


 龍雅は、x3000の前に立つ。


「準備する」


 阿羅業が、低く言う。


「覚悟はできてるか」


 ゴードンは、目を閉じた。


「はい」


 地下室の光が、わずかに強くなる。


 神の威光ではない。


 龍雅が、神が下した試練に立ち向かう意志の輝きをしめすような光だった。

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